第8話 あまさとろける
「今日はパンケーキを食べます!」
じゃじゃーんと期間限定のいちごパンケーキのメニューを笑顔で見せつけた。
写真にはふわふわのスフレパンケーキの上にこれでもかと輪切りしたいちごが乗っている。そしてその横には彩りを与えるようにピンクに着色された生クリームをがこれでもかと積み上げられている。調べなくてもカロリーが盛り盛りであることが分かる一品だ。
そのことに白沢も気づいたのか
「良いんですか? アイドルって体型管理とか厳しいイメージですが」
と真顔で指摘してくる。しかしそこは計算済みだ。
「そのための白沢なんだなぁ」
つまり二人で一緒に食べればカロリーは半分。一人で食べるよりはマシということになる。
「段々、何のために会ってるのか分からなくなってきました」
考えないようにしていないことを思い出した。
私は白沢に恋人の振りを頼んでいる。こうして定期的に会うのは白沢のことを恋人だと記者に見せつけるためである。
……ためであった。最近は白沢といる時間が楽しくて、純粋に会いたいという気持ちが大きい。白沢はどう思っているか分からないけど「分かりました」と言って答えてくれるからその気持ちに甘えてしまう。
「白沢といるの楽しいから。楽しいから会いたいじゃだめ?」
「……悪くはありませんけど」
「ふーん」
ハッキリと否定しない回答に頬が緩む。
最近分かったことがある。白沢は白黒ハッキリしているタイプだ。なのに曖昧な返事をすることがある。
そういう返事をするときは多分、素直に肯定できない時だ。……と勝手に解釈をしている。
「いちごのパンケーキ頼んでいい?」
「はい。叶野さんのお好きなようにしてください」
「ありがとう、白沢!」
白沢の許可を得られたので、店員さんを呼びパンケーキを注文する。
一緒にドリンクも勧められたので私はコーヒー、白沢はジンジャーエールをお願いした。
注文をして三十分くらい経過したところでパンケーキが運ばれてきた。
メニューの写真と全く変わりない、輪切りしたいちごとピンクに着色された生クリームをがこれでもかと思うくらいに積み上げられている。あまりの可愛さ、美味しそうな見た目に一刻も早く口へ入れたい衝動に駆られた。
しかし、その前に一つやらなければならないことがある。
「ねぇ、パンケーキと写真撮って」
アイドルとして活動しているためSNSに写真を上げることがよくある。しかし可愛いカフェに行くことがないため、普段は綺麗な風景をバックにした写真ばかり載せている。パンケーキを撮影の小道具にするような申し訳なさがあるが、折角可愛いカフェに来たので写真を残しておきたい。
お気に入りのカメラアプリでお気に入りの設定にセットして白沢へスマホを渡し、撮影をお願いした。
シャッターの音に合わせて顔の角度を変えたりピースをしたり、パンケーキのお皿に手を添えたりいくつかポーズ決める。
「かわいい?」
「美味しそうです」
私よりもパンケーキが上ですか。
「甘いもの好き?」
「嫌いではありません」
ふうん。嫌いではない、ねぇ。
「好きなものはちゃんと好きって言わないとだめだよ。パンケーキがかわいそう」
「食べ物に感情はありません」
好き、という点には否定が入らない。つまりそういうことだ。
撮影も満足してスマホを返却してもらう。撮ってもらった写真はなかなか盛れていた。
「上手じゃん。私専属のカメラマンにしてあげてもいいよ」
「給料払えますか?」
「私と毎日一緒にいれるのが報酬」
「タダ働きですか。親の脛齧りだと思っていたときは色々言っていた割にブラックな働かせ方をするんですね」
なんて適当な冗談を言ってみたりもする。
段々と白沢と一緒にいる時間も増え、普通の友達のような会話もできるようになってきた。
パンケーキ単品の写真も撮り、取り分けて食べることにした。
ちょうど半分になるように分け、白沢へとお皿を渡す。白沢は生クリームから食べるタイプだった。やっぱり甘いものが好きなんだと確信した。
「あげる」
「?」
お互いにパンケーキを食べ終わったタイミングで白沢へプレゼントを差し出す。
「この間、うさざ……うさぎのぬいぐるみ取ってくれたでしょ? そのお礼」
「?」という表情を浮かべている白沢へ経緯を説明をすると納得するようにあぁ、と小さく声を漏らした。
