第十五章 ウィシュアール王国 後編
ババロア王との話が終わった後、城内を見学すると言い出したライム達に無理やり連れて行かれ、僕は仕方なく付き合う破目になる。
そして、城内を見回っている間に時間は刻々と過ぎてゆき、僕達はそのままパーティー会場へと向かって行った。
「ババロア王様より皆様へ、言付かりを承っております」
「言付かり?」
会場の近くまで来た時に、一人のメイドがにこやかな微笑みを湛えながら、こちらへと歩み寄ってくると僕達に話しかけてくる。
彼女の言葉にタルトが不思議そうに首を傾げながら呟いた。
「はい。……パーティー用の礼服をご用意してあるので、皆様そちらに着替えて参加するようにとの事です」
「確かに、このままの格好じゃ失礼だよね」
メイドの言葉に彼が、自分の格好を見やりながら呟く。
「そうですね。服をどうするか、全く考えてませんでした」
それにレモンが相槌を打つと、苦笑いした。
「皆様には一人ずつ着付け用のお部屋を、ご用意致しておりますので、どうぞそちらへ……」
「有り難う御座います。……それにしても、一人一部屋で着替えなんて、流石はお城ね」
彼女の言葉にピーチが感心した様子で話す。
「そうだね。そんな貴重な体験が出来るなんて、私達ラッキーだよね」
アップルもそれに同感して小さく頷き、笑いながら喋る。
その後、ライム達はパーティー会場で集合する約束をすると、一人ずつメイドの後に付いて用意された部屋へと向かって行った。
僕もメイドの後に付いて行き、部屋へと向かうと礼服に着替える。その際、着付け係のメイド達がうるさく騒ぎ、僕はまるで着せ替え人形の様な扱いを受ける事となった。が、その辺りはどうでも良い事なので軽く流そう。
「ピーチもレモンちゃんも、凄く可愛いね」
三時間後ようやく彼女達から解放された僕は、パーティー会場へとやって来る。
そこにライムの声が聞こえて来たため、そちらへ顔を向けると彼等の後姿が見えた。僕はその方向へと近寄っていく。
「そうかしら? そう言うライムとタルトも、ずいぶんときまってるんじゃない」
照れ笑いしながらピーチが言うと、男子二人の姿をまじまじと見やった。
「こんな格好初めてだからちょっと不安だったんだけど……きまってるんなら大丈夫だよな」
彼女の言葉にライムが恥ずかしそうに笑いながら話す。
因みにそんな彼の格好は、きちんと髪形を整えられており、深緑色のタキシードの上着には金色の飾りボタンが付いていて、ズボンの下から見える足には、少しだけ質の良い革の靴を履いていた。
その隣に立つタルトも同じ様に髪型を整えられており、上下セットの黒色のタキシード姿で、白い靴下に靴はローファーを履いている。
「お~い、皆」
「あ、アップル。こっち、こっち」
僕達がいる場所から少し離れた所でアップルの声があがると、それに反応してライムが両手を大きく左右に振りながら叫ぶ。
「アップルさんのドレス素敵ですね」
こちらへ向けて右手を大きく振りながら歩いてくる彼女の姿を見るなり、レモンが満面の笑みを浮かべて言う。
そんなアップルの装いは、髪はさらさらにすかれておりその毛色に映える様に、白色の小さな花飾りのピンを付けていて、踝の辺りまである真っ赤なドレスの首と腕の部分には、バラの刺繍が施されている。その下からちらちら見える足には鮮やかな紅色のヒールを履いていた。
「えへへ、そうかな。レモンちゃんも可愛いよ」
彼女の側までやって来るとアップルが、嬉しそうに照れ笑いしながら話す。
「有り難う御座います」
彼女の言葉にレモンも恥ずかしげに頬を高潮させると、囁く様な小さな声で礼を言う。
因みにレモンの格好はというと、頭には大きなユリの様な形をした髪飾りを左右耳の上辺りにつけていて、淡いピンク色のドレスにはいたる所にふんだんにレースが使われていた。腰から下はふんわりと逆チュウリップ型に丸く膨らんだ感じの作りになっている。そのドレスの下から見える足には白いタイツと、明るめのせきちく色のバレエシューズを履いていた。
ついでに、その隣に立つピーチの装いはというと、長い髪の毛は複雑に編み込まれ頭の天辺で団子型にしており、小さなビーズが沢山付いたティアラ形のカチュウシャをつけている。服装は薄水色のシンプルなギャザードレスを着ており、スカートの裾には小さな花柄のレースが付いていて、その下から伸びる足には藍色のハイヒールを履いている。
「そういえば、セツナは?」
「私は見てないけど……」
僕が皆の装いをまじまじと観察していると、ライムが不意に声をあげ辺りを見回す。それにアップルが答える。
「これだけ沢山の人がいるから、僕達がいる場所が分からないのかも」
「そうかしら。セツナなら直ぐに私達の居場所を、見つけられると思うけど」
タルトが周囲の人込みを見やりそっと呟く。その発言にピーチが不思議そうな顔で言った。
どうやら僕が側に来ていることに、皆はまだ気付いていないようだ。
「セツナさん……どこにいるのでしょうか」
「あ、もしかしてセツナ。パーティー会場の人の多さに、参加する気がなくなっちゃったとか」
心配そうに顔を曇らせながらレモンが言う。そこにライムが僕の事を勝手に憶測して話した。
「あ~、確かに。セツナならありえるね」
アップルが苦笑しながら同意して頷く。
(僕がいる事にまだ気付いてない……仕方ないから声をかけるか)
これ以上勝手な憶測を立てられるのは面倒だったので、内心でそう呟くとライム達へ向けて口を開いた。
「……僕ならありえるって、どういう意味」
「「「「「っ」」」」」
不意に声をかけられた為か、皆一斉に驚き僕の姿を見て呆けた顔をする。
「セ……セツナ?」
ライムが唖然とした顔のまま、何故か疑問系で僕の名前を呟く。
「……礼服っていうのは動きづらくて仕方ない。……参加なんかしなきゃ良かった」
ふて腐れ小さく毒づく僕を見詰めたまま、皆無言で突っ立っていた。
「セツナ。お前……」
「何」
ライムがおずおずとした口調で喋りだすが、その言葉は途中で止まる。
そんな彼の様子に僕は不機嫌になりながら、冷たく言葉を吐く。
「……セツナは、女だったのか」
「……はぁ?」
疑問系で話したライムの言葉に僕は小さく声をあげると、彼が言わんとしている意味を考えた。
「……まさか。皆は僕の事男だと思ってたの」
冷めた眼差しで彼等を見やり言うと、ライム達が無言で頷く。
因みに今の僕の格好はというと、引きずるほど長いゴシックドレスで色は朝顔の様に鮮やかな真っ青、足には白いフォーマルシューズを履いている。
メイド達はヒールを履くように勧めてきたが、これ以上動きづらくなるのが嫌だったので断固として拒み、今履いているローファーの様な感じに作られたフォーマルシューズを選んだのだ。
「やっぱりパーティーには参加しない。こんな格好でいなきゃいけないなんて面倒だ」
「あ、セツナ。……行っちゃった」
不快な思いで僕は言葉を吐き捨てると、きびすを返し動きづらいドレスを引きすりながら、会場の外へと向けて歩き出す。
そんな僕を止める様に背後から、ライムの声がかけられるが当然無視した。
「……あんな服二度と着ない」
会場を離れ部屋へと戻りいつもの服に着替え直した僕は、特に何をするでもなく暇を潰すため、回廊を歩きながらそっと呟く。
「おや、君は確か……陛下がパーティーへ呼んだ子では?」
背後から不意にかけられた声に振り向くと、そこには銀色の短髪の男性が立っており、僕の様子をまじまじと見ていた。
「……誰」
「これは失礼。ワタシはカプチーノ……昨日ボールド殿と一緒にいた者です」
素っ気無い態度で僕は言うと、男性が微笑しながら名乗った。
ボールドとは大臣の名前で、昨日城門の前で頭を抱えていた男性の事だ。
(ああ。……大臣の隣にいた男か)
「君はパーティーには参加しないのかい」
僕が内心で呟いていると、カプチーノが聞いてきた。
「あんな服を着なきゃいけないなんて面倒だし、ライム達に付き合うなんてごめんだからね。それに、僕が参加しなくちゃいけない理由もない」
彼の問いかけに、淡々とした口調で僕は答えた。
「そうか。君は人付き合いが嫌いなようだね。……それなのにどうして彼等と一緒に行動するのだ?」
「……」
カプチーノの質問の意味を理解しかねた僕は、訝しい思いで相手を見やる。
「君は彼等と共に行動する事に、何の意味があると考えている」
「……」
まるで僕の心の中を見透かしているかの様な彼の言葉に、僕は無言でカプチーノの血の様に真紅色の瞳を見詰めた。
(……綺麗だ)
僕は純粋に彼の瞳の色は綺麗だと思ったのだ。ずっと見詰めていると、そのまま引込まれてしまいそうな程……。
(なぜ、そんな事を思うのだろう?)
心の中で疑問が涌いたが、その答えは出てこない。
「……ワタシの言葉の意味が、どうやら分からないようだね。その答えが出た時に、またお会いしよう」
「……」
カプチーノが言うと立ち去って行った。そんな彼の背を僕は無言で見詰め続ける。
僕がカプチーノの言葉の意味を理解したのは、ずいぶんと後になってからの事だ。
結局。彼がなぜ僕に声をかけて来たのか理解できぬまま、時間は経過して行きライム達が参加したパーティーが終了した。
「セツナがいなくなった後で、とっても豪華な食事が出たんだよ。あのまま参加してれば良かったのに」
いつもの服に着替え終えた皆が、僕を見つけると駆け寄って来る。そして一番始めにアップルが口を開くと、幸せそうな笑みを浮かべ僕に言う。
「……興味ない」
そんな彼女に目線も合わせず、僕は短く答える。
「……」
「……さっきからずっと僕の顔を見てるけど、何」
先程から無言で僕の事を見詰めてくるライムの様子を訝しく思い尋ねた。
「いや。……こうやって見てると、セツナが女だっていう事実が信じられなくて……」
「まだそんな事思ってたの」
彼の話に僕は苛立たしげに言葉を吐く。
「ま、別にどうでもいいけど。……パーティーが終わったんだから、さっさと宿に戻るよ」
「あ、帰る前にババロア王様に、挨拶していかないと」
僕は言うと皆から背を向け、出入り口の方角へと歩きだして行く。ピーチが僕の前へ回り込んで来ると、その行動を手で制しながら言う。
「黙って帰るのは流石に失礼だと思うから」
「仕方ないね」
付け加えるように喋った彼女の言葉に、僕は溜息を吐くと小さく頷いた。
あれから直ぐにババロア王の寝室へと向かって行った僕達は、扉の前にいる護衛の兵士に頼んで彼からの入室の許可を貰う。
本来なら謁見の間で挨拶をするのが礼儀なのだが、ババロア王はすでに執務を終えた後だったためこうして部屋までやってきたのだ。
流石に寝室に入る訳にはいかないので、隣接している執務室で面会する事となり僕達はそちらへと向かった。そして彼の準備が整うまで控室で待つ。
「ババロア王様。失礼致します」
先頭にいるライムが真っ直ぐに姿勢を正すと、改まった声で言い扉を開けた。
「やあ。今宵のパーティーはどうだったかな?」
「とっても楽しかったです」
ババロア王の問いかけに、アップルが満面の笑みを浮かべ答える。
「それは良かった」
彼女の言葉に彼が、嬉しそうに微笑むと小さく頷く。
「それで、僕達そろそろおいとまさせて頂くので挨拶に来ました」
「そうか。……この国にはいつまで滞在するのだ」
タルトが丁寧な口調で言うと、ババロア王が何かを考える様に少し間を置いてからそう尋ねた。
「ガリレロ大陸へ行くのにはかなり時間がかかるので、明日の昼までにはここを発とうと思ってます」
ピーチがその問いに答える。
「……なら、明日旅立つ前にここに寄ると良い」
「えっ。なぜですか?」
彼が何事か考えた様子で、口元に笑みを浮かべながら話した。その言葉にレモンが不思議そうに首を傾げながら質問する。
「明日ここに来れば分かる。では、夜道は危険だから、気を付けて帰りたまえ」
「はぁ……では、私達はこれで失礼します」
ババロア王がおかしそうに笑いながら言うと、アップルが腑に落ちない様子のまま生返事をするとお辞儀する。
そのまま僕達も彼女に続いて各々一礼すると、ライムを先頭に扉を開け部屋を出て行った。
「明日またお城にこいなんて……ババロア王様は何を考えてるんだろう」
宿屋へ向けての帰り道の最中、タルトが呟く。
「よく分からないけれど、ここを発つ前に挨拶に来い……って事なのかも知れないわね」
ピーチが顎に右手の人差し指を当て、考え付いた可能性を口に出す。
「ま。ここで言い合ってたって、答えが出てくるわけじゃないんだから、考えたって仕方ないでしょ」
「それはそうなんだけど……でも、何か気になっちゃってさ」
溜息混じりに僕は言葉を吐き出すと、ライムが腑に落ちないという様な表情で喚く。
「セツナはババロア王様がなぜ、私達をお城に呼ぶのか気にならないの?」
「別に……興味ないよ。僕は、君達が考え込む程のものじゃないと思ってるからね」
なぜアップルがそんな事を聞いてくるのか分からなかったが、ババロア王の考えが何であるのか、何となく心当たりがあったのでそれを口に出す。
「どういう事ですか」
「ガリレロ大陸に行くには、船に乗って行くんでしょ」
尋ねてきたレモンの言葉には答えずに、僕はタルトの方に顔を向けると問いかける。
「うん。それしか行く方法が無いからね」
彼は僕の意図が分からず、不思議そうな表情をするもきちんと答えた。
「そう言う事だよ」
「え。どう言う事なのか、さっぱり分からないんだけど?」
そっと呟いた僕の言葉に、ちんぷんかんぷんだといいたげな表情をしてピーチが聞いてくる。
「なら、明日城に行けば分かるよ」
僕はそれだけ言うと、いつの間にか止まっていた足を動かし歩き出す。その後、僕の予想は的中する事となった。
翌日。ババロア王に言われた通り、僕達は旅立つ前に城へと向かい、謁見の間で彼が来るのを待つ。
「やあ。待たせたな」
僕達から見て右側の扉が開かれると、そこからババロア王が入って来る。そして玉座へと座るとそう言って僕達を見た。
「ババロア王様。言われた通りにお城へ来ました」
「私達を呼んだ理由を教えてください」
ライムが言うと続けてピーチも尋ねる。
「ああ。ガリレロ大陸へは船に乗って行く事になる。そこで、君達が旅をするのに必要な額の旅費を与えよう」
「えっ。ババロア王様、有り難う御座います」
彼の発言にアップルが、真っ先に声を上げると礼の言葉を述べた。
「「「「有り難う御座います」」」」
他の皆も一斉に感謝の言葉を発すると、丁重に頭を下げお辞儀する。
「いや、礼には及ばないよ。それと乗船許可証も人数分用意してある。これを見せれば直ぐに乗船できるだろう。……そろそろ船が港に着く時間だな。それに乗って行くと良い」
ババロア王がそこまで言うと、区切りをつける様に一旦口を閉ざす。
「……皆道中気を付けて。疲れたらいつでもこの街に戻ると良い」
「はい、ババロア王様。本当に有り難う御座います」
彼が笑顔でお決まりの台詞を言う。それにライムが大きく頷くと、再度礼を言って頭を垂れる。
こうして僕達は地のエレメントストーンを手に入れる為に、ババロア王から貰ったお金と許可証でウィシュアール港から船に乗りガリレロ大陸へと目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます