第2話 事情説明
こんなことをしたのにはきちんと理由がある。
「リリュのデビューが決まった」
「え?」
その知らせは突然だった。あまりの衝撃に思考はショートした。
今、凄く嬉しい言葉を聞いた気がする。だけど、さらりと、挨拶をするくらいの流れで言われたため私の知っている言葉とは違う意味を成す単語だったのかもしれないと不安になる。場所も場所だ。こんな重大発表を事務所のマネージャーのデスクで聞かされるものなのだろうか?
デビュー発表というのは、会議室に呼び出されて静寂と緊張感に包まれた中で事務所の偉い人から告げられるというイメージだった。
いやいや、それはテレビの過剰演出か? いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。
パニックになっている私の姿を見て、マネージャーは分かりやすく説明してくれる。
「レコード会社からCDを発売することになった、ということだ」
「‼」
やっと言葉の意味を理解できた。そして同時に頭を下げて感謝を伝える。周りに人がいる状況で頭を下げたため、周囲の目を気にしてマネージャーはすぐさま頭を上げさせた。
まだ夢見心地でふわふわとした気分だ。オーディションに合格して、アイドルになるという夢を叶えたところで次に湧いた目標はメジャーデビューだ。私の所属する事務所は人気アイドルを排出している大きな事務所ではあるがまだ結成一年のアイドルグループにはまだ遠い未来の話だと思っていた。
「そこで凜々架にお願いしたいことがある」
メンバーへのサプライズ発表? インタビューの回答作成?
これから沢山の仕事が待っているのだろう。大変だと思うが、明るい未来が待っている。どんな仕事でも頑張ろう。
そんな未来に期待を膨らませながら何ですか? と問いかけると予想外の回答が返ってくる。
これが今回の全ての原因だ。
「凜々架、熱愛記事を取られてくれ」
「……は?」
聞き間違えだろう。スキャンダルを事務所から頼まれることなんてないだろう。
失礼な態度を取ってしまったことを謝罪して、聞こえなかったからもう一度言ってほしいとお願いした。
「熱愛記事を取られてほしい。週刊誌の記者は手配してある」
しかし私の聞き間違えではなかった。何を言っているんだろう、このマネージャーは。
「どういうことですか……」
「そう言いたい気持ちは分かる。俺も上から言われたときに何を言っているんだ、と思った」
だけど、と話を続ける。
「これは仕事だ、凜々架。リリュを多くの人に知れ渡らせるためなんだ」
マネージャーの話によると話題作りのためにわざとスキャンダルを撮られる芸能人は沢山いるらしい。今回はうちもその手を使い、まだリリュを知らない人たちへアプローチを試みる作戦とのこと。
現在、私の所属するアイドルグループ『l'illutions(リリューションズ)』――リリュは二百人規模の会場でライブを行っている。毎週あるライブで毎回満席集まってくれるのであれば大したものではないかと私は思うが、足を運んでくれるファンは殆ど同じ人たちで、新規ファンが増えないことに事務所は頭を悩ませていたらしい。
その気持ちは分からなくもないが、知名度を上げる手段として熱愛報道を選ぶのはどうなのか。
アイドルと繋がる目的でライブに来るファンは増えるかもしれない。最初は面白半分で見に来た人を、ファンとして引き入れることができるかもしれない。だけどそれは私が望むグループが大きくなるではない。
それにもし目論み通りにことが進み、大きくなったとしてもファンの私への信頼はガタガタだ。今まで積み重ねてきたものが一瞬で崩れてしまう。私を見る目も変わってくるだろう。
「根強く応援してくれている人たちを大切にするのじゃダメなんですか」
自分の評価を気にしていると思われたくなくて、本心を隠しそれっぽい言い方で反論する。
「それじゃあ分母は増えない。いつまでもあの会場でいいのか?」
「…………」
上を目指したいに決まっている。
一人がどんなに沢山CDを買ってくれても、一人は一人だ。大きな会場でライブをするには広く浅くを選ばなければならないこともある。
「どうしてまだ成長途中のアイドルグループにレコード会社が目を掛けてくれたんですか」
「事務所の力だ」
「…………」
事務所の先輩たちが軌道に乗った様子を見て、新しいアイドルをデビューさせてみないかと上手くアプローチをしたということだろうか。それとも……事務所が圧を利かせ、デビューへとこぎつけたのだろうか?
どちらにせよ事務所が鍵となっており、事務所の機嫌を損ねれば今後の活動に支障が出る可能性は高い。デビューできたとしても私がこの仕事を断ったことがきっかけで冷遇され夢半ばでグループのアイドル人生が終わってしまうことだってあるかもしれない。
受け入れる以外の道はなさそうだ。
「わかり、ました」
しぶしぶ了承する。抵抗があることを示すため、わざと言葉を詰まらせながら言ったが、マネージャーは察することなく、分かってくれて嬉しいよ。と笑みを浮かべた。
了承を得たところでマネージャーは詳細を説明する。
まず記者は手配済みで、いつ取材をしてくるか分からない(もしかしたら撮影だけされて直接話は聞かれない可能性もあるらしい)。私が交際していることを気づかせるように行動して欲しいとのこと。
そして肝心の相手だが、こちらは用意していない。凜々架の好みもあるだろうし、半永久的に残る記事だから数年後掘り返されても嫌じゃない相手を選んでほしい、と私の気持ちを配慮するような口ぶりで語る。気を遣ってくれているのは伝わるが丸投げ感が否めない。
ざっくりとした説明を聞いてやりたくなさが増す。
「ちなみにですけど、恋愛報道で炎上した場合、契約解除になったりしませんか?」
「まさか。事務所からお願いしてるんだから、そんなことはしないよ。凜々架はリリュの大切なメンバーだ」
それに、炎上するのは承知の上だ。と言葉を付け足す。理解ある風に喋るが炎上したときは真っ先に攻撃されるのは私ということは分かっているのだろうか?
「ポジションも歌割も、今より悪くなることはないと約束しよう」
「はい」
それと、とマネージャーは話を続ける。
「デビュー曲は恋愛の歌にしようと思っているだ。凜々架は人を好きになったことがないんだろう?」
「……ありませんけど」
「これが恋への理解を深めるチャンスにもなると思って」
以前、恋愛をしてこなかったと世間話をしたことがある。それを覚えていたのか? まさかこれも交渉手段にしてくるとは。
偽りの恋愛で恋への理解が深めることができるのだろうか。言いたいことはたくさんあるが言ったところで意味がないので、ぐっと堪えた。
「……ご期待に添えるように、頑張ります」
承諾したと言っても、そう簡単にできる仕事ではない。高校を卒業してから異性どころか同性の友達との交流がない私に相手を探すのは至難の業だ。
恋人がいると思わせるためにはそれなりに距離を縮め、親しい雰囲気を出さなければならない。いくら仕事と言えど好きでもない相手とそういうことができるかと言われれば難しいだろう。
それに相手の気持ちを考えると、お願いする気持ちにもなれない。恋人として振る舞ってもらい、記事を書いてもらったら築いてきた関係も解消する。……最低すぎる。
あまりに衝撃的なお願いをされたためライブが始まる10分前まで事務所からされたむちゃぶりに頭がいっぱいになっていた。
メンバーであるねむりからそろそろ始まるよ、と声を掛けてもらったところで頭を切り替えた。
ライブが終わったら考えよう。今はライブに集中しよう。そう自分に言い聞かせ、ステージへと上がった。
今日も色とりどりのペンライト光り、綺麗な光景だ。そこから私は自分のメンバーカラーである赤いペンライト探していく。
そこでいつもは見かけない中性的な容姿をした綺麗な女の子を見つけた。
その子を見て、私は策を思いついた。
かっこいい女の子と一緒に過ごすのはどうだろうか?
同性であればある程度ベタベタするのも抵抗はない。
それに記者に取材を受けたときに「プライベートですので」と上手くかわし、記事が出た後に「写っているのは女の子で、ただの友達です」と公表すれば、ファンが熱愛記事に傷付くことも無くなるのではないか。
パッと思いついた案ではあるが、これが最適解であるような気がする。
あとはあの子が引き受けてくれればいいのだけど……。
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