「お礼をもらうほどのことはしていませんよ」
「感謝の気持ち。白沢がもらってくれないと困る」
なかなか受け取ってくれないので無理矢理に渡す。抵抗しても無駄だと悟った白沢は仕方なく受け取ってくれた。
流れで開けていいか確認をされたのでもちろん了承する。
小さめな不織布に赤色のリボンが結ばれている簡単なラッピング。白沢は解いたリボンを丁寧に畳み、テーブルに置いた。
袋の中身を取り出し呟く。
「ハンドクリームですか」
「うん。ちょうど乾燥する時期だし、いいかなーと思って」
化粧品や手袋なども考えたが好みが分かれることを考え、無難なハンドクリームにした。必需品ではないかもしれないけどストックがあって困ることはない品だと私は思う。
「ハンドクリーム使わないタイプだったりする?」
「いえ、たまに使います」
その言葉を聞いてほっと安心した。
白沢はハンドクリームの蓋を開け、試しに塗っても良いかと聞いてきた。
飲食店で匂いがするものを付けるのは少し憚られたが、購入の際にテスターを使ったとき香りは控え目だったので了承する。
白沢も同じことを思っていたのか、出した量は適量の半分くらいだった。白くてきれいな手を擦り合わせハンドクリームを浸透させていく。擦り合わせたことによる熱でほのかに良いにおいが香った。白沢もそれに気づいたのだろう。手を鼻へと近づけ、呟く。
「この匂い」
「良い匂いでしょー? 私の好きな匂いなの」
詳しくは分からないが果物や植物などの爽やかな香りと石鹼が混ざり合ったような不思議な匂いだ。あまり嗅いだことのない香りだったが初めて嗅いでからはこの匂いの虜になっていた。
「はい。不思議と落ち着くいい匂いですね」
「…………」
白沢の発言にぼうっとしてしまう。
「どうしたんですか? 急に黙り込んで」
「白沢に褒められたのが……ちょっと意外で」
引き続きぼうっとしながら理由を述べる。
褒められたのは私ではなくハンドクリームではあるが、それを選んだのは私であるため何だか自分が褒められた気になってしまった。
「…………」
白沢も黙り込んでしまった。二人の間に沈黙が流れる。
なんというか喋りにくい。
「……さっき、言い忘れてたんですが」
珍しく沈黙を破ったのは白沢だった。
「今日は髪、おろしてますね」
「え? ……あぁ。言ったじゃん? ツインテールはイメージ作りのためのものだって。普段は下ろしてるよ」
突然髪の毛の話になったことへの疑問を抱きつつも、対応する。今日は少し気合を入れてサイドの一部をみつあみにしてみた。そのことについて触れたいのだろうか?
「可愛いです」
「!!!」
触らなくても耳が熱くなったことが分かった。
◇ ◇ ◇
「…………」
ベッドに入り、枕元に置いてあったハンドクリームを手に取り、適量を手に出した。あまりハンドクリームを使う習慣はなかったので、寝る前に塗ることにした。折角もらったものだし使わないのは勿体ない。
ハンドクリームはさらっとしたべたつきが残らないタイプだった。これであれば寝ている間に寝具へ付着させてしまう心配もない。刷り込むように両手を擦り合わせ肌へと浸透させていく。心なしか潤って肌がワントーンアップしたような気がする。
「……そういえば」
『私の好きな匂いなんだ』
叶野さんの言っていた言葉を思い出す。
もらった場で試しに使ったときの既知感の理由がやっとわかった。
「これ、叶野さんの匂いか」
恐らく同じメーカーのシャンプーか何かを使っているのだろう。時々、叶野さんと一緒にいるときにふわっと香るホワイトムスク系の匂いを感じることがある。今、私の手は叶野さんと一緒にいるときと全く同じ匂いがする。
嗅覚は記憶との結びつきが深いと聞いたことがある。毎日、寝る前にこれを使ったら夢に出てきてしまいそうだ。
叶野さんと過ごす日々は楽しい。夢でも楽しい時間を過ごせるのであれば、それはそれで……。
「……何考えているんだ」
意識し始めたらなんだか気まずくなっていた。
「夢に……」
言葉にしてしまったら実現してしまいそうだ。
自分の願望と向き合うのもなんだか怖くなり、勢いのままに消灯し布団をかぶって就寝した。
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