02-02 当たり前にいっしょに。

「今夜はここで野宿するとして、明日はどうするつもりなんですか。リカも、オリー……あなたも」


 リカを追いかけていくラレンの背中を見送って、バラハはオリーに目を向けた。オリーはバラハの目をじっと見つめたあと、スープに視線を落としてゆっくりと話し始めた。


「リカが魔王に……幼馴染で親友のジーに剣を向けることはないだろうな。だからきっと、リカの魔王を倒す旅はここでおしまいだ。旅を終えて、そのあとでどうするつもりなのかはリカにしかわからん」


「魔王を倒すはずの勇者が魔王に剣を向けられなくなるというのは前代未聞でしょうね」


「でも、幼馴染で親友でもある相手に剣を向けられない気持ちはよくわかるだろ」


 スープを口に運びながら静かに微笑むオリーを見て、バラハは離れた場所にいるリカとラレンに顔を向けた。


 リカが抜けてしまった勇者パーティ三人で挑んだとして魔王を倒せるだろうか。そもそもラレンは勇者崇拝過激派。勇者であるリカに憧れ、リカのために白魔導士になった。リカが抜けたらラレンも抜ける可能性が高い。

 戦士のオリーと魔法使いのバラハ――たった二人で挑んだとして魔王を倒せる見込みはないだろう。


「だが、まあ、それはリカの気持ちだ。俺たちはジーの……魔王の幼馴染でもなけりゃあ、親友でもない」


「……つまり?」


「決まってるだろ。もう一度、魔王城を目指すんだよ」


 真剣な表情でそう言うオリーにバラハは目を丸くした。


「魔王城に、ですか?」


「魔王はリカや俺たちをだましてるんだ、魅了の呪いをかけたんだとラレンは騒いでいたがそれはない気がするんだよな」


「ええ、ラレンがそう思いたいだけでしょうね」


「俺にはジーが悪いヤツだとは思えん。リカと同い年ならアイツが村を襲った魔族ということも村を襲うように指示したということもないだろうしな」


「それでももう一度、魔王城を目指すんですか?」


「だからこそ魔王城を目指すんだ!」


 そう言ってオリーはガシッ! と大きな拳を握りしめた。


「アイツがやったんじゃなくても魔族たちは俺たちの村を焼いた。あのときの恨みが消えることは一生ない。でも――」


「ジーがやったわけでもないことでジーに剣を向けるのも違う、と――」


 先読みして言うバラハにオリーはニカッと歯を見せて笑った。


「そうだよ、わかってるじゃねえか! さすがは俺の幼馴染!」


「同郷で年令が近いというだけで幼馴染呼ばわりしないでください」


「リカと違って俺たちはジーの幼馴染でもなけりゃあ、親友でもない。でも、ジーが悪いヤツとも思えない。だから、もう一度、魔王城に行ってジーを見極めるんだ」


「見極めてどうするんですか」


「本当に悪いヤツじゃないなら話をして、魔族が人間を滅ぼそうとしているのを止めてもらう。俺たちの村の件も犯人突き出してもらって、魔王様に詫び入れてもらって、それで水に流す!」


 再び、ガシッ! と拳を握りしめるオリーにバラハは肩をすくめてため息をついた。


「なんて言うか……暑苦しい考えですね」


「暑苦しい……!」


「でもまあ、筋肉バカらしい考えだとも思います」


 微笑むバラハにつられて笑みを浮かべたオリーはすぐさまお道化どけてふくれっ面を作った。


「筋肉バカ、筋肉バカってそんな風に言うなよ。悲しくなってくるだろ。昔はオー君、オー君っていっつも俺の後をくっついてまわって、あんなに可愛かったのに」


「うるさいですよ、筋肉バカ。子供の頃の話を持ち出すのはやめろと何度も言ってるでしょう。親戚の面倒くさいおっさんですか」


「口調もそんな澄ました感じになっちゃって……昔は俺の真似をして――」


「だから、うるさいって言ってんだろ! お前の真似をしてたわけでもないし、この口調も仕方なくだよ! 魔法の師匠が粗野な口調を毛嫌いしていて矯正されたんだって何度も説明しただろ、この筋肉バカ!」


 一瞬、素が出てしまったことにバラハは気まずそうに顔を歪めたあと、ため息を一つ。


「筋肉バカらしい暑苦しい考えだとは思いますが……まあ、賛成です。それでは、私は皿を片付けて早々に寝ることにします。明日も魔王城目指して歩き倒すことになるんでしょうし」


 立ち上がると思い切り伸びをした。そんなバラハを見上げてオリーは目を丸くする。


「バラハもいっしょに来てくれるのか?」


「は? 当たり前でしょう。……まさか、一人で行くつもりだったんですか!?」


 オリーの表情を見てバラハはぎょっと目をむいた。かと思うと木製の皿でパカパカとオリーの頭を叩き始めた。


「筋肉バカ一人で魔族たちがうようよいる魔族の村の近くを通過して、魔王城に侵入して、魔王城最上階にあるだろう魔王の間まで行って、魔王と対峙するつもりだったんですか!? バカですか! 本気なんですか!?」


「イテッ! すまん、すまん! ……いや、でも、そうか! 当たり前にいっしょに来てくれるつもりだったのか!」


「ニヤニヤすんな、筋肉バカ!」


「イテ……イテッ! また素が出てるぞ、バラハ! ていうか今、本気で叩いてるだろ! やめろって! 本気で痛いし皿についてるスープがあっちこっちに飛んで悲惨なことになるから! ニオイが消えなくて悲惨なことになるから!」


 太い腕で頭をかばいながら絶叫するオリーを顔を真っ赤にしたバラハが木製の皿でガンガンと叩き続ける。

 こういうときにテキトーなところで止めに入ってくれるリカが今はいないことに二人が気が付くのはもう少し、あとの話。め所に困って長々と叩き続けた挙句、バラハの腕が筋肉痛になるのは翌日の話だ。

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