第12話 SNS
あれから一週間――。
私はスマホの通知音で起きた。
SNSの通知が止まらない。心当たりは1つしかない。
「今日が記事の公開日か」
週刊誌に記事が掲載されるときは発売前に事務所へ確認の連絡があると聞いたことがあるが、マネージャーからは何も連絡はない。てっきり公開されるのはまだ先なのかと思っていた。
「あの事務所……本当に私のことなんだと思ってるの」
心の準備をしておきたかった。本人にくらい公開日を教えてくれてもいいじゃないか。
事務所へは恩しかないが、今日くらいは愚痴らせてほしい。これから炎上へ立ち向かうのだから、少しくらい文句を言っても許されるだろう。
SNSの通知には送られてきたコメントの最初の一行が表示される。なるべくキツイ言葉は見たくないため、通知を切ることにした。画面を見ないように操作をし、通知オフへ変更をすると部屋は静寂を取り戻した。
今日は朝からレッスンの日だったため事務所から貸与された部屋に泊まっている。この部屋にいる日に公開されたのが唯一、不幸中の幸いだ。実家だったらきっと妹が心配していたことだろう。
「炎上してるのかな」
大体のコメントは想像できる。アイドルの癖に恋愛するとか、プロ意識が低すぎる。とか、そんな感じだろう。
ファンからの中傷だったらまだ耐えられる。本当に傷ついたのだろうから。悲しませる原因を作ったのは私なのだから(本当は事務所だけど)攻撃されても、みんなの辛い気持ちを受け入れよう。反省しようという気持ちになる。
だけどネットでは正義感を披露したいがために私の存在も知らなかった全くの他人が誹謗中傷を送りつけてくることもあるだろう。そいつらの文章を目に入れるのが嫌だった。
そこでハッと気づく。ターゲットは私だけではない。
白沢もSNSをやっていると言っていた。ねむりにコメントを送っていたから恐らくは公開アカウントだろう。
ネットの人たちの特定能力は高い。相手を白沢と特定し、アカウントを見つけているかもしれない。
メッセージアプリを開き、白沢へと電話を発信した。
この一週間白沢とは毎日連絡を取りつつも、再び記者に突撃される可能性を考えて直接会うのは避けるようにしている。電話を掛ける理由が見つからなかったためやり取りは文字だけだった。折角久々に声を聞けるので嬉しいはずなのにこんな不安な気持ちに包まれているが恨めしい。
2コールしたところで白沢は電話に出た。
「もしもし白沢。ねぇ、大丈夫!?」
「え。何がですか?」
「今日、白沢との記事が公開されたみたいでSNSの通知やばくて」
「あぁ」
私の勢いに納得するかのように相槌を打つ。
「白沢のところに変なコメントとか来てない⁉」
「変なコメント? ……あー、そういうのは来ました」
「はぁ⁉」
「まぁでも大丈夫です。沢山来ましたが、言ってる意味はよく分からないので」
「それを世間では叩くって言うのよ……」
「そうなんですかね」
大したことのないような反応だ。鈍いとは思っていたが、攻撃的なコメントにも揺らがないタイプなのだろうか。……いや、でも過去の経験から辛い出来事があったときに傷つかないように、感情に蓋をする癖がついてしまっているのかもしれない。白沢の気付いていないところで心が耗弱している可能性がある。
「『今日をしろりり記念日とした。ありがとう』」
私が頭を抱えて悩んでいるのに対比的して白沢は穏やかでのんびりとした声で白沢の元にやってきたコメントを読み上げた。
「『しろりり尊すぎ。もっとやれ』」
「しろりり? 何それ……」
「分かりません。でもこんなんばっかりです」
だから傷つきようがないと、白沢は補足する。
私もどういう意味なのか分からなかった。
文面は好意的だが、「しろりり」の意味が分からないため何を言っているのか分からない。
「調べてみる」
どこで白沢への攻撃的な呟きを見るか分からないので率先して調べることを申し出た。
SNSの検索欄に「しろりり」と打ち込み結果を見る。
話題になっているつぶやきが上位に来るため、発端はすぐに見つけることができた。
『ってことは凜々架と白沢でカプ名は「しろりり」?
〉この人、ねむり推しの白沢さんだよね。顔綺麗なのに常に真顔で目立つからねむりオタの中で有名だった』
私の写真をアイコンにした人が何かを閃いたように呟いている。その呟きに皆が賛同し、そこから使われ始めたようだ。
ていうかカプ名って何? さっきから分からない言葉が沢山出てくる。
これも理解するためにSNSの検索欄に打ち込む。沢山呟きが見つかるものの、ハッキリとした答えが分からない。SNSで答えを探すのをやめ、検索ブラウザで調べることにした。カプ名と打ち込み検索結果を見るとカプとはカップリングを意味すると出てくる。カップリングもよく分からないためさらに調べると
「はぁ⁉」
「意味分かりましたか?」
大きな声を出したことで理解したことが露わになってしまった。自分で説明するのは恥ずかしいので知らないふりをすることにした。
「わっ、分かんない! こんなこと言ってバッカじゃないの⁉」
「分かってる人の反応ですよね」
「分かってない!」
「何でした?」
「うぅ」
必死に分からないふりをしたがその甲斐も空しく白沢はマイペースに話を進めていく。
検索結果を口に出すのが恥ずかしいが、伝えないと話が一生ここに停滞しそうだったので渋々口を開いた。
「私と白沢のカップリング名らしい」
「どういう意味ですか?」
私と同じくカップリング名の意味が分からなかったようだ。声に出して説明するのが恥ずかしく、気になるなら調べるようにお願いすると少しの沈黙の後、白沢は理解したかのように口を開いた。
「ふうん。……間違ってはいませんね」
心なしか少し嬉しそうだ。
「私たちの仲が認められたってことですかね」
「今のところは……」
検索したままになっていたページをそのままスクロールして、他の人の呟きを見ていく。
事務所の目論見通り、記事からリリュが気になったという感想もいくつかある。元々いるファンが感情的になっていないからか、他界隈の人が荒れたコメントをしている様子もない。
スクロールしてもしても好意的なコメントばかりだ。
『しろりりの記事読んでなんか安心した。凜々架、一人で頑張りすぎていつか潰れる気がしてた』
『記者クソ。アイドルに付きまとうとかキモすぎじゃね? 凜々架は記者のことをストーカーとして訴えるべき #しろりり』
『凜々架見てる? 俺は凜々架が恋愛してようと凜々架のこと好きだから。今週のライブで真顔になるファンサちょうだい #しろりり』
『どうせ俺たちは凜々架と付き合えるわけじゃないしな。先週のライブでは既にしろりりだったわけだよね?
手ぬいた様子もないし、ライブ行くと絶対に目合うしレスくれるし、恋人がいても良い気がする。てか百合美味い』
私を……グループを応援してくれているファンがみんな温かい。
プロ意識が足りないとか、デビューもしていないアイドルが恋愛してる場合じゃないとか、そういった批判的なコメントばかりが寄せられると思っていた。だけど実際には、頑張っている凜々架に支えができてよかったとか、推しの幸せがファンの幸せ、など温かいコメントばかりが流れてくる。なんて良い人たちに推してもらえているのだろう。
「私、ファンに恵まれてる」
「良かったですね。お仕事大成功です」
* * *
九時からレッスンの予定があったため、お互いに攻撃的なコメントが来ていなかった確認が取れたあと一時間の会話を経て通話を終わりにした。
支度をしてレッスンスタジオを入室する。今日も一番乗りだ。
いつものように床掃除をしていると後ろで扉が開く音がする。振り返るとそこにいたのはねむりだった。
「りりかちゃん早いね」
「ねむり。おはよう」
おはよう、と一言返しねむりは扉から直線上にある荷物置き場へと向かう。
荷物を下したタイミングで声を掛けられた。
「見たよ。りりかちゃんの記事」
ねむりは荷解きをしながらこちらに視線を送ることなく淡々と話す。
迷惑を掛けてごめん。と口に出そうとしたところで言うのをためらった。
炎上しなかったから良かったものの、アイドルは恋愛禁止という暗黙のルールを破ってしまったことには変わりない。好きな人ができてもこのルールに則り我慢しているメンバーもいるはずだ。
事務所から指示されたことではあるが、本気で恋愛してしまったことには変わりない。謝ったところでメンバーが許してくれるとは思えなかった。
「りりかちゃんのファン、物分かり良すぎ~。ねむりだったら絶対炎上してた」
何と反応すれば良いか分からず黙り込む。ねむりはそんなこと気にせずに話を続ける。
「てか、白沢さんってねむりのオタクだよね?」
「……うん」
きっとねむりのファンに手を出したことを言及されることだろう。
手に持つ箒に力が入り、何も起こらないようにと願いながらぎゅっと目を閉じる。
しかしねむりから言われたのは予想外の言葉だった。
「今度白沢さんと三人でパンケーキ行かない⁉」
「……え?」
顔を上げるとさっきまで絡み合わなかった視線がやっと交差した。
ねむりは怒っている様子もなく、むしろ機嫌よく話しかけてくる。
「記事に書いてあった。二人でパンケーキ屋さん行ったって。半分こしたんでしょ? ずるいよ~。カロリー気にして、ねむりずっと我慢してたんだからね」
「え? ……え?」
状況が読み込めずに動揺してしまう。え、何も言及されてない?
「白沢さんのことは取らないから。ねぇ、良い?」
「ねむり、怒ってないの?」
「何に?」
きょとんとした顔をされる。さっきまで目を見てくれなかったのもあって絶対に怒っているのだと思っていた。
「私が熱愛報道出したとか、相手がねむりのファンだ、とか」
「炎上してないから良いんじゃない? それにそのお陰か、ねむりのフォロワーも増えたんだよね~」
そう言い、スマホを私へと見せる。元が何人だったかちゃんとは分からないが、百人単位で増加した気がした。一日でこの増加は凄い勢いである。
「他のメンバーたちもフォロワー増えたの喜んでるだけで、特に怒ってなかったよ」
ねむりは嘘を吐かない。メンバーの心内は分からないけど、ねむりとの会話の中で不満を漏らすことはなかった事実にほっとする。
「末永くお幸せに」
「ねむり~!! ありがとう~~」
「うわ、くっつかないで!」
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