02.野宿編

02-01 オカーサン、泣いちゃう。

「バラハ、リカ、ラレン! 夕飯できたぞー! 冷める前に食っちまえー!」


「うるさいですよ、オリー。魔獣が寄ってきたらどうするんですか」


 木に立てかけた盾をおたまで打ち鳴らして夕飯の完成を知らせるオリーにバラハは目をつりあげた。


 ジーによって強制的に魔王の間に転移させられ、ひと騒ぎ起こした勇者パーティの面々が再びジーに転移してもらって元いた魔族が暮らす町と森との境に戻ってきたのは空が夕焼け色に染まる頃のことだった。

 すぐに日は暮れ、夜がやってくる。森にしろ、魔族たちが暮らす町にしろ、夜に進むのは無謀だ。結局、前日に野宿した大樹の根元まで引き返し、今夜もそこで野宿をすることになったのだ。


「賑やかにしてた方が魔獣も寄り付かないんじゃないか? ……バラハ、ほら」


「故郷の森にいるオオカミやイノシシとはわけが違うんです。魔獣が私たち人族を恐れて避けてくれるとは限りません。それに魔族が暮らす町も近いです……し……」


 オリーが差し出した皿の中身を見てバラハはみるみるうちにげんなりとした顔つきになった。バラハの表情に気が付いて皿をのぞきこんだラレンもげんなりとした顔つきになる。


「今日もイノシシの干し肉スープですか」


「イノシシの干し肉スープって言うかお湯で戻したイノシシの干し肉とそのゆで汁……」


「文句言ってないでなんでも食べる! 好き嫌いしてると大きくなれませんよ!」


 好き嫌いとかいうレベルの味ではないとか、大きくなれるなれないの年令ではないとか言いたいことはあるけれど、一日の疲れでぐったりしているバラハとラレンは大人しくオリーが差し出した皿を受け取った。

 スープと言うかゆで汁と言うか……な液体をスプーンですくって一口。


「……」


「……」


 塩味とえぐと生臭さが渦巻く液体にバラハとラレンは口をつぐんでうなだれた。しおしおとしおれている二人に苦笑いしたオリーは木に寄り掛かって空に浮かぶ月を見上げているリカに顔を向けた。


「ほら、リカもさっさと食っちまえ。で、今日のところはさっさと寝ろ」


 たった一撃とは言え本気で刃を交えたのに何事もなかったかのようにニカッと笑うオリーにリカは戸惑いの表情を見せる。リカの表情の理由をわかった上でオリーはますます歯を見せて笑った。


「ほーら、まずいぞー。食え食え、リカ!」


「そこは嘘でもうまいと言ってください、オリー」


 なんてツッコミながら実にまずそうにスープを口に運ぶバラハと、心配そうな表情で見つめているラレンの顔をぐるりと見まわし、リカは目を伏せた。


「……ありがとう、オリー」


「食事を作ってやってもお礼を言ってくれるのはリカだけ。ハァ、オカーサン、泣いちゃう」


「泣かないでください、オリー母ちゃん」


「キモイから泣くなよ、オリー母ちゃん」


「もう! バラハもラレンも! オカーサン、二人をそんな子に育てた覚えはありませんよ!」


 近くの町に暮らす魔族や森にいる魔獣に見つかったらなんて心配はどこへやら。ワーワーギャーギャーと賑やかな三人を見ているうちにリカは頬を緩めた。


「ありがとう、みんな」


 何に対するお礼なのか。リカはそう言い残してスープの入った皿を手に川のほとりへと向かった。

 姿は見えるけど話し声は聞こえないだろう距離に腰を下ろすリカの背中を見て、ラレンがオリーとバラハに目配せする。ラレンの不安げな表情にオリーは黙って深くうなずいた。ラレンの背中を押すかのように。


「……」


 少し考えたあと――。


「僕も川を見ながら食べてくる!」


 そう言ってラレンはリカを追いかけて行ったのだった。

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