03-11 同志よ!!!

「リップクリームのように唇に塗ったり、鼻の穴のまわりに塗るのが基本的な使い方だ」


 薬入れのフタを開け、乳白色のとろりとした薬を薬指で取るとジーは唇、鼻の穴のまわりにさっと塗って見せた。魔王領の空気の中から人族にとっては有毒な成分を弾いて体内に取り込まないようにするという空気清浄塗布薬だ。

 オリーとバラハ、ラレンはジーの様子をじっと見つめ、ジーの説明をじっと聞いて――。


「薬入れのフタにかれてるくまがかわい過ぎて説明が頭に入ってこない」


「いっそ強面こわもてと言えるジーと子供向けのかわいいくまの絵との落差が大き過ぎて、それ以外の情報が頭に入ってきません。まったく入ってきません」


「子供の頃はさておき、いい年した大人なんだから大人用の薬入れに変えなよ。そこのじじバカに甘やかされ過ぎでしょ」


 ……いたというわけではなく、ジーとジーが持つ薬入れの絵柄とのギャップに戸惑っていただけのようだ。ラレンについては戸惑っていたというよりもドン引きしていたという表現の方が正しそうだが。

 一応、空気清浄塗布薬を受け取りはしたラレンだったが手のひらに乗せて一瞥いちべつ、盛大に鼻で笑った。


「大体、魔族が作って魔王が渡した薬をひょいひょいと使うバカがどこにいるのさ。ちょっと僕たちのこと、なめ過ぎじゃない?」


「……え?」


「……え?」


「…………え?」


 ラレンの言葉を聞いてすっとんきょうな声をあげるオリーとバラハに、ラレンもすっとんきょうな声をあげた。

 かと思うと――。


「使ったの!? ねえ、使ったの!!? どう見ても使ったよね! その唇と鼻の穴のまわりのツヤツヤ具合! バカなの!? せめて僕の鑑定スキルで安全かどうかを確かめてから使ってよ! オリーもバラハもバカなの!?」


「ラレン……床にヒビが……」


 杖でガシガシと床を叩いて地団駄を踏んだ。魔王城のどんよりとした色の床が傷つくのを見てジーがひっそりと悲鳴をあげる。


「いや、でも、ジーとジーキルさんが用意してくれた物だし」


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、ラレン。ジーとジーキルさんは良い人たちです」


「だぁぁぁあああーーー!!! バカじゃなくてお人好しなのか! ああ、そうか! バカでお人好しなんだな! 相手が魔王で魔族だってわかってる!? 覚えてる!? 良い人たちじゃないよ! 百歩譲って良い魔族だよ、良い魔族!!!」


「ラレン……ラレン、床にヒビが……穴が……」


 ワーワーギャーギャーと一気ににぎやかになる勇者パーティの面々の声にジーのひっそりとした悲鳴はあっさりとかき消される。

 悲鳴が届かずにオロオロしていると――。


「ジー君! ジー君!」


 今度はリカがジーの黒いマントを引っ張った。


「……リカ?」


「僕も! 僕もその空気清浄塗布薬、ほしい! 〝くまのパン屋さん〟の薬入れ、ほしい!」


 純真無垢な子供のようにキラッキラの目で両手を差し出すリカを一瞥いちべつ


「息苦しさを感じていないのならリカには必要ないと思うのだが」


 表情は変わらないけれど、恐らく、心の中では困り顔のジーが言う。しかし、リカは真剣な表情で首を横に振った。


「いや、いる! 絶対にいる!」


「しかし、リカは魔王領の空気に息苦しさを感じていないのだろう? それなら……」


「感じてはいないけど、いる!」


 断固として譲らないリカにあいかわらず表情は変わらないけれど、恐らく、心の中はますます困り顔のジーは口をつぐんだ。

 と――。


「ジラウザ様、じいからもお願いします」


 こう着状態の二人に助け舟を出したのは老紳士ジーキルだった。ジーキルは真剣な表情でジーを見つめ、真剣な声で言った。


「推しの配給を自分だけもらえないというのは呼吸困難で死にます。他の人はもらえているのに自分だけもらえないというのは……呼吸困難で死にます!」


「呼吸困難で死!?」


「リカルド様にも……同志リカルドにも空気清浄塗布薬を……〝くまのパン屋さん〟の薬入れを……!」


「わかった、ジーキル! すまない、リカ! そんなにくまちゃんの薬入れがほしいとは思わなかったのだ! 死ぬな! 呼吸困難で死ぬな!」


「ジー君、ありがとう! 一生、大切にするよ!」


 恐らく心の中では大慌てで空気清浄塗布薬入り薬入れを差し出したジーの手をガッチリと両手で包み込んでリカはうるうると目をうるませて受け取った。そんなリカを見つめ、親指をグッ! と立てるジーキルにリカはさらに目をうるませて敬礼した。


「ジーキルさん……いや、同志ジーキルよ!!!」

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