おまけ さんかくデート


 テーブルには光を浴びてツヤツヤと光る苺のパンケーキ、桃のパンケーキ。

 ホットコーヒーとジンジャエール、アイスティー。

 いつか来たパンケーキ屋さんにやってきた。

 注文したメニューは前回と大体同じ。

 違うのは白沢が隣にいて、テーブルを挟んだ白沢の前にねむりが座っていること。


「それじゃあ個別ファミーティング、開催しま〜す。よろしくね〜」

「…………」

「よ、よろしくお願いします」


 こんなおかしなことになってしまったのは、以前のねむりの発言が原因である。

 私と白沢の関係が世間へ公開された際に、責めることなくお祝いしてくれたときに言われた一言。

『今度白沢さんと三人でパンケーキ行かない!?』

 当時私へ責任を感じさせないために気を遣って言ってくれた言葉だと思っていた。

 けれどこれはただの社交辞令ではなく、本気の発言だったのだ。


 あれからねむりから「パンケーキいつ行く~?」と声を掛けられるようになった。

 ただの冗談だと思いスルーしているとちらちらと私に視線を向けながら「はぁ……。甘いもの食べたいなぁ」と大きな独り言を呟き始め、それでもスルーされると分かると当てつけのように「約束守らない人ってどう思う?」とSNSで発信したり、普段メッセージのやり取りなんてしない間柄なのについには「白沢さんと三人でごはん行こうよ」とメッセージまで送られてくるようになった。

 

 ねむりのファンと付き合っても快くお祝いしてくれたのはありがたかったが、どうしても白沢と会わせるのは気が引ける。ずるずると先延ばしにできたらと考えていた私だったが、異常とも呼べる過度な誘いに屈し白沢へこのことを相談した。

 白沢が断ってくれたならどれだけ良かっただろうか。しかし強めのねむり推しの白沢だ。二つ返事で引き受けたため、この奇妙な集まりを開催せざるをおえなくなってしまった。


「じゃあまずは。りりかちゃん、写真撮って〜」


 私がしたのと同じように、ねむりはパンケーキとの写真を撮ろうとする。

 カメラを起動して私へと渡す。そのタイミングでちょうどメッセージが届き内容が見えてしまった。相手はマネージャーさんからのようだ。『内容確認しましたか? 早く返信してください』。なんとなく1,2回目の催促ではない気がする。これ。


 マネージャーさんからメッセージが届いていたよ、と軽く伝えつつカメラを構えると「待って」と撮影を止められた。角度の指定でもあるのかと思っていたら爆弾発言がやってくる。


「白沢さん、こっち来て」

 

 と手招きする。どうして白沢と写真を撮る必要があるのか。

 白沢を呼んだのは一人でパンケーキを食べるには多すぎるから一緒に食べに言ってほしいという話だった。(よくよく考えれば私と二人で行けば良かったのでは……?)

 写真を撮るなら単体でいいじゃないか。

 しかし白沢は「え? ……え?」と困惑しながら嬉しそうに声を上げ、席を立ちねむりの方へと向かう。

 私には絶対にしないファンの顔をする白沢にむかっと黒い感情が湧き出た。

 白沢が席を移動するとねむりは逃がすまいと腕を組み、顔を傾け、白沢の肩に寄りかかるような距離まで近づく。黒い感情は積み重なる。


「近いでーす。接触禁止なんで、もう少し離れてくださーい」


 白沢と私が付き合っていることを知りながらも距離を詰めるねむりにスタッフさんを真似て二人の距離を離そうと図る。

 しかし、


「白沢さんは特別なのでオッケーです」


 と笑顔で躱された。

 普段もそれくらい愛想を振りまいてほしいと思うくらいにいい顔をしている。


「特別待遇は他のファンの方が不満持っちゃうので、平等に対応をお願いします」

 

 負けじともっともらしい説得をするが、今日は特別ファンミだからなんだと一向に意見を聞き入れる気配がない。

 白沢からも何か言ってよ、と目配せをしてみると何か察したように白沢が口を開いた。


「叶野さん」

「やっぱり、近いのは嫌だよね!」

「早く撮ってください」

 

 むかむかむかむか!!!


 仕方なくスマホを操作し2,3枚シャッターを切った。

 3枚くらいぶれていろ。私だってまだスマホでは白沢とツーショを撮ったことがないんだ。ねむりだけ持っているなんてずるい。


「はい。お時間でーす。離れてください」


 スマホを手渡し、白沢を私の隣の席へと連れ戻す。

 ねむりは撮った写真を確認するとありがとう、と言ってきた。

 ぶれていなかったようだ。

 

 * * *


 私経由で写真を受け取り(白沢とねむりに連絡先を交換させたくなかった)、白沢へと写真を転送した。受け取った写真をすぐさま表示してツーショットを眺める顔を見ると少し頬が緩んでる。その姿がなんだかむかつき、つい口を滑らせてしまった。


