第十三章 水のエレメントストーン
何とかレーズンを倒した僕達は狭く薄暗い道を更に前へ前へと進んでいく。
暫く歩いていると少し開けた部屋のような空間に辿り着いた。
「行き止まり……」
「そんな。きっと薄暗くて周りがよく見えないだけだよ。もっとよく調べてみようよ!」
先頭を歩いていたライムが急に立ち止まると絶望した声で呟く。その言葉にアップルが喚くように叫ぶと必死で辺りを見回す。
「あら。……あれは何かしら」
「えっ」
ピーチが怪訝そうに呟くと前方を指差した。それにレモンが小さく声を零すと、彼女が示している方角へと目を向ける。
「み、皆さん。前を見て下さい」
前を見詰めたまま叫ぶ彼女の言葉に僕達もそちらを見やった。
「え。……あれは」
そこにあった物を見てタルトが大きな声をあげる。
僕達の目線の先、この空間の中央には小さな石の祭壇が堂々と設置されており、その上には蒼白く光り輝く水のエレメントストーンが置かれていた。
「水のエレメントストーンだ」
「こんな所にあるなんて」
ライムが嬉しそうに大きな声をあげると祭壇へ向けて駆け寄っていく。アップルも嬉々とした様子で叫ぶと彼の後を追うように走り出す。
他の三人も彼等の後に続いて走って行ったが、僕だけはゆっくりと歩いて近寄っていった。
「……火のエレメントストーンも綺麗ですが、水のエレメントストーンも綺麗ですね」
台座に置かれている石を見詰めてレモンが言う。その時一瞬水のエレメントストーンが煌いた。
「っ。……今、エレメントストーンが光った?」
「うん。確かに光って見えた」
アップルが驚いた表情で皆に確認するように尋ねる。彼女の言葉にタルトが相槌を打つと少し興奮した様子で喋った。
「今の光……何だか不思議な感じ。まるで……」
ピーチがうっとりとした表情で呟く。
「まるで……私を呼んでいる様な感じだったわ」
「ピーチ?」
彼女が独り言を呟きながら水のエレメントストーンへと右手を伸ばす。
その行動にタルトがピーチの名前を呼ぶと、不思議そうにその様子を見守る。
「っ」
彼女が石に触れた瞬間、辺り一面が淡い光に包まれた。
(眩しい……)
そのあまりの眩しさに僕は目を瞑る。
「凄い光だったな。……って、ここは」
光が治まったので目を開くとそこは先程までいた地底湖ではなかった。ライムが突然目の前の風景が変わった事に驚きを隠せずに慌てて辺りを見回す。
「……どこかの聖堂の中庭みたいだね」
僕も辺りを観察するとそう言った。
白色に塗られた土壁が僕達がいる空間を囲う様に作られており、ぽっかりと開いた空には真昼の太陽がさんさんと降り注いでいる。
「あら。皆さん、どうしてここに……?」
「え。……サヨリさん」
不意に僕達の背後から少女の声がかけられたので、一斉にそちらへと振り返った。レモンがその声の主を見やり驚く。
「サヨリこそどうしてここに」
「ここは私のお気に入りの場所なんです」
アップルの問いかけにサヨリがそう言って微笑む。
「この聖堂は老朽化しているため、今では使われていないんです。でも私はこの中庭から見える空が大好きで、だからよく一人でここに来るんです」
「そうだったんだ。それで俺達がここにいて驚いたんだな」
ライムが彼女の話しに納得した様子で頷く。
「ええ。そうです。それで……皆さんはどうしてここへ?」
「私達は地底湖に落ちちゃって、そこで水のエレメントストーンを見つけたの。そして、それに触れたら行き成り眩しい光に包まれて……気が付いたらここに立っていたって訳なの」
サヨリの質問にピーチが今までの出来事を掻い摘んで説明した。
「そうだったのですか。……そういえば、水のエレメントストーンにはある言い伝えがあるんです」
「言い伝え?」
彼女の言葉にタルトが不思議そうに首を傾げる。
「はい。……水のエレメントストーンは、選ばれし者を遠くへと移動させる事が出切る不思議な力を秘めている。……だからその者が望む場所ならどこであろうと移動する事ができるのだと」
「成程。だから私達は地底湖からここへ移動してきた訳ね」
サヨリが語り終えるとピーチが納得した様子で頷き手の中にある石を見詰めた。
「因みに聞くけど、何も考ええずに触れただけでも移動するの」
「いえ、触れただけでは何も起きないと聞いています」
僕の問いかけに彼女は小さく首を横に振り否定する。
「きっと早く外に出たいって思っていたから、水のエレメントストーンはこの場所まで移動してくれたんだわ」
「成程。行きたい場所を強く念じながら触れれば、移動できるって事だね」
ピーチがまだ手の内にある水のエレメントストーンを見詰めたまま話す。その言葉で石の性能を大体理解した僕は一人納得して頷く。
「あ。そうだ……私、皆さんが無事に戻ってきたことを、お父様に知らせてきますので、皆さんは先に客間で待っていて下さい」
「あ、待ってサヨリ」
サヨリが言うときびすを返し駆け出す。その背中へと向けてライムが慌てて声をかけると彼女も動きを止めて振り返った。
「……実は、ここがどの辺りなのかまったく分からなくて、その……道案内をお願いします」
彼が情けない声で言うと苦笑する。
「まぁ、そうでしたか。どうせ向かう所は同じですし、一緒に行きましょう」
サヨリが微笑しながら承諾すると、僕達の前に立ちゆっくりと歩き出した。
僕達が現れた聖堂は村の南側にあり、中央地区にある村長の家へは約一時間位はかかるらしい。まぁ、幾ら小さな村だといえども、子どもの足ならそれ位はかかって当たり前か。
「本当にミルフィーユを倒してくるとはのぅ。あっぱれじゃ!」
村長の家についた僕達が客間で待っていると、サヨリから話しを聞いて飛んできたオオバからお決まりの感謝の言葉を聞かされる。
「これで安心して日々が過せる。主等のおかげじゃ。……それで、これはうぬからの感謝の気持じゃ」
彼が気持悪い位の満面の笑みを浮かべて、僕達一人一人に小袋を渡していく。
「これは……お金じゃないですか」
「こんなの頂いて良いんですか」
小袋の中身を確認したタルトが驚きの声を上げると、その隣でピーチがオオバに向けて尋ねる。
「よいよい。ほんの心ばかりの礼じゃ。受け取ってくれるかのぅ」
「有り難う御座います」
彼はタルト達の反応を読んでいたかの様に満面の笑みを浮かべたままでそう話す。そんなオオバへ向けてライムが大きな声で感謝の言葉を述べた。
(一人五百Rずつか……六人合わせて三千Rか)
嬉しそうに騒いでいる皆を余所に、僕は頭の中で金額を計算する。
(これだけあれば全員の防具を買ったとしても、暫くは大丈夫そうだね)
僕はそう心の中で結論付けると、次にどんな防具を買おうかとぼんやりと考え始めた。
僕達はオオバから貰ったお金でレザージャケットを人数分購入すると装着する。その後は国境の村であるリトラールへと向けて旅立った。
「……君達がずっと黙ってるなんて、気味悪いんだけど」
夕焼けに染まり始めた空の下、村を出てから珍しく一言も話さずに歩き続けているライム達の様子に違和感を覚えた僕は思った事を口に出す。しかし、その言葉にも皆からの反応は無かった。
(いつもならライムやピーチ辺りが反発してくるのに……何かおかしい)
普段とは違うライム達の様子に僕は更に違和感を覚える。
「……何を悩んでるか知らないけど、この先ずっとそんな調子で旅を続けていくつもりなの」
「セツナは……」
僕は眉間にしわが寄っていくのを感じながら言葉を吐き捨てた。
するとようやくライムが小さく口を開いて言葉を零す。
「セツナは……俺達の事どう思う?」
「何とも思ってないけど」
彼の言葉に僕は理解しかねて適当に返答する。
「そうじゃなくて……俺達。アルファス村を出てから、少しずつ戦いにもなれていって、強くなった気がしてた」
「は?」
ライムの言葉に僕は歩みを止め振り返った。僕の動きに合わせる様に皆も立ち止まる。
「だけど……地底湖で凶暴化したレーズンには戦っても敵わないって思った」
ライムが俯いた状態で言うと両手の拳を爪が食い込むほど強く握り締めていく。
「俺は、弱い……これから旅を続けていったとして、世界の異変を止めるなんて事、出切るわけない」
「……皆もライムと同じ気持なの」
彼は俯いたまま泣き出しそうな様子で喚いた。
その様子を冷静に見やると、ライムの背後でぼんやりと突っ立ているピーチ達へ向けて静かな口調で尋ねる。すると皆俯いたまま無言で力なく頷く。
「はぁ……。君達が弱いのなんて、当たり前じゃないか」
「「「「「っ」」」」」
僕は珍しく盛大に溜息を吐くと呆れ返りながらそう言い放つ。その言葉に彼等が驚き一斉に僕の顔を見た。
「初めから強い奴なんていない。色んな事を経験して強くなっていく。だから……」
僕はそこで一旦言葉を止めると、皆の顔を見てから口を開く。
「これから強くなっていけばいい」
「セツナ……」
その言葉を聞いたライムが唖然とした表情で僕の顔を見ながら呟く。
「……そろそろ行くよ。あんまりゆっくりしてると真っ暗になるからね」
冷たく言い放つときびすを返し歩き出す。
「あ、待ってよ~」
背後からアップルの声が聞こえたが足を止める気はない。
(夕闇になる頃までには、次の目的地に着きたかったのに……)
内心で小さく愚痴を零すと、歩く速度を少し速める。
「もう……。皆。セツナに置いていかれない様に、早く行きましょう」
ピーチの溜息交じりの話し声が聞えきた。
「そうだね」
「はい」
すると、その言葉にほぼ同時にタルトとレモンが明るい声音で答える。
(まぁ、ライム達が静か過ぎるよりは、いつもの騒がしい方がマシだね)
ようやくいつもの調子に戻って、やかましく騒ぎ出した皆の声を聞きながら僕は内心で呟くと溜息を零す。
それから暫く夜闇の中をピーチの詠唱魔法『フィールド・ライト』により道を照らしながら歩いていき、辺りも寝静まった深夜十二時位に、目的地であるリトラール村へと到着した。
「ようやく着いた……」
「今日はもう寝よう。えっと、宿屋はどこにあるんだろう」
村の入口で小さくぼやいた僕の横でライムが言うと頭を左右に振って宿屋を探す。
「あ、あそこじゃない。ほら、丘の上の方」
「ホントだ。よし、宿屋までもうちょっとだ。皆、頑張って歩こう」
ピーチが言うとアップルが松明に照らし出された看板の文字を見る。そして、真夜中と言う事もあって周囲に気を使い囁くような声で喋った。
丘の上だと思っていた宿屋は、切り立った崖の中腹辺りを人口的に穴を掘って作られた洞窟の中にあるようで、僕達はそこまで行くために作られた縄でできた長いはしごを上っていく。
「何も、こんな所に作らなくても……はぁ~疲れた」
「でも、後ちょっとで宿屋に着くみたいだし、頑張ろう」
はしごを上り終えたばかりのアップルが、肩で息をしながら小さくぼやいた。すると同じように乱れた呼吸を整えながらタルトが言う。
「レモン。もうちょっとだから頑張れる?」
「う、ん……眠いけれど、頑張ります」
ピーチが今にも眠りそうなレモンへと声をかけると、それに彼女がうつらうつらと舟を漕ぎ始めながら何とか答える。
「宿屋の人がまだ起きていてくれれば良いんだけど……」
宿屋の前までやって来るとライムが呟きながら、木の扉に手を当て軽く力を入れて押し開けた。
「こんばんは~。遅くにすみません」
「おや。こんな時間にお客様が来るとは珍しい……しかも、とても可愛らしいお客様だ。リトラール村で唯一の宿屋へようこそ」
店に入るなりピーチが声をかけると、管理人室らしき扉が開いて中から三十代前半位の男性が出てくる。そして僕達を見るなり微笑んで営業用語を喋る。
因みにその男性は背が高くすらっとしており、肩甲骨の辺りから鷹の羽の様なこげ茶色の翼が生えていた。
後から聞いて知ったのだが、リトラール村に住んでいるルト族は、亜人族と鳥人族のハーフでいわゆる鳥人間なのだそうだ。
「えっと、子ども六人で、一泊お願いします」
「一泊だと一人三十Rだよ」
アップルが言うと店主が笑顔を崩さずに話す。
「それじゃあ、全員で……百八十Rだね」
彼の言葉を聞いてタルトが言う。
「あ、俺が払うよ」
ライムが財布を取り出し始めたピーチ達へ向けて言うと、自分の財布袋からお金を取り出して支払った。
「まいどあり。部屋はそこのはしごを上って行って、右側に曲がって真っ直ぐに進んでいった突き当りの右側の部屋だよ」
「分かりました」
店主の言葉にピーチが言うと一礼する。
あれから直ぐに梯子を上った僕達は、貸し与えられた部屋へと向かって歩いていった。そして、部屋の扉を開けるなり、ライム達は一目散にベッドへ向けてダイブする。
「「「「「……すぅ。すぅ」」」」」
その後直ぐに彼等は寝息をたて始めた。
「ふぁ~。……僕も寝るか」
珍しく出たあくびに一つ伸びをすると、呟いてベッドへと横になり目を閉じる。そして僕はそのまま