04-03 子供時代の話。(戦士・魔法使い編)

「俺たちの村が魔族に襲われたのは俺が十三才、バラハが十一才のときだ」


「十五年前の話――まだ私たちが子供と言える年令だった頃の話です」


 語り出したオリーとバラハの表情は暗い。そんな二人から目をそらすまい、言葉を聞き逃すまいとジーはやや前傾姿勢となる。

 そして――。


「まさか魔王と同じテーブルについて、魔族がれたお茶を飲む日が来ようとは……」


「ジーキルさん、これっていつもジー君が飲んでるお茶ですか? いつもジー君が飲んでるお茶ですか!?」


「ええ、ジラウザ様が一番気に入っていて、よく飲んでいるお茶ですよ、同志リカルド」


「ジーキルさん……いや、同志ジーキルよ!!!」


 ラレンは仏頂面で頬杖をつき、お茶を用意したジーキルとお茶を一口も飲まずに目を輝かせているリカは親指を立てて意気投合していた。

 そんな三人のことは気に留めずにオリーとバラハは深刻な表情で話を続けるし、ジーも話を聞き続ける。


「村全員で畑を耕して、麦を育てて、ほんの少しの家畜を育てて――そうやって飢えて死なないようにどうにかこうにか食いつないでるような貧しい村だった」


「森で狩った獣の毛皮や肉を行商人や旅人に売ってお金を得たりもしていましたが……大したお金にはなっていなかったようです」


「その大したことのない金すら滞納してる税を支払うために全部持っていかれてたみたいだしな。そんな調子だったからって言うわけでもないが年寄り連中を筆頭に村の連中は誰も彼も信心深くてな」


「というよりも神にすがるしかなかったんですよ。春には豊作を祈り、夏には害虫の発生や雨風あめかぜによる被害が少なくすむように祈り、秋には収穫を神に感謝し、冬には来年の無病息災と五穀豊穣を祈るんです」


「実際のところ、感謝するほど収穫はないし、貯えもない。飢えや流行り病で死人が出ないようにって祈ってる連中がほとんどだったけどな」


 自嘲気味に笑うオリーと悲し気に目を伏せるバラハをジーは黙って見つめる。アルマリア神聖帝国現国王の息子で第三王子でもあるラレンは頬杖をついてそっぽを向いた。

 オリーとバラハに隠れて唇をかむ元・世間知らずな王子様のラレンを見てリカは目を細めて微笑んだ。

 そして――。


「……勇者様」


 そっとラレンの頭をなでた。リカの優しい手の感触にラレンはうつむいてくしゃりと微笑む。


「魔物の襲撃があったのは春の祭りのときのことだ」


 オリーが低い声で言う。


「畑に作物を植える前に森の奥にある祠に行って豊作を祈るんだよ。祠を花で飾って、太鼓を叩いたり歌ったり踊ったりして神様のご機嫌を取るんだ」


「村がからのときを狙って盗賊が襲ってくることもあります。だから、見張りの青年四人を残して村人全員で祠に向かって――すっかり日が暮れた頃に村の方角を見たら空が薄っすら赤くなっていたんです」


 それが夜空に映った炎の色で、村が燃えているのだと村の大人たちはすぐに気が付いたのだろう。


「年寄り連中とまだ足取りのおぼつかない小さな子供を私たちに預けて大人たちは大急ぎで村に帰っていきました」


「俺たちが森から帰る頃には村はすっかり燃えて真っ黒になってた」


 貴族や商人の屋敷ならまだしも、平民の家と言えばほとんどが木でできている。貧しい村ならなおのこと。木でできた小さな家や物置小屋はあっという間に焼け落ちてしまったことだろう。そこに蓄えられていた食料や作物のタネ、苗もいっしょに。


「たまたま近くを通りかかった領主様とその従者たちが魔族を追っ払ってくれたおかげで見張りで残ってた四人は無事で済んだ。領主様は魔族を取り逃がしたことを悔しがってたけど俺たちはみんな、感謝したよ」


「不作だろうとお構いなしに増税して、なけなしの穀物まで徴収していく極悪非道な領主だと嫌っていましたがそれはそれ、これはこれですからね」


「命あっての物種。あの一件に関して領主様はまちがいなく恩人だ」


 ニカッと歯を見せて笑うオリーにつられるようにバラハも微笑んでうなずく。


「領主様は一度、魔族を捕らえたんだそうです。でも、相手も必死だったんでしょうね。振り切られて逃げられてしまったと……」


「大暴れしたときに切り落としただかした体の一部が残っていて、それを村の大人たちは見たらしい。俺たちは子供が見るもんじゃないって追っ払われたけどな」


 オリーの目配せにバラハもうなずく。バラハもオリーと同様にその〝残された魔族の体の一部〟は見ていないらしい。


「詳しい話を聞くなら当時、〝残された魔族の体の一部〟を見た俺たちの親世代だ」


「あとは見張りとして村に残っていた四人でしょうね」


 オリーとバラハの言葉にジーはこくりとうなずき返したのだった。

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