「白沢はねむりと私どっちが好きなの?」


 「うわ〜、めんどくさい女〜」と理解ある女友達みたいな発言をする。


「こういうめんどくさい話には付き合わない方がいいと思うよ」


 と答えないことを推奨するようなフォローを入れるが素直な白沢にそんなフォローは効かない。


「叶野さんですが」

「…………」


 つまらなさそうな顔をしている。しめしめと私は勝ち誇った笑みをすると


「推してるのは?」

「ねむりちゃんです」


 何の抵抗もないようにパンケーキを食べながらねむりの質問へと答える。

 今度はねむりが勝ち誇ったゲスい笑みを浮かべる。

 しかし私には切り札がある。そう余裕ぶっているのも今のうちだ。


「でも白沢。この間の赤のペンライト振ってたよね?」

「……気づいてましたか?」

「それはりりかちゃんに気を遣ったんじゃないの?」

「……まぁ。白だけだと不機嫌になるかと思って」

「はぁーー!?」


 あれって推しになれたって意味じゃなかったの?

 アイドルとしても好きって意思表示をしてくれたの?

 一瞬時が止まった感覚になるくらいに衝撃を受けたんだけど、ただの勘違いだったってこと?

 

「白沢、最低」

「……え」

「あはは。パンケーキ美味しい~」


 沫田ねむり。人の不幸が大好きな最低人間である。

 今、私と白沢の間に亀裂が入ったのを確信しているだろうにそんなことは気にせずに自分の話を広げる。


「私のどこが好きなの?」

「…………顔ですかね」


 白沢は何故私に最低と言われたのか分からないという顔をしていたが、考えても仕方がないと判断したのかねむりの質問に最高の回答をする。


「もー、好き。桃一個あげるね」

「……あ、ありがとうございます」


 その照れた顔はやめてほしい。

 私のことが好きなのは分かってるけど不安になる。

 

「性格も好きです。自分を貫いているところがかっこよくて」

「本当? 初めて言われた~」


 さらにもう一個、桃を移動させる。


「顔以外のことを褒められるのも最高だねぇ。定期的に白沢さんに会いたいな」

「え」

「ねむり、口説かないで」

「え。口説かれてたんですか?」

「どうだろうねぇ~?」


 白沢と私の反応を面白がるように笑顔でからかっていたが


「気持ちは嬉しいですが今日が最後です。こういうのはオタクとしてなしなので」

「はぁ、つまんなーい」 


 白沢の言葉で再びつまらなさそうな顔へと戻る。顔に出すぎだ。あくまでも白沢はファンなんだか露骨に表情に出すのは……と思ったが、白沢はねむりのこういうところが好きだった。

 本性を出したタイミングでぶーぶーと、スマホの振動でテーブルが揺れる。


「…………あー」

「マネージャーさん?」

「そ。……もう、せっかく楽しい話してたのに」

「連絡返さないからでしょ。マネージャーさんたちのお陰で活動できてるんだから、ちゃんと返事しなさい」


 私は真摯に対応することを進めるが、ねむりには響いてなさそうだ。

 立ち上がる様子もなければ、スマホの画面を操作する指は明らかに不在のボタンの方を押そうとしている。


「出なさい」

「えー、でも」

「……出た方がいいんじゃないでしょうか?」


 さすがに白沢にも注意されるとは思っていなかったのだろう。

 ねむりは目を丸くし、溜息を吐きながら席を立った。


「はぁーい。分かりました」


 電話を応答し「沫田です」とけだるそうな足取りでお店の出口へと向かって行く。 


「ありがとう」

「いえ。ねむりちゃんはマイペースな人ですね」


 はぁ、推しには盲目というか。好きだと受け取り方もポジティブだなぁ。


「ねぇ白沢」

「?」 

「重いこと言ってもいい?」

「……どうしたんですか」

「白沢の好きは、全部私がいい」

 

 恋愛感情の好きとアイドルへの好きは別物だと考えていた。

 アイドルをしている私がファンへ抱く気持ちは一緒の目標に向かって共に歩んでくれている感謝や毎日足を運んで応援してくれることからの好き。ファンからアイドルへの気持ちも(恋愛感情を抱く人は少数いるかもしれないが)、多くは私がファンへ思う気持ちに似通ったものだと思っていた。だから白沢が誰を推していようとそれは仕方ないもので、私が規制すべきものではないと。

 だけど実際にねむりに対する白沢の態度を目の前で見ると複雑な気持ちになっていた。そこに恋愛感情がなかったとしても好きな人が私じゃない人に好きだと向けることが耐えられなかった。

 

「どうしたんですか? 今日はいつもよりストレートですね」

「ねむりと仲良さそうにしてるから」

「…………」


 微かに今日はそうだったかもしれないという表情をする。

 すみませんと前置きをし、白沢は言葉を続けた。


「隣に並んで、手を繋ぐのは叶野さんだけです」

「…………対面の握手も私だけがいい」

「…………」


 長い沈黙の後、善処しますと言葉が返ってきた。

 断言しないのが白沢らしいとは思う。でも今日はその言葉では満足できなかった。


「…………」

「…………」


 再び沈黙が始まる。普段は嫌いではない時間。

 話したいことはあるけどモヤモヤに支配されている今、口を開けば可愛くないことばかり言ってしまいそうだ。

 そんな沈黙を破ったのは白沢だった。

 

「さっきはああ言いましたが」

「?」

「ペンライトの話です」

「……あぁ」

「本当は別の理由があって」

「別の理由?」


 白沢は口元を手で隠し、目を逸らす。

 

「ペンライト赤にすれば、一瞬だけでも叶野さんの時間を独占できるかなって」


 予想外のことに言葉を失う。

 え? 今、独占って言った? 独占欲とは程遠い位置にいる白沢が??


