第十四章 リゾットとキッシュとレディータの祠
翌朝皆より早く目が覚めた僕は、窓の外に広がる景色を見て驚く。
昨日は暗くて分からなかったのだが、このリトラール村は巨大な岩山だったらしく、そこに人工的に穴を掘ったり、岩肌に沿うように長い足場を建てて、そこに掘っ立て小屋の様な細長い家を作ったりして出来ていた。
「どうりではしごがあんなに長かったわけだ」
僕は一人納得すると今後の情報を集める為に部屋を出て行く。
「あ、セツナ。今までどこに行ってたの」
「色々と情報を集めに行っていたのさ」
二時間後部屋へと戻ると、すでに起きていた皆が一斉にこちらへと顔を向けてきた。
そこにアップルが声をかけてきたので、僕はぶっきらぼうに淡々とした口調で答える。
「情報集めに? 何で」
「どうせ君達はまだエレメントストーンを集める気でいるんでしょ」
僕は彼女の疑問に冷淡に答えた。
「うん。ああ、そうか」
意味を理解したらしいライムが大声をあげる。
「つまり、エレメントストーンの情報を集めてきてくれたんだな」
「まぁ、他に集める情報も無かったからね」
彼の言葉に僕が短く答えた。
「それで、何か分かったの」
続いてピーチが尋ねてくる。
「エレメントストーンの情報を知っているかもしれない人がいるらしい」
「ホントか。今すぐ会いに行こう」
僕の話しを聞くなり飛び出して行きそうになるライム。
「僕の話しはまだ終わってないんだけど」
扉の前へと瞬時に移動すると、彼の前に立ち塞がり不機嫌になりながらも、淡々とした口調で言う。
「……話しを聞いた所その人物はレディータの祠に行ったきり帰ってこないそうだ」
「レディータの祠?」
僕の話しに出てきた単語にタルトが怪訝そうに首を傾げる。
「レディータの祠は、風の神を祀ってある神殿みたいな所だって聞いた」
「アルファス村にあるメディンの祠みたいな所……って事ですか」
僕の言葉にレモンが確認するように言う。
「そんな感じなんじゃないの。……それで、その人物は『祠から変な声が聞こえるから、確かめに行く』って皆に言っていたそうだよ」
それに小さく頷くとさらに話しを続ける。
「変な声?」
「それが何かは分からないけど、帰って来ないって事はその声が何か関係していそうだね」
訝しげに呟くピーチの横で、アップルが真顔になり静かな口調で言う。
「兎に角。祠に行くにしても、色々と準備をしてから行った方が良さそうだね」
「ああ。そうだな」
タルトの言葉にライムも同意して頷く。
「レディータの祠は、ここから東側に行った所にその入口があるらしい」
「よし。それじゃあ、早速準備して行こう」
僕の言葉にアップルが右手の拳を天井へと向けて突き上げながら意気込み叫ぶ。
あれから僕達は宿を出て道具屋にて薬草を五束と青の薬(魔力を十五%回復してくれるもの)を二ビン購入してからレディータの祠へと向かった。
「……うぅ。何か、緊張する」
「それは緊張じゃなくて威圧感だよ。……皆気を付けて、この奥に何かいる」
出入口の前でライムが足を止めると生唾を飲み込み、強張った表情で祠の中に広がる暗闇を見詰める。
そんな彼の肩をタルトが叩くと、鋭い眼差しで前方を見やり静かな口調で呟いた。
「私も……膨大な魔力を感じる。こんな事初めて」
ピーチが戸惑った様子で呟く。
「多分ピーチの魔力を察知する能力が上がったんだよ。……だから、感知できる様になったんじゃないかな」
「それは成長した証だよ」
その言葉に彼が言うと、アップルも彼女に囁き微笑む。
「……そろそろ行くよ。いつまでもここで突っ立ていたって、しょうがないからね」
「ああ、そうだな。……よし。皆行くぞ」
