第十六章 パムールの洞窟

 ウィシュアール港から出航した船は嵐に遭う事も、魔物に襲われる事もなく順調に航海を続けて行き、入港予定時刻通りにガリレロ大陸へと到着する。


港街からタルトの案内でオルガノ王国の城下町へと向かい、そこから城へとやって来た僕達は今『魔王』と呼ばれている国王に会う為、謁見の間にてその人物が来るのを待っていた。


「ねえ、タルト君。魔王様ってどんな人」


「とっても優しい人だよ。それから、ちょっとだけ変わった人かな」


アップルの問いかけに彼が何やら思い出し笑いをしながら答える。


「変?」


「タルト」


怪訝そうに呟いた彼女の言葉に、少女の甲高い声が被って聞こえて来たので、皆一斉にそちらへと顔を向けた。


「あ……ベリー。ポテトにナッツ。それからミルク。 皆久しぶり」


嬉しそうに満面の笑みを浮かべたタルトが四人の人物に声をかける。


「おう。久しぶりだな」


「タルト元気そうで良かった」


すると緑のパーカーに紫の七分丈ズボンを着た黒髪ツンツンヘアーの少年と、白い長袖のタートルネックに紺色の短パン姿で、短くカットされた綺麗な銀髪の少年が、彼の側へと駆け寄ってくるなりそう言って笑った。


「タルトさんのお友達ですか」


「紹介するね。こっちがポテトでその隣にいるのがナッツ」


タルトがレモンの質問に答えるように、二人を順に紹介する。


(パーカーの方がポテトで、タートルネックの方がナッツか)


「それと、こっちがベリーでその隣にいるのがミルク」


僕が内心で呟いている合間に、彼は続けて二人の少女を順に紹介していく。


「よろしく」


ベリーが無邪気な笑顔で言う。


「はじめまして……」


ベリーに続くようにミルクが礼儀正しくお辞儀して挨拶する。


どうでも良い事だが、最初にタルトに声をかけてきたのがベリーの方だ。


「俺はライム。こっちがピーチでその隣にいるのが妹のレモンちゃん。こっちがアップル。それからセツナ」


例によってライムが僕達を順番に紹介していく。


そんな遣り取りをしている時、薄暗い廊下からこちらへ近付いてくる足音に、僕はいち早く気付きそちらへと顔を向ける。


「タルト。魔王様はまだ来ないの」


「そろそろ来ると思うけど」


アップルがタルトに尋ねると、それに彼が答えた。


「ふふふ……。待たせたな」


その時僕が見ていた廊下の方から、地の底から木霊する様なテノールの声が聞こえて来るとこの部屋に響き渡る。


「我こそがこの国の魔王……ココアぞ!」


薄暗い廊下から姿を現したのは、全身黒で統一された細身の女性だった。濃紫色の長い髪は日の光に反射してきらきらと輝いている。


「あ、貴方が……魔王!?」


「ふふ…魔王って聞いて皆、厳ついおっさんをイメージしてたでしょ」


驚いた様子でライムが言うと、その様子を楽しげに見やりながらココア王が問いかけるように言う。


先程の声は一体どこから出していたのやら、今度はいかにも女性らしいソプラノトーンの魅惑な声に一変していた。


「「「「あはははは……」」」」


図星を突かれ僕とタルト以外の全員が空笑して誤魔化した。


「まぁ、それは措いておくとして……ババロア王からの手紙によるとあんた等は、地のエレメントストーンを探して、この大陸に来たんだってね」


「は、はい」


登場した時の言葉とは打って変わって、行き成りフレンドリーな話し方に変わった魔王の様子に、ピーチが戸惑いながら返事をする。


「それだと……この城から北に行った所にパムールの洞窟ってのがあって、そこはうちが生まれるずっと昔に地の神殿として使われてたんだってさ」


ココア王がそこまで言うと一旦息を吸い込むため口を閉ざす。


「それでさ、その神殿の最深部に地のエレメントストーンを祀る台座があるのよ」


「それじゃあ、そこに行けばエレメントストーンが置いてあるんですね」


一息でそこまで話した魔王の言葉に、レモンが嬉々とした様子で喋る。


「だけれど……その台座がある部屋の扉の前には、神殿を護ってる岩で出来たゴーレムがおる。そいつを倒さない事には先には進めれん」


「ゴーレム……いかにも手強そうな敵だね」


ココア王が真剣な表情になると静かな口調で話す。その言葉に出てきた単語に、アップルが呟くと生唾を飲み込む。


「ゴーレムって言っても一番弱い岩人形だから、そんなに怖気付く事はないわ」


その様子を見た魔王が表情を和らげ、笑みを浮かべると軽い口調でそう言った。


「でもまぁ、弱いって言ってもやっぱりゴーレムだしねぇ……それなりに装備して行った方が良いわよ」


「分かりました」


ココア王の言葉にライムが素直に答える。


「て事だから、うちが皆に合うものみつくろってあげるわ」


「え、良いんですか?」


笑顔で言った魔王へ向けてピーチが驚いて尋ねる。


「構わん。構わん」


「魔王様。有り難う御座います」


ココア王が楽しそうに笑いながらそう言った。それにタルトが礼の言葉を述べる。


「ま、確かに今のままじゃ簡単にやられちゃうからね。行く前に回復アイテムも買い揃えた方が良いと思うよ」


「そうだな」


彼等の話し合いに区切りが付いたのを見計らって、僕は口を挟むとライムが同意して頷く。


その後魔王直々のみつくろいにより、僕達は一人ずつ小部屋へと入り防具を身に付けた。


「まぁ、こんなもんやと思うんだけれど、どう?」


「流石です。魔王様」


ココア王がにんまりと笑いながら誰にともなく尋ねると、真っ先にベリーが口を開いて讃嘆する。


「ライムカッコいい」


「へへ。有り難う」


アップルが褒めると、彼が照れ臭そうに笑いながら礼を言う。


そんなライムの防具はと言うと鉄で出来たアーマーに、銅製のひざ当を身に付けている。


「アップルもファイターっぽくなったな」


「えへへへ。有り難う」


今度は彼が褒めると彼女が嬉しそうに笑いながら礼の言葉を述べた。


因みにアップルの格好は銅で出来た胸当に、鉄製のすね当を付けている。


「レモンちゃん凄く可愛いし、似合ってる。ピーチもね」


タルトがにっこり笑いながら姉妹の装いに感想を述べた。


「有り難う御座います」


「ふふ。タルトも似合ってるわよ」


それに二人とも嬉しそうに微笑んだ。


ピーチとレモンの格好はと言うと白い魔道士のローブ姿で、その下には女性用に軽めに作られた鉄製のアーマーを身に付けており、左の人差し指に魔力が十%上がる指輪をはめている。


ついでに言うとタルトの装いは黒い魔道士のローブ姿で、右手首に防御力が五%上がる腕輪を付けていた。


因みに僕の格好はと言うと丈夫な革で出来た胸当に、先端に鉄が仕込まれたブーツを履いている。


「パムールの洞窟におる魔物は、あんた等が住んでるハイロル大陸の魔物と比べたら強いから、気付けて行きなさいよ」


「はい。……それじゃあ皆行こう」


ココア王の言葉にライムが大きく頷くと答える。そして、僕達の方へと顔を向けやり元気良く出発の掛け声をあげた。


 僕達は直ぐに城を出ると道具屋で赤い薬(魔力を二十五%回復してくれるもの)を一ビンと、命の水(体力を半分位回復できる水)を六ビン購入してから洞窟へと向かって行き、今は暗闇の中をピーチの詠唱魔法の明かりで照らし出しながら歩いている。


「この薄暗い感じ……最初は怖かったけど、何度も体験してると平気になるものなんだね」


「そうね。イーグズ山の時は怖くて仕方なかったのに……何だか不思議ね」


暫く歩いているとアップルが不意に言葉を発した。


それにピーチが同意して頷くと、イーグズ山の経験が懐かしいと言わんばかりに目を細めて言う。


「あの時は魔物との戦い方も分からなかったし、今ほどチームプレーも出来てなかったから色々と大変だったな……」


「そうですね。その後でセツナさんに、援護魔法はまず前衛で戦う人にかけるものだと言われましたっけ」


しみじみとした口調でタルトが言うと、彼の前を歩いているレモンがそれに同意して頷くそして思い出を語るかの様にゆっくりとした口調で話す。


「そうだったな」


すると今度はそれにライムが反応して相槌を打った。


「それから初めて戦闘に勝った時嬉しくて騒いだら、新しい魔物が寄ってきてまた戦闘になって……セツナに注意されたりもしたな」


彼がイーグズ山での出来事を思い返して苦笑いを浮かべながら言う。


「そんな話しはどうでも良い。それより、前……」


「「「「「へ?」」」」」


思い出話を始めた皆を一瞬で黙らせる様に僕は言うと、前方を見るよう目線だけで促す。ライム達が不思議そうに呟くと、揃って視線を目の前に続く道の方へと向ける。


「……扉」


僕達が立っている場所から五歩程歩いた所には頑丈そうな石で出来た扉があり、それを見たピーチが僕の言葉の意味を理解して納得した様な口調で呟いた。


「この奥から魔物の気配がする。……それも、沢山」


「扉を開けた途端に襲い掛かってきたりして」


中から感じる気配を読み取り僕は話すと、明らかに警戒した様子のアップルが静かな口調で言う。


「それもありえるかもね」


「なら、いつ襲いかかられても戦える様に、気を引き締めて行った方が良いな」


彼女の言葉に僕は肯定して頷くと、警戒して険しい顔つきになっているライムがそう提案した。


それに皆同意して小さく頷くと扉の方へと近付いて行く。


「それじゃあ、開けるぞ」


皆が無言で頷いたのを確認すると、彼がそのまま扉を押し開ける。


重たい石の扉がゆっくりと開かれ見えてきた情景は、六畳位はある部屋の様な空間になっていて、その数十メートル前方にはいましがた開け放ったものと同じ石の扉が見て取れた。


(可笑しい……)


魔物の気配はするのに姿はなく、それどころか石ころ一つも落ちていない。 本当に何もない空間だ。


それに違和感を覚えた僕は自分でも分る程、眉間に皺を寄せて訝しい思いに内心で呟く。


「何にもないね」


いつでも戦えるように気を引き締めていたアップルが、拍子抜けした感じで間の抜けた声をあげる。


「魔物の気配は確かにするのに……」


「ミルフィーユの時みたいに、擬態してるとか?」


怪訝そうに呟くタルトの横でライムが僕達に尋ねる様に言う。


「あの、中に入って辺りの様子を探ってみてはどうでしょうか」


「……そうだね。相手がもし擬態しているのだとすれば、こっちが近付けば姿を現すかもしれないから」


レモンの言葉に僕は相槌を打ちながら違和感の正体を探り続けた。


「……何も起きないね」


部屋の中央までやって来た時に、呟く様な口調でライムが言う。


「……擬態しているわけではなさそうだね」


「ねぇ、セツナはどう思う?」


静かな口調でタルトが言うと、彼の隣にいたアップルが僕の方へと尋ねる。


「……」


「セツナ?」


無言で辺りを見回している僕の様子を怪訝に思ってか、ピーチが僕の名前を呟いた。


「……あれは」


「何か見つけたのか」


ある物を見つけた僕は独り言を呟くとそちらへ歩み寄って行く。


そんな僕の背後からライムの声がかけられたが返答する事なく歩き続けた。


「やっぱり……」


「これって、魔法陣?」


ある物の前までやって来た僕は違和感の正体を突き止め一人納得してそっと呟く。

そんな僕の背後からそれを見やったのだろうアップルが、不思議そうに誰にともなく尋ねる。


「形成からすると転移陣のようですね」


そこに術式を見たレモンが説明するように呟いた。


「あ、あっちにもあるわ」


ピーチが大きな声をあげると右手の人差し指で魔法陣のある場所を指し示す。よく見るとこの空間の四隅に一つずつ転移陣が配置されていた。


「……これもありきたりだね」


「え、何か言ったか?」


誰にも聞き取れない程の声音で呟きを零し、溜息を吐いた僕へ向けてライムが怪訝そうに聞いて来る。


「別に……一度扉が開くかどうか確かめに行こう」


「えっ。どうしてですか」


彼の問いかけに僕はそ知らぬ顔で首を横に振るとそう言った。


その言葉に今度はレモンが不思議そうに首を傾げて尋ねる。


「……何も起こらないのなら、さっさと扉を開けて奥へ進めばいいって思っただけだよ」


「それもそうだね」


この部屋の仕掛けが何であるか気付いた僕は、扉が開かないであろうという事は理解していた。


しかしそれに全く気付いていないであろうライム達に分らせるためには、一度扉の前まで行って実行した方が早いと考え、僕はあえて誘導する様に言葉を放つ。


僕の言葉にアップルが理解した様子で呟くと、他の皆も納得した顔で頷いた。


「それじゃあ、開けるぞ」


特に意味はないのだろうがライムがそう言うと扉を開けようと前へと押す。


「あれ?」


「どうしたの」


彼が怪訝そうに間の抜けた声をあげると今度は後ろへ扉を引いてみる。


そんなライムの様子にピーチが不思議そうに首を傾げると尋ねた。


「開かないんだ」


「「「「えっ」」」」


こちらに振り返った彼が困り果てた顔でそう告げると、その言葉に僕以外の全員が目を瞬かせ驚いた声をあげる。


僕が思ったとおり扉は押しても引いても、横にスライドさせようとしても全く動く事はなかった。


「やっぱりね」


「セツナ。やっぱりって……何が」


小さく囁いた僕の声を聞き拾ったタルトが訝しげな様子で尋ねてくる。


「これがこの部屋の仕掛けだよ。さっきの転移陣……あれを使って別の空間へ行き、そこで扉を開くための仕掛けを解除しなくては次に進めない……まぁ、そんな感じなんじゃないの」


「成る程。……て、セツナ。その仕掛けに気付いてたの?」


説明した僕の言葉に納得した様子で頷きかけたアップルが、今更僕が仕掛けに気付いていた事に驚いた様子で不思議そうに聞いてきた。


「転移陣がある時点で何らかの仕掛けがある事は気付いてたからね。そう考えたら、一番ありきたりな扉が開かないって仕掛けだろうと思ったのさ」


「それなら、そう言って下されば良かったのに……」


僕の言葉を聞いたレモンが、困った様子で眉をハの字にさせながら言う。


「言ったところで理解できるとは思わなかったからね」


「何かバカにされたような言い方だけど……セツナらしいや」


淡々とした口調で僕が言うとライムが苦笑いしながら呟く。


「さっさと転移陣を使って仕掛けを解きに行くよ」


何が僕らしいのかは聞く気もなかったので彼の言葉を軽く無視すると、転移陣の方を目線だけで指し示し皆を促した。


僕達は転移陣の前まで戻ると円になり目を凝らしてそれを見やる。


「……それじゃあ、行くぞ」


神妙な面持ちでライムが言うと、僕以外の全員が軽く頷く。彼がそれを確認すると一歩を踏み出し転移陣の上へと乗った。


「っ」


ライムが乗った瞬間転移陣は金色に輝きだし、僕達全員が入る分だけ拡大すると術が発動される。


数秒間景色が歪んだかと思うと次に光が治まり始め、僕達は先程の空間とは

微妙に異なった場所へと転移していた。


「あれ。さっきと同じ空間みたいに見えるんだけど……」


「でも、さっきの場所には無かったブロックが置いてあるよ」


怪訝そうに呟いたアップルの言葉に、辺りを見回していたタルトが返答する。


僕は彼がそれを見つける前にすでに中央に不可思議に設置されてある四つのブロックを見つけていた。そのため、それを言う手間が省けたのを良い事にしばらく念入りに辺りを観察する。


「成る程……どうやらここはさっきの空間の別次元みたいな場所の様だね」


「え、セツナ。それはどう言う事かしら?」


一人納得して言葉を零している僕に、不思議そうにピーチが尋ねてきた。


「実体と影があるのと同じ原理だよ」


「ごめん……よく分らないんだけど」


僕の説明の意味が分らなかったらしいライムが難しい顔でそう言う。


ピーチ達に目を向けると、彼と同じ様な顔をして僕を見ていた。


「……コインに表と裏があるのと同じで、よく似ているけれど少し違うそんな感じだよ」


「成る程。つまり、同じ場所だけど違う空間……って事かな」


僕が皆になるべく分かりやすい様に言葉を変えて伝えると、何と無く理解できたらしいタルトが呟くような口調で話す。


「そう言う事だよ。……それより、さっきの場所よりは魔物の気配が少し薄らいだみたいに感じる」


「え? ……言われて見れば確かに」


ずっと感じている魔物の気配が遠退いた事に気付いた僕がそう言うと、ピーチも目を閉じて辺りの気配を読み取ってから静かな口調で呟いた。


「どうやらこの空間にはいないみたいだね」


「なら、魔物に襲われる心配はなさそうだし、あのブロックについてゆっくり考えよう」


淡々とした口調で僕が言うと、それにアップルが口を開いてブロックを指し示す。


「あの、まずはブロックの側まで行って、それが何を意味しているのかゆっくりと観察してみませんか」


レモンの提案に皆同意してブロックの手前まで移動する。


「あら。こんな所にくぼみがあるわね」


「ホントだ。て事はこれ動かせるのかな」


床にくぼみがある事に気付いたピーチが言葉を発すると、彼女の視線を辿ってそれを見たライムが疑問を口に出す。


「あ、同じ様なくぼみが幾つかある。これにも何か意味があるのかもしれない」


タルトの言った通り四つのブロックの近くには幾つか同じ形の窪みが点在していた。


「なあ、セツナはこれを見てどう思う」


「このブロックを動かして正しいくぼみに填め込めば、仕掛けが動いて何かが起こるんじゃないの」


なぜライムが僕に聞いて来るのか分らなかったが、仕方なく憶測を口に出し答える。


「正しいくぼみにって……どれがそうなのか分らないのにどうすれば良いの」


「僕に聞かれたって分る訳ないでしょ」


ピーチの問いかけに僕は不機嫌になりながら冷たく言葉を吐き捨てた。


「セツナでも分らないのか……」


「それはこれから皆で考えれば良いのではないでしょうか」


タルトが難しい顔になり小さく声を零すと、レモンが一つ手の平を叩いて笑顔で言う。


「まずは、くぼみの位置とブロックのある場所を良く覚えてから、次にどこに嵌めたら正解なのかを推測してみよう」


ライムの言葉に僕以外の全員が無言で頷くと、ブロックと窪みの位置とを念入りに調べ始めた。


(……この世界の仕掛けって本当にありきたりすぎだよ)


すでにこの仕掛けの謎が解けている僕は、小さく溜息を吐くと皆から離れ退屈しのぎに彼等の行動を見詰める。


「ブロックは中央の右上・左上・右下・左下の四箇所に設置してあるみたい」


「くぼみはそのブロックが置いてある、半径五m以内の床に点在しているわね」


アップルの言葉に続いてピーチも口を開いて喋った。


「う~ん、ダメだ。全然分からない。くぼみに何か違いがあれば良いのに……」


「どこかにヒントが書いてないかな」


ライムが難しい顔で唸ると静かな口調で言葉を発する。彼の隣では考え込みすぎて眉間に皺が寄っているタルトが小さな声で言う。


「セツナは何か分かったか」


「ブロックの位置は何処に置かれていた」


暫く行動を観察していた僕は、いつまで経っても謎が解けない様子の皆に焦れったくなり苛々していた。そこにライムが僕に問いかけて来たので、それに乗じて答える代わりに質問する。


「右上、左上、右下、左下だろ?」


「……ならそれを逆向きにすれば良い」


僕の言葉の意味を理解しかねた彼は、まるでちんぷんかんぷんだと言わんばかりの表情でそう答えた。


そんなライムの様子など気にも留めずに、僕は淡々とした口調でヒントを与える。


「えっ。逆向き……ですか」


「逆向きって、何が」


レモンが目を瞬かせながら不思議そうに呟くと、同じ様に怪訝そうな表情で首を傾げながらアップルが言う。


「はぁ。君達に付き合っていたら、一生ここから出られそうにないね。……仕方ない」


「「「「「?」」」」」


珍しく盛大に溜息を吐いた僕は、こんな所で足止めを食らうのもごめんだと思い、皆の変わりに仕方なく仕掛けを解く事にした。


「セツナ」


無言でブロックの前まで歩いていく僕の背に向けて、ピーチが不思議そうに声をかけてくるが勿論無視する。


「……簡単すぎる」


誰にも聞き取れない程小さな声で言うと、ブロックに手を当てて動かし始める。

まず右上のブロックを上のくぼみに落とすと順番に、左上は左に右下は右の凹みに嵌めていった。


最後に左下のブロックを下のくぼみに落とし終えると、ガコンと言う音がして仕掛けが解除される。そして右側の壁の前に宝箱が出現した。


「す、凄いや。セツナ」


「宝箱が出てきた!?」


アップルが目を見開き驚きの表情で僕を見やったかと思うと次に大声をあげて喜ぶ。


ピーチも驚きで目を白黒させながら宝箱を見やり言う。


「私達は深く考えすぎていたのですね」


「うん。逆向きってこういう事だったんだね。盲点だったよ」


レモンとタルトが自分達が深く考え過ぎていた為に、簡単な答えに気付かなかったと話し合っていた。


「いつまでも無駄話してないで、さっさと宝箱を開けにいくよ」


いつまでもその場から動こうとしない彼等に苛立たしさが募っていく中で、僕は憎たらしげに言葉を吐き捨てると一人宝箱へと近寄って行く。


「あ。セツナ、待ってよ」


「セツナ。宝箱は俺が開けるからな!」


そんな僕の背後へとアップルが慌てた様子で言葉をかけると、その後直ぐにライムの大きな声がこの空間に響き渡り、皆がこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえて来る。

そのため僕は仕方なく足を止めると、背後を振り返り彼等が来るのを待った。


「よし。それじゃあ、開けるぞ」


宝箱の蓋に手を当てた彼が宣言するように言う。


「中に何が入ってるのか楽しみだ。ね、レモンちゃん」


「はい。何だかドキドキします」


その様子を見守りながらタルトが笑顔で隣にいるレモンに声をかける。


彼の言葉に彼女が素直に返事をすると、瞳を輝かせ浮かれた様子で宝箱を見詰めた。


「……これは、オカリナ」


蓋を開けて中に入っていた物を手で取り出したライムが、落胆した様子で呟くように言う。


多分想像していたのと全く違う物が入っていて、拍子抜けしてしまったのだろう。


「どうして宝箱の中に、オカリナが入ってるのかしら」


ピーチも彼と似た様にもっと凄いものが入っていると思っていたのだろう、オカリナが入っていた事に首を傾げ誰に尋ねる訳でもないが訝しげに言葉を零した。


「そのオカリナ……どこかで見た事があるような」


「タルトさん。あのオカリナに見覚えがあるのですか?」


考え事をする時によくやる行動で、顎に左手を宛がったタルトが淡々とした口調で呟くと、その言葉を聞き拾ったレモンが彼の顔を見やり尋ねる。


「うん。確かにどこかで見た覚えがあるんだけれど…それをどこで見たのかを思い出せなくて」


「そう言えば私もこのオカリナを、どこかで見たような気がするわ」


彼女の問いかけにタルトがそちらに身体ごと向きやり返答すると、必死に思い出そうと眉間に皺を寄せながら記憶を辿り出していく。


ライムの手の中にあるオカリナを観察する様に、まじまじと見詰めながらピーチも言葉を漏らす。


「ピーチも見た事あるの?」


「オカリナを……と言うよりは、どこかでオカリナの絵を見た事がある様な気がするの」


不思議そうに尋ねるアップルに彼女が返答する。


「うん。僕もそうだよ。何処かで絵を見た気がするんだ」


すると、未だに記憶を辿り続けている彼も相槌を打つように大きく頷いてそう言った。


「……ごめん。思い出せない」


「私も……」


しばらく記憶を辿っていたタルトだったが結局思い出せなかった様で、すまなさそうに顔を曇らせ謝る。すると、ピーチも同じ様な顔で肩をすぼめて小さく声をあげた。


「二人のせいじゃないんだから謝ることないさ」


そんな二人の様子にライムが元気付かせる様に笑顔で言う。


「まぁどこかで見た事があるのなら、そのうちに思い出せると思うから、今は考えるのを止めて先に進もうよ」


アップルの言葉に二人が同意するように小さく頷く。


「さ、ここにはもう用がなくなったんだから、さっさと戻って次の転移陣に乗るよ」


「はい。そうですね」


早くここから出たい僕は、彼等を促すように言葉を発するとそれにレモンが相槌を打った。


(まだ三つ残ってるのか……面倒臭い)


残された三つの転移陣に乗って仕掛けを解いていかなければならない事に、時間を費やすのかと思うと気が滅入って来る。


「次の転移陣の先には何があるのかな?」


「それは、分りませんが……でも楽しみです」


アップルの言葉にレモンが楽し気な口調で話す。


「そうね。何があるのか楽しみね」


ピーチも相槌を打ち言うと期待に胸を膨らませているようで小躍りするように歩いている。


「なぁ、オカリナがここにあったって事は、もしかしてこれで扉が開くとか」


「さぁ、どうだろう? そんな話しは聞いた事ないけど……」


ライムの言葉にタルトが不思議そうに首を傾げて答えた。


僕の心情など知る由もないライム達が、魔物の気配がある事を忘れているのか、のんきに話し合いながら転移陣の下へと歩いて行く様子に複雑な思いになる。


(……隙だらけだ)


皆の後姿を見やり、僕は内心で呟くと小さく溜息を零した。

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