「叶野さんがファンを大切にしていることは知っています。叶野さんに人気があるのはそういう気持ちがファンに伝わっているからだというのも理解はしています。だけど、好きな人が他からも愛されていて、その人たちに笑顔を向けるのは……………………良い気持ちではなくて」


 いつものように淡々と言葉を紡ぐ。

 だけど髪の毛の間から見える耳は血色感を増しており、平常心がぐらいついていることを察した。

 白沢のこんな姿を見たことがあっただろうか。

 いつもは余裕があって動じなくて、私ばかりがドキドキさせられている。

 だけど今の白沢はどうだろう。顔を隠すくらいに恥ずかしがって、隠しておきたかったことを暴露している。

 照れた姿なんて初めてみた。これは触らなくても分かる。多分、きっと今、彼女はドキドキしている。


 すごくかわいい。


「こんなの、よくないとは思ってはいるんですが」

「どんな気持ちでも嬉しいよ」


 口元を隠していた手を取り、指を絡ませる。

 顔全体が見えるようになった。頬がぽっと赤く染まっており愛しさが増した。

 

「白沢の好きなら、なんでも」


 さっきまで荒波だった心が凪いできた。

 全ての好きを独占するのは難しい。それは分かっていたつもりだった。あくまで推しは推しだから、それは認めようと。

 だけどこの間のライブでペンライトを赤にしていたのを見て、知らないうちに期待をしてしまっていたんだ。もしかしたら全てにおいて私のことを一番に好きになってくれるのかもしれない、と。

 

「だからと言って、叶野さんがやりたいことを諦めてほしいわけではありません。私はステージでキラキラしている貴方も好きです。その輝きの源がファンにあることも知っています」


 でもそれは白沢も同じだった。

 アイドルである私がファンを好きだと言って笑顔を向けているのはよく思えない。

 だけど私がやりたいことだから、と私の気持ちを尊重して許してくれている。

 

「だから、これでお相子としてもらえませんか?」

「うん。そうする」

 

 気まずい時間が終わり、いつもの一緒にいて心地よい空間に変わった気がする。

 

「ねぇ写真撮ろうよ」

「撮りたかったんですか?」

「……当たり前じゃん。ねむりばっかりずるい」


 思っていた感情を口にすると、白沢は微かに笑みを浮かべた。

 とても優しい顔。

 

「撮りましょう。写真」


 しかし白沢は無慈悲にスマホに初期搭載されたカメラを起動する。

 ノマカメなんて世界で一番自撮りに向かないカメラだ。……でもそんなところも白沢らしくて好きだ。

 インカメを通して画面に映る白沢と目が合い少しドキッとして咄嗟に目を逸らす。


「盛れるやつがいい」

「盛らなくても可愛いですよ」

「もっと可愛くしたいの」

「そういうものなんですか?」

 

 一旦カメラを閉じ、アプリストアへと画面が切り替わる。何がいいのかと問われたので愛用しているアプリを伝え、インストールしてもらった。


「白沢のスマホにも残るんだから、可愛くいたいじゃん」


 インストールが完了し、カメラを開く。

 お気に入りのフィルター、お気に入りの色味の設定をしながら、白沢に声を掛ける。


「ねぇ。白沢」

「?」

「明日はお仕事ないんだけどさ、あっちの家に泊まろうと思うんだよね」

「はい」

「だから一緒にお泊まりしよ?」


 恥ずかしくなるくらいに甘えた台詞を口にする。

 でも思っていること、したいことは言葉にしないと伝わらない。

 察してほしくて黙っていたらまたすれ違いを引き起こす。だから、ちゃんと口にするんだ。


「今日はずっと一緒にいます」


 白沢からも恥ずかしくなるような台詞が返ってくる。耳がカッと熱くなった。心臓の動きも早くなった気がする。

 しかしそんな私の気も知らずに、設定できましたか? と話しかけてくる。

 え、この歯の浮くような甘い台詞は天然なの? ドキドキしてないなんてずるくない?


「できたけど」


 とスマホを返すと二人が入るか画角を探してカメラを構える。スマホに映る私の顔は少しだけ赤くてすぐにでもこのドキドキがバレてしまいそうだった。


「じゃあ撮りますね」


 平常に戻るのを待つこともなく、白沢はシャッターを切った。


 しばらくは気まずくて見られないと思うけど、いつか笑って今日のことを話せたらいいな。


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