僕の言葉にライムが一つ頷き一歩を踏み出し、声高々に言い放った。
「あ、それでは私が新しく覚えた援助魔法『セイクリッド・エスケープ』を発動しておきます」
「そうだね。なるべく戦闘は避けたいから、レモンお願いね」
レモンの提案にアップルが軽く頭を下げて頼む。
「はい、任せて下さい。……邪なる力を遠ざけよ……セイクリッド・エスケープ」
彼女が小さく頷き承知すると、意識を集中させ詠唱を済ませ術を発動させる。
すると、僕達の足元に七色に光り輝く魔法陣が一瞬浮かび上がると、見えない力が周囲に広がり消えた。
「これで大丈夫です」
「よし、それじゃあ今度こそ本当に行くぞ」
レモンの言葉にライムが一つ頷き前方を見据え直すと大きな声で言う。
薄暗い祠の中には所々に松明が設置されており、それによりピーチの詠唱魔法を使わなくても周囲は薄ぼんやりと明るかった。
「セイクリッド・エスケープって凄いね。魔物が全然寄って来ない」
「僕達よりレベルが低い敵にしか効果は発揮されない。……油断してると足元に火がつくよ」
浮かれ気味なアップルの発言に僕は鋭く言葉を吐き捨てる。
「セツナって、時々難しい事言うよな」
前方からライムの呟きが聞こえてきたが軽く無視した。
「扉」
しばらく歩いていると前方に木で出来た扉が見えてきてタルトが不思議そうに呟く。
「この扉の奥に探している人がいてくれれば良いのですが……」
「中から人の気配を感じる。誰かいるのは間違いないね」
レモンの言葉が終わると、中にある気配を感じ取っていた僕は淡々とした口調で言った。彼女の呟きに答える感じになってしまったがまぁ、気にしない。
「よし、開けるぞ」
「魔物がいるかもしれないから、気を付けてね」
ライムが言いながら扉に手を当てる。その背後からピーチが声をかけた。
「っ。人が倒れてる!」
扉を開けると空間の中央で倒れている二人の人物がいて、その光景を見た途端アップルが大声をあげる。
「おい、大丈夫か」
「……ぅ」
皆が二人の下へ慌てて駆け寄って行くとライムが一人の少年の肩を揺すった。その呼かけに男の子が小さく身じろぐ。
僕は周囲の様子がおかしいことに気付き、皆の方へ歩いて近付きながら辺りに警戒する。
「反応した。おい、確りしろ」
「うぅ……。っ、あんたは?」
彼が更に揺すり続けると、ようやく目を覚ました少年が驚き、ぼんやりとした意識の中でライムに呟く。
「俺はライム。こんな所で倒れて、一体何があったんだ」
「っ、キッシュは?」
ライムの言葉には答えずに、ようやく意識が覚醒したらしい男の子が、慌てて起き上がると声をあげる。
「キッシュって……君の隣にいる子の事」
「っ。キッシュ、キッシュ。確りしろ」
ピーチの言葉に少年が弾かれた様に隣へと振り返ると、キッシュと呼んだ子の肩を大きく揺さぶった。
「っぅぅ……お、兄ちゃん?」
それにもう一人の男の子が小さく身じろぎ、薄目を開けて呟く。
「キッシュ。……良かった」
「あれ、その人達は誰」
少年が安堵の溜息を吐いて呟くと、キッシュが僕達の顔を見て不思議そうに尋ねた。
「そう言えば、君達はいったい」
「私達はエレメントストーンの情報を知っている人がいると聞いて……」
こちらに振り返り尋ねた男の子にレモンが説明を始める。
「その人がレディータの祠に行ったまま帰ってこない事を知り、それでここに来たんです。そうしたら、貴方達が倒れていたので……」
「そうだったのか。……実は祠から変な声が聞こえてきて、その正体を確かめたくて弟と二人でここに来たんだ」
彼女の言葉に納得した様子で少年が小さく頷くと説明するように話す。
「オイラはリゾット。こっちは弟のキッシュ」
「ど、どうも……」
