白の灯りじゃものたりない!
くろきあお
第1話 身勝手な先払い
「あなた、私のファンでしょう?」
だから、と言葉を続けてゆっくりと、しかし口を挟めるタイミングを与えることなく、自身の唇を私の唇に密着させた。
「これはあなたへの先払い」
相変わらず女王様のような態度。
だけどさっきよりも頬の血色が良くなっていたことを私は見逃さない。
しかしこんな勝手な先払いがあっていいのだろうか。
「推しからご褒美もらったんだから私のお願い、聞いてくれるよね?」
「あの。私の推しはねむりちゃんなんですが」
「!?」
彼女の顔は一瞬で真っ赤に染まる。先ほどの頬の色味とは比較できないくらいに。
「あなた、人の心はないの⁉」
彼女は両手をグーにして上下にブンブン振り始めた。そして「うーー」「わーー」など、言葉にならないうめき声から「あなた、え?」「でも赤のペンライト……」など喋り始めては違う話題に移行する独り言(私に話しかけてる?)を発する。
行き場のない気持ちを発散しているのだろうか。
「ペンライトは電池が切れていて」
唯一聞き取れた、私への問いへの回答を口にする。ライブの途中に電池が切れ、隣にいた彼女のファンに貸してもらったと説明をした。
すると両手ブンブンはさらに勢いを増した。さっきまでの女王様のような態度はなんだったのか。
これをきっかけに私は推しのグループの、推しではないアイドルと過ごす日常が始まった。
* * *
「それで、なんでしたっけ」
「あなたに恋人の振りをしてもらいたいの」
「……女、ですけど」
「分かってる。グレーゾーンではあるけど、これならファンを裏切ったことにはならないでしょ」
「付き合わないのがホワイトだと思いますが」
「こっちにも事情があるの!」
「はぁ……。そうですか」
一通りの会話が終わり、二人の間には沈黙が流れる。目の前のファンはどう見ても話を振る素振りがないため(私と一緒にいるにも関わらず、早く帰りたさそうな顔をしている‼‼)、私から切り出すことにした。
「名前は?」
「白沢です」
絶対に推し活用のハンドルネームだ……。
「協力したら、ねむりちゃんには会えますか?」
「先払いしたこと忘れたの⁉」
「私には旨味がないので……」
「私にもないわよ‼」
これではまた気まずい沈黙の時間になってしまうと思い、話を続けることにした。
「ねむりが良いって言ったら会わせてあげる」
「わぁ……。ありがとうございます。ツーショも撮って良いですか?」
「ねむりが良いって言ったら」
YesではないがNoでもない返事をする度に、嬉しいそうに口角を上げる。彼女と話してから初めてのポジティブな表情を見た。私以外のファンがいるのは分かっているが、ここまであからさまな態度をされると少しムカつく。
話が良い方向に進んだことが確認できたため、彼女に右手を差し出した。「握手はいりません」とボケたことを言われたが、そのやり取りはムカつくから省略する。
「連絡先、ちょうだい」
「分かりました」
少しは「えー」などの反応をされると思っていたが、躊躇なくQRコードを表示させたスマホを差し出された。
QRコードを読み込むと問題なく白沢のアカウントが表示される。アイコンは初期のまま。しかし一言メッセージが書ける欄には「ねむり」とだけ書いてある。またしても一方的な敗北感を味わいながら友達追加をしてスマホを返す。
「帰ったら連絡するから」
白沢は僅かに首を縦に振りこの日は別れた。
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