03-12 全部、帳消しだよ。
「それに推しからの配給どうこうを差し引いてもリカルド様に必要な物だと思いますよ、この空気清浄塗布薬は」
「ジー君からの配給どうこうを差し引いても……差し引いても……引かれてしまうの、悲しい……」
「ただの言葉の綾ですよ、勇者様」
「言葉の綾でもジー君からの配給が引かれてしまうの……悲しい……」
「く……っ!
ジーから受け取った空気清浄塗布薬入り薬入れを胸に抱きしめてウキウキ、ニヤニヤしていたリカだったが、ジーキルの言葉にダメージを受けてホロホロと泣き出した。そんなリカを見てラレンは金色の髪をかきむしり、ジーキルは〝わかります、同志よ〟と言わんばかりに深々とうなずきながら話を続ける。
「この空気清浄塗布薬は〝魔王領の空気の中から人族にとっては有毒な成分を弾く薬〟ではありません。元々は魔族が人族の土地で呼吸をしても、人族が魔族の土地で呼吸をしても息苦しくならないようにと苦労を重ねて開発された魔法の一つ。人族たちには古代魔法と呼ばれていた魔法の一種なのです」
「古代魔法……!?」
ジーキルの言葉に目を輝かせたのは魔法使いのバラハだ。〝くまのパン屋さん〟のくまちゃんが描かれた、成人男性が持つにはあまりにもかわいらしい薬入れをキラッキラの目で見つめるバラハを見てジーキルは悲し気な微笑みを浮かべた。
「リカルド様が人族の町で暮らしていた頃、息苦しさを感じていたということは人族のあいだではすでに空気清浄塗布薬も失われた技術となってしまったのでしょう。人族はもう、昔のように私たち魔族と交流するつもりはないのでしょうね」
静かに目を伏せてそう言い残すと、ジーキルは胸に手をあてて一礼。ジーの影の中へと姿を消した。
「この空気清浄塗布薬があれば帰っても息苦しくないってことだよね! ありがとう、ジーくーーーん! ジーキルさんもありがとうーーー!」
ジーキルを見送ったリカはニッコニコの笑顔で両腕を広げるとジーに抱き着いた。
「女神アルマリアから神剣をもらってからはずいぶん楽になったけど、それでも、武器を持って入れない場所もあるからね。ホント、すっごく助か……る……」
ジーの腕に抱き着いていたリカが戸惑った様子で顔をあげたのは頭にずしりとした重みを感じたからな。
「……大変……だったな」
「ジー君……?」
「大変だったな、リカ」
「ジー君!?」
頭に感じた重みはジーの大きな手だった。くしゃり、くしゃくしゃ……くしゃくしゃくしゃくしゃ! と結構ないきおいで銀色の髪をなでる手にリカは目を丸くする。
「魔王城に連れて来られて、ジーキルが世話係になって、私の体調が悪いことに気が付いてこの薬を塗ってくれるまでの一週間、息苦しさでベッドから起き上がることもできなかった。リカはこんなつらい思いを生まれてからずっとしてきたんだな」
あいかわらず表情は変わらないけれど、よくよく見ればジーの目には涙が浮かんでいる。
「大変だったな、リカ……よくがんばったな、リカ……」
うるうるとうるむ赤い瞳を見上げ、くしゃくしゃとなでまわす手の重みに目を細め、リカはにこりと微笑んだ。
「息苦しかったし、つらかったし、わかってもらえなくて悲しい思いもしたけど……でも、全然、大丈夫。ジー君にこうやって頭をなでられて、大変だったねって言ってもらえたから……全部、全部、帳消しだよ」
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