「俺はさっきも名乗ったけどライム。で、こっちがピーチで、その隣がレモンちゃん。で、彼がタルトでその隣がアップル。それでこっちがセツナ……って、あれ。セツナは?」
リゾットと名乗った少年の横でキッシュが小さく頭を下げる。それに答える様にライムも勝手に自己紹介を始めていたが、僕が側にいない事に気付き拍子抜けした声をあげた。
「セツナならあそこで何か難しい顔をしているけど」
「またチームワークにかけているな……まぁ、セツナの行動はいつもあんな感じだから、気にすることはないと思うけど」
ピーチが僕の方へ視線を向けて言うと、タルトが呆れた声で呟く。
僕はそんな遣り取りをずっと横目に移しながらも先ほどから感じる気配の正体を探る。
「それより、こんな所でどうして倒れていたんだ」
「そうだ。君達、ここにいたら危ないよ」
ライムの言葉にリゾットが何かを思い出した様子で慌てふためきながら叫んだ。
「「「「「え?」」」」」
「っ」
彼の言葉に皆が不思議そうに呟く。その時僕は上空から聞えてきた微かな音に気付き勢いよく顔を上げる。
【キィー】
【キィィ】
上空から奇声と共に羽ばたきが聞えてきた。
「うわ。何だ、あいつ等」
「あいつ等は人食い怪鳥ポプラの子どもだ。あれが変な声の正体だったんだ」
ライムが上空を飛来する魔物に驚きの声を上げると、それにリゾットが答える。
僕達の目線の先には飛竜よりは小さいが明らかに普通の鳥とは異なった大きさのはげたかのような怪鳥が二羽、金色の瞳を鋭く細めてこちらを見据えながら飛んでいた。
「オラ達はあいつ等に襲われて気絶したんだ」
「ここにいたらあいつ等に食われる。早く逃げよう」
キッシュが怯えて兄にしがみ付きながら言うと、リゾットが僕達に逃げるよう促す。
「逃げる? ははっ。何言ってるのさ。あいつ等は既に僕達をターゲットとして感知してる。逃げるなんて事簡単には出来ないよ」
「っ。じ、じゃあ、どうするつもりなの」
口角を上げて笑みを意識しながら僕は言い放った。そんな僕にキッシュが恐怖で一杯の眼差しを向けて尋ねる。
「そんなの決まってる。あいつ等を倒すだけさ」
「はい。セツナさんの言う通り、ここで私達が逃げてもこの祠に住み着いている限り、また誰かが襲われます」
敵を見据えて大剣を構えながら言うと、レモンが珍しく冷静な声で話した。
「それなら今ここで倒すしかない……って、事だね」
その言葉に続けてタルトも言う。
「だけど相手は魔物だよ。戦ったって勝てっこないよ」
「大丈夫。私達はここに来るまで何度か魔物と戦った事がある」
キッシュの言葉にアップルがグローブをはめ直しながら声高々に言い切った。
「私達全員で力を合わせれば、何とかなると思うの」
「で、でも相手は子どもとはいえ、人食い怪鳥だぞ?! あんな奴等に勝てるわけない」
ピーチがそう言うと今度はリゾットが抗議の声をあげる。
「皆で戦えば大丈夫。それに……俺達は強くなるって決めたんだ」
「「?」」
ロングソードを抜き放ちながら呟いたライムの言葉に二人は不思議そうな表情をして彼を見やった。
【キィィ】
「やぁ」
今までこちらの様子を窺っていた怪鳥の一匹がじれったくなったのか、僕目掛けて突っ込んでくる。僕はそれを軽々と避けると、大剣を大きく振り被り一撃を食らわす。
【ギィァ】
敵が奇怪な悲鳴をあげると、一旦上空へと舞い上がり僕から間合いを取った。
【キィイーッ】
【ギィィーッ】
二匹の怪鳥が阿吽の呼吸で一斉に羽ばたき突風を巻き起こす。
「っ」
「ふあぁ。……よっと」
僕は風に煽られながらもその場に踏ん張り、何とか持ち堪えた。
僕の隣にいたアップルも強風に煽られ吹き飛ばされたが、空中でバランスを取り直し無事に着地する。
