第9話 宝物はものだけじゃない


 リリュはデビュー前のアイドルではあるが、他のアイドルと比べて特典会の頻度が少ない。多くのアイドルが毎ライブで特典会を開催する中、リリュは一か月に一度のみの開催だ。

 これは先輩アイドルが売れているため事務所の資金に余裕があること、またアイドルたちが本業に専念できるように負荷に感じることは避けたいという方針のもと決めたことらしい。基本的にはホワイトな事務所だ。

 そして今日は一か月に一度の特典会の日だ。


 リリュはお話し会やショート動画撮影会、チェキ会などいろいろな特典会を実施しているが今月はチェキ会をする。

 会場でCD(これは自社制作のもの)を購入することで参加の権利を得る。しかしこれが先着順、上限なしという熱量の高いファンを優遇する仕様なため参加できるのは大体決まったファンとなる。

 そんな貴重な特典会ではあるが、日頃の感謝を込めて白沢を招待することにした。

 

「こういうのってオタク的には無しなんですが」

「とか言って〜。楽しみだから来ちゃったんでしょ?」


 どう説得して良いか分からず、適当な返しをしておく。

 でも来てくれたということはきっと嫌ではなかったということだ。


 白沢は私が呼んでおいたため、特典に必要なチケットを持っていない。事前に白沢の特徴を伝えておいたため、融通を利かせて順番まで案内してもらえたのだろう。

 スタッフさんに声をかけて、指で枚数を指定する。その仕草を見て白沢が


「しかも二枚も撮るんですか?」


 信じられない、とでも言いたげな目で見てくる。


「うん。白沢用と私用(わたしよう)」


 一枚では白沢のことだから多分要らないと言って、私に譲るだろう。すると白沢の手元には残らない。自分だけ持っているのは白沢のファンみたいで嫌だったため二枚撮影するという結論になった。


「あんなに学費のこと気にしてたのに?」

「後でちゃんと払うもん」


 すごく昔のことを出してくる。私との会話を覚えてくれていたことに少し喜びを感じつつ、話を進める。


「何のポーズにする?」

「普通にピースでいいんじゃないですか」

「えー、それ友達と写真撮るのとあんまり変わらなくない?」


 白沢と撮るなら……とポーズを考える。


「ほっぺでハート作ろうよ!」


 それぞれの手でハートの形を作り、それをほっぺへと持っていく。

 これ! とやって見せると


「…………」


 表情で訴えかけられる。「叶野さんは良いかもしれませんが、私は嫌なんですが」という顔だ。


「それじゃあ撮りますよー」


 チェキ会はチェキを取ることを目的としており一対一で会話ができるのは副産物だ。なので話の途中であっても容赦なくスタッフさんは割り込み、撮影の準備をする。

 隣をちらりと見ると白沢の意志は固く、すでに低い位置でピースの形を作っていた。私の提案は受け入れないつもりらしい(私も白沢の提案を受け入れてないけど)。


 仕方がないので空いていた右手を白沢の右頬に持っていき、強制的にハートを作る。身長が高いため持ち上げる腕がぷるぷるしている。

 それに察してか白沢は足を屈め、顔を同じ高さにしてくれた。


「いきますよー。3ー、2ー、1ー」


 ピカっとフラッシュが光り、カメラからは撮影されたチェキが出てくる。


「二枚目いきまーす」


 間髪入れずに二枚目の撮影のカウントダウンが始まる。

 特典会のお客さんの回転を上げるため、順番が来てから一枚目の撮影に入る前までの数秒(私はポーズの相談やまた来てくれてありがとうなどの軽い挨拶の時間として使っている)以外は自由に会話できる時間を設けていない。そのため1度に沢山撮る場合は二枚以降は坦々と撮影していく流れとなる。話す時間を多めに取りたい場合は一枚撮ってもらい、もう一度並び直してもらう決まりになっている。


「あれ?」


 カウントダウンが終わり、シャッターを押すがチェキが出てこない。撮影スタッフが慌てて確認をするとどうやらフィルムが切れていたらしい。今日のスタッフさんはチェキ慣れしていない人だったらしい。切れたサインが出ていたようだったが気が付かなかったらしい。

 フィルムの交換をするため、運よく白沢と話をすることができた。


「強引な人ですね」


 ポーズのことを言っているのだろう。


「だって可愛いポーズが良かったんだもん」

「二枚目の同じポーズにするんですか?」

「うん。嫌?」

「……叶野さんの好きなものにしてください」

「やった」


 許可も得れ、再び白沢の右頬に右手を持っていく。今度は最初から屈んでくれていた。

 撮影が終わり、スタッフさんから二枚チェキが渡された。二枚目はまだ現像が終わっておらず、ぼやぼやとした二人が写っていた。

 変な顔になっていないことが確認できたので、一枚目を渡すことにした。本当は二枚を比べ可愛く写っている方を渡したかったのだがチェキの性質上難しいため諦めた。


「それと、これあげる」


 ポケットから名刺サイズの紙を一枚取り出し、チェキの下に忍ばせ一緒に渡す。


「これは?」

「ねむりの特典会参加券」

「こういうのオタク的には無しです」


 喜んでくれると思っていたのだが、私とのチェキを撮るときと同じ反応だった。真面目なファンだ。無償でもらえる目の前の餌に飛びつかないなんて。しかし私は食い下がらない。


「とりあえずあげるだけ。参加するかは白沢が決めてよ」


 無理矢理チェキと参加券を握らせる。スタッフさんに「そろそろ……」と次の人へ行くように急かされたため気持ち早口になりながら、伝えたいことを口にする。


「最初に約束したじゃん、ねむりとツーショ撮らせてあげるって」


 先払いをした日、白沢から「ねむりと会えるのか」「ねむりとツーショは撮れるか」と聞かれ、ねむりが良いと言ったらと可能であることを匂わせていた。しかし、ずっと約束が果たせていなかったことが気になっていた。


「白沢が望んだシチュエーションではないかもしれないけど、数秒は話せるしツーショも撮れる。これでお返しにしてもらえるかな?」

「先払いはすでにもらって――」

「すみません。お時間です」


 白沢が何か言いたそうにしているところにスタッフさんが割り込むように剥がしに来る。限界まで待ってくれたようだ。

 申し訳なさそうにしている白沢に


「ありがとう~、また来てね!」

 


◇ ◇ ◇


 叶野さんからもらった参加券を持ちねむりちゃんの列へ並んだ。

 「オタク的には無し」なんて宣言したが、ねむりちゃんと話ができると考えたら抗うことができなかった。今回だけ、今回だけ。次回はちゃんと断ろう。次回があるかは分からないけど。

 ……叶野さんとはいつまでこうしていられるんだろうか。


 折角のねむりちゃんの接触イベントなのに頭の中に叶野さんがちらつく。自分の番まであと三人だ。頭を切り替えなければ。

 思っていたよりも三人までの道のりは長く、だけどねむりちゃんの顔に癒されていたので順番待ちは飽きなかった。

 そして並んで十分くらいした頃だろうか。順番がやってきた。


「こんにちはー」


 胸元で手を振り、間延びしてゆったりとした声で挨拶をしてくれた。ねむりちゃんから。

 目が合ってしまった。今まで通い続けてきて初めての経験だ。近距離での推しに頭の中が真っ白になる。

 背は小さく(叶野さんよりも小さい)、身体は薄いと表現するのが一番適切なくらいに華奢だ。大きくうるうるな瞳に小ぶりな口と鼻。肌はツルツルで毛穴なんて存在していないような綺麗さだ。

 いつも遠くから見ている存在がこんなに近くにいる。


「イケメンな女の子だー。私のファンってキモイ男しかいないからさー、嬉しい」


 邪気を含んだ言葉を邪気のない笑顔でハッキリと言う。SNSでの発言から知ってはいたが実際に直面すると圧倒されてしまった。実際に言われて周りのオタクは傷付かないのだろうか。いくらか距離はあるが、会話の内容は全然聞こえる状況だ。

 なんと返答すれば良いか分からず、黙っていると「びっくりしちゃった?」とねむりちゃんの方から声を掛けてくれた。そして話を続ける。


「大丈夫だよ。みんな、ねむりにディスられるのが大好きだから」


 ね~、と甘い声を出し並んでいるファンたちに肩の位置で手を振る。ねむりちゃんのポジティブな解釈なだけだと思っていたが、本当にそうだったようで「キモくても話してくれてありがとー!」など肯定的な返事が返ってくる。心が強い。


「はー、キモ~」


 相変わらず笑顔で毒を吐く。見た目と声からは想像できないくらいの暴言だ。だけど憎めない可愛さがそこにある。


「お名前は?」

「白沢です」

「白沢さん? 変わったハンドルネームだねぇ」

「いえ、本名で」

「へぇー、名字名乗ってるだ~」


 叶野さんのときは三往復くらいの会話で順番が来たが、まだ撮影の案内が来ない。

 ねむりちゃんの列に並んでいる人は、叶野さんに比べ、三分の一くらいだ。順番が来て案内されてから撮影までの時間を長くすることで帳尻を合わせているのかもしれない。


「さっきりりかちゃんとチェキ撮ってたよね?」

「え、何で」

「白沢さんイケメンで目立つんだもん。りりかちゃん良いなーって思ってみてたんだよ」


 そしたらねむりのところにも来てくれた! とぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでくれる。可愛い。


「白沢さんはねむりが最推し?」


 人差し指を顎先に当て質問された。言葉は続き、「それともりりかちゃん?」と叶野さんが選択肢に登場した。


「それは――」

「撮影をお願いしまーす」


 言葉を詰まらせたところでスタッフからの案内が入った。

 ねむりちゃんはさっさと撮影位置に立つ。さっきまでの話はなかったかのように私の回答がなかったことを特に気にする様子はない。


「一緒にハート作ろうよ! 白沢さんは女の子だから手触れてもいいよ~」

「あ、はい」


 右側にいるねむりちゃんは右手、私は左手でハートを作り上げる。小さい頃から成長していないかと思うくらいに小さな手だ。

 ポーズをとってから数秒でシャッターは切られる。夢のような時間は終わった。

 叶野さんと同じようにスタッフから受け取ったチェキをねむりちゃんから手渡された。まだ現像はできていない。


「また来てね、白沢さん」

「はい」


 手元にはねむりちゃんのチェキと叶野さんのチェキ。また大切なものが増えてしまった。


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