「くっ」
「「きゃあ」」
詠唱をしていたタルトやピーチにレモンの下にもそれがやってきて皆が痛みに耐える声が聞こえた。
「わぁ!」
今回後衛に回っていたライムの下にも突風が襲いかかり短い悲鳴をあげる。
「ふわぁ」
「っ、キッシュ」
バランスを崩し吹き飛ばされそうになったキッシュの腕をリゾットが掴むと自分の側へと引き寄せる。
「うぅ。負けてたまるか。……食らえ、炎の鉄拳」
【ギャア】
アップルが雄叫びをあげながら一匹の怪鳥へと向けて走り寄り、大きく跳躍すると技を食らわせた。
彼女の拳が敵に当ると共に、一定時間に発動される火のエレメントストーンの効果で相手の頭上から火の玉が降り注ぐ。
【ギィー】
【キィィ】
予期せぬ攻撃をもろに食らった二匹が悲鳴をあげ、崩れるように地面へと落下して行った。
「や、やったぁ」
「喜ぶのはまだ早いよ。こいつ等の親がやってくる」
喜びの声をあげたキッシュに僕は静かな口調で吐き捨てる。
【ギァァァァ】
「「「「「「「っ」」」」」」」
そこに耳を
その声に僕以外の全員が、肩を跳ね上げ強張った表情で敵を見詰める。
「ほらね」
そんな彼等へ向けて僕は冷淡に呟いた。
【キィィィーッ】
「ひゃぁ」
ポプラがアップル目掛け飛来しながら、太く鋭い足爪を突き出し攻撃してくる。彼女はそれを間一髪で避けると再び態勢を整え直す。
「リゾット、キッシュ。ここは危険だから、壁際に非難していてくれ」
ライムが叫ぶように二人に言う。
「わ、分かった。キッシュ行くぞ」
「うん。ライム達も無理するなよ」
リゾットが言うと弟の手をとり促す。キッシュが彼に返事をすると、僕達へ向けて一言声をかけてから走り去って行った。
「ダーク・サンダー」
【ギィィ】
一人冷静に詠唱を続けていたらしいタルトの技が発動されると、敵の頭上から闇属性の効果がついた雷が落ちる。
ポプラは奇怪な悲鳴をあげた後、体勢を立て直し僕目掛けて飛来してきた。しかし、闇属性の効果により前方が見えにくくなっていた敵は、狂ったように上空を飛来し続け、やがて誰もいない空間に突っ込む。
「タルト、ナイス」
「だけど、この効果も一定時間経つと消失するから、今のうちにどんどん攻撃して」
指鳴らしをして言ったライムに向けて彼が指示を出す。
「OK、任せて」
「俺も前衛で戦うよ」
アップルが元気良く返答するとポプラ目掛け駆け出した。ライムもロングソードを構え直すと、彼女に続くように敵の下へと走り寄って行く。
【ギィィィ】
前方が見えていないポプラが羽をばたつかせ、辺りかまわず突風を巻き起こす。
「きゃ」
「うわっ」
敵へ向けて突っ込んでいた二人はその強風をもろに食らい吹き飛ばされた。
「「ぐっ」」
上空へと吹き上げられたライム達はそのままの勢いで急降下してゆき地面へと叩きつけられる。
「ライム、アップル」
「二人とも大丈夫ですか。直ぐに回復します」
その様子を見たピーチが青ざめた顔で二人の下へと駆け寄って行った。レモンも心配してライム達に声をかける。
「ライム達の心配なんかしてる場合じゃないでしょ。目の前の敵を倒すことに集中してよね」
【ギィィィィッ】
僕の言葉は奇声をあげこちらに突っ込んできたポプラの声により掻き消された。
「すぅ~。貫け」
【ギャア】
相手の動きを洞察すると息を吸い込み狙いを定め、一瞬の隙をついて手に持つ大剣で一突きにした後、素早く斬りつけるという二段技を食らわせる。
ポプラは切り裂かれた痛みに絶叫をあげると、上空へと飛来して態勢を立て直す。
「リヴァイアル・ウォーター」
詠唱を終えたレモンの回復魔法が、ダウンしているライム達に向けて発動される。泡のように丸くなった水のドームが地面にしゃがみ込んだまま動けない二人を包み、やがて淡い光を放ちながら消え去った。
「レモン。有り難う」
「うぅ……。助かった」
体力を回復したアップルが立ち上がると、彼女へ向けて礼を言う。その隣でライムがよろよろと立ち上がると情けない声で呟く。
「敵がいるのにいつまで隙を見せているつもりなの」
「えっ」
敵と対峙しながらライム達に声をかける。
それにレモンが不思議そうな声で呟いた。
「……敵はまだ倒れていない。いつ襲ってくるかも分からないのに、そうやってぼんやりしてたらやられるよ」
「あ、それもそうだよね」
僕は仕方なく皆が分かるように言い直す。
すると、アップルが納得した様子で言うと大きく頷いた。
「ようするに、相手を倒すまでは気を抜くなって事だな」
ライムも小さく頷くと僕へ向けて言葉をかける。
「さ、無駄話はこれ位にして、さっさと敵を倒すよ」
【ギィィィ】
僕は彼の言葉には返答せずに、淡々とした口調で言う。そこにポプラの鳴き声が辺りに響き渡ると、猛スピードでこちらに突っ込んできた。
「っ? ……ポプラの動きが今までと違う。何か来る。皆気をつけて」
【ギェェェッ】
タルトの警告が発せられるのとほぼ同じくらいに、敵の雄叫びが木霊する。
「あれは……厄介だね」
「セツナ。何が厄介なの」
呟きを零した僕の声を聞き拾ったピーチが尋ねてきた。
「……ポプラはかまいたちをやるつもりだ」
「かまいたちって……ええっ。この空間でそんな大技放たれたら、逃げ場がないぞ」
静かな口調で言った僕に、ライムが焦った様子で喚く。
「そんな……。それではどうすれば良いんですか」
「……一か八か、アレをやってみるか」
レモンが困り果てた表情で言うと、難しい顔で何事か考え込んでいたタルトが重々しい口調で呟く。
「タルト……アレって?」
「阿種族でしか使えない防衛魔法……『ダークシールド・リペル』これをやってみようと思う」
怪訝そうにピーチが問いかけると、彼が厳しい顔つきのまま答える。
「そんな凄い技があるんだ。なら、それを使えば――」
「ただ、その技は膨大な魔力を消費するし体にも負担がかかる。……僕の身体が持つか分からない」
タルトがアップルの言葉を遮ると静かな口調でそう告げた。彼の言葉に皆黙り込む。
「……でも、今は迷っている時じゃない。僕の体が持たなかったとしても、僕はこの技を使うよ」
「……決意が固いようだね。なら、やってみればいい」
ライム達へ向けてタルトが意志の強い瞳で言い切る。
そんな彼へ向けて僕は静かな口調でそう言った。
「タルト……分かった。後の事は俺達に任せろ」
「うん」
ライムが一つ頷くと深刻な面持ちで話す。タルトも軽く会釈し答えると一旦瞳を閉じる。
「……それじゃあ、やるよ」
一拍おいた後に再び瞳を開いた彼が大きな声で言い放つ。
「やるなら早くしたほうが良い。もう直にポプラの技がくるよ」
「分かった。……彼の敵より我等を守れ……」
僕が促すとそれにタルトは一つ頷き答え、意識を集中させ詠唱を開始した。
【ギィェェッ】
「……ダークシールド・リペル!!」
敵の雄叫びと共にかまいたちがこちらに向けて物凄い速さで繰り出される。時を同じくして詠唱を終えた彼の技が発動された。
タルトの前に黒い波動が広がっていくと、やがてそれは僕達を守る様に拡大してゆく。
【ギィィィ】
こちらに向かっていたかまいたちがそれに当ると、一瞬眩い光を放ちポプラ目掛け跳ね返る。自分の放った技を食らった敵が耳を塞ぎたくなるほどの大音量で悲鳴をあげ暴れまわった。
「やった。技が跳ね返って、ポプラに当ったよ」
その様子を見たアップルがその場で飛び跳ね嬉しそうに話す。
「タルトさん!」
レモンの悲鳴に近い叫び声に、ライム達が一斉にタルトの方を見やる。
僕もそちらを見るとそこには何とかロッドで態勢を保ちながら地面に膝をついている彼の姿があった。
「……だ、大丈夫。魔力が切れてふらついただけだから」
「顔色が悪いみたいだけど、本当に大丈夫?」
息切れした後の様な声でタルトが言うと、ピーチが心配した面持ちで聞く。
「……僕の事は心配いらない。それよりポプラを倒すことに集中して」
彼がふらつきながらも立ち上がると心配する皆に向けてそう話す。平静な態度をしているが、僕にはタルトが無理をしているのが分かった。
「わ、分かった」
ライムが後ろ髪を引かれる思いのまま頷く。
「敵も弱っている。もう少しだから頑張ろう」
アップルの言葉に皆武器を構え直すと、目の前の敵に意識を戻した。
【ギィーッ】
ポプラが最後の力を振り絞り、こちらへ向けて突っ込んでくる。
「僕がやる」
「まて、俺もやる」
大剣をちらつかせながら言うと、そこへライムが僕の隣に走り寄って来てそう宣言し、ロングソードを構えた。
「別に良いけど。……ちゃんと決めてよ」
「ああ」
敵を見据えたまま言うと、その言葉に彼は大きな声で相槌を打つ。
【ギィィーッ】
奴が雄叫びをあげて飛来する。
「……居合い切り」
「食らえ、急所突き!」
こちらへ向けて突っ込んできたポプラへと、僕とライムが同時に剣を振るった。
【ギィェェエ】
敵が断末魔の叫びをあげると地面へと落下して行く。皆、地面に倒れているポプラを見詰めたまま、息を殺して様子を窺う。暫しの間この場は静寂に包まれた。
「……や」
アップルの呟きが静かになった空間に響く。
「……や、やったぁ」
「私達、ポプラを倒したのよ」
再び口を開いた彼女が満面の笑みを浮かべて言うと、隣にいたピーチと手を叩き合い喜ぶ。
「君達凄いな。あんな怪物を倒しちゃうなんて」
「うん。皆かっこよかった」
今まで壁際で僕達の戦闘を見守っていた二人がこちらに駆け寄ってくるとそう言って笑った。
「あ、そう言えば。ライム達はエレメントストーンを探してるんだよな」
一頻り笑いあい騒いだ後、リゾットが口を開く。
「ああ。何か知ってるのか」
「知ってるも何も、僕達が探していた人物が彼なんだから当たり前でしょ」
ライムの言葉に僕は言うと呆れて溜息を吐いた。
「え、そうなの!?」
「ああ。怪鳥が襲ってきたせいで言い出せなくて、悪かったな」
驚愕の表情でアップルが尋ねると、それに彼が一つ頷きすまなさそうに謝る。
「そんな、気付けなかったのは私達の方だから、謝る必要なんてないわ」
「……ここには風のエレメントストーンが祀ってあるんだ」
ピーチの言葉にリゾットが小さく頷くと、エレメントストーンについて話し始めた。
「この先に扉が見えるだろう。あそこから中に入った所に、エレメントストーンを祀る台座があるんだ」
「それなら、さっそく扉を開けよう」
彼の言葉を聞いたライムがそう言って駆け出そうとする。
「ただ……あの扉には仕掛けが施されていて、簡単に扉は開かない」
そんな彼をリゾットが手で制し止めると話しを続けた。
「仕掛け? それはどのような物なんですか」
「あそこにスイッチが見えるだろう。アレを押さないと扉は開かないようになってる」
レモンの問いかけに彼が説明しながらある場所を指し示す。
その方角を見やると、天井と扉との間に人工的に作られた空洞があり、そこにスイッチらしきものが見えた。
「あんな高いところにあるスイッチを、どうやって押せばいいんだ?」
「ねぇ、お兄ちゃん」
ライムの言葉にキッシュが何か考え付いた様子で兄を見る。
「ああ。……あれ位の高さならオイラ達に任せろ。キッシュと二人でスイッチを押してくるさ」
彼がそれに笑顔で相槌を打つと、僕達に向けて自信満々にそう言う。
「だけどどうやって……えっ」
ピーチの言葉が途中で止まると驚いて目をぱちくりさせた。
「二人に羽が生えた?」
「もしかして、ライム達は初めて見るのか。オラ達ルト族は亜人族と鳥人族のハーフで、お兄ちゃんやオラみたいにこうやって羽を出し入れできる奴もいるんだ」
ライムが驚いた表情で呟くと、キッシュが笑って説明する。
彼の肩甲骨からは雀の翼のような茶色い羽が生えており、その隣に立つ兄にも燕の様な黒い翼が生えていた。
「これで一飛びしてくるから、扉の前で待っててくれ」
リゾットが言うと弟とともに大きく羽ばたき宙へ飛び立つ。僕達は扉の前で彼等がスイッチを押すのを待った。
「よし。押すぞ」
「ああ。よろしく頼む」
頭上からリゾットの声が聞こえてくるとライムがそれに答える。
そして直ぐにカチリという音が聞えてくると、扉が自動で横にスライドし開いた。
「二人とも有り難う」
「どういたしまして!」
こちらに舞い降りてきた二人へ向けて彼が言うと、キッシュが誇らしげな顔で答える。
部屋の中へ入った僕達の前方の壁には小さな穴が開けられており、そこには窪みの大きさに合わせて作られた台座が設置されていて、その上に風のエレメントストーンが祀られていた。
「あれが、風のエレメントストーン」
「近くに行ってみよう」
レモンが呟くと、その横にいるタルトが促すように言う。
「うん。今まで見てきたエレメントストーンと同じだ。……やっぱり綺麗だね」
アップルが感嘆の声を上げると石を見詰めた。
「っ?」
風のエレメントストーンが突如浮き上がると、ゆっくりとした動きで移動してゆきライムの目の前で止まる。
「これって……エレメントストーンがライムを選んだ」
「そう言う事になるな」
ピーチの疑問に答える様に彼が呟くと石を手に取り微笑む。
「エレメントストーンが人を選ぶとは聞いたけど……本当だったんだな。風のエレメントストーンに選ばれるなんてライム凄いや」
キッシュが瞳を輝かせ感激した様子ではしゃぐ。
「古来よりルト族に言い伝えられてきた話しによると、風のエレメントストーンには、人を癒す力があるらしい」
「癒しの力か……そっか、エレメントストーンには、それぞれ秘められた力があるんだな」
リゾットの言葉にライムがエレメントストーンの力に今更ながら気づいた様子で一人納得して頷いていた。
「それじゃ、エレメントストーンも手に入ったし、そろそろここを出ようか。…タルトの体力が持たない」
「「「「「「え?」」」」」」
僕の言葉にタルト以外の全員が不思議そうにこちらを見やる。
「……あの技を使った事で、魔力と体力両方を消耗したみたいだからね。早くここを出て宿屋で休んだほうが良い」
「はは。……やっぱり、セツナには隠せなかったか」
僕の言葉を聞いた彼が小さく笑うと、疲労しきった顔でそう言った。
「タルト。どうして直ぐに言ってくれなかったんだ」
「僕の事で皆の気持ちが乱れたら、ポプラにやられていたかもしれない。だから言わなかった」
ライムの問いかけにタルトが答える。
「それに、ここに風のエレメントストーンがあるのなら、当然それを手に入れるまでは帰れないだろ」
「だからって……もういいや。今はそんな話しをしている時じゃない。早く宿屋に帰って休もう」
一旦口を閉ざした後再び話し出した彼の言葉に、アップルがそう言って帰路を促す。
それから僕達はここを出て、宿屋までついて来ると言ったリゾットとキッシュと共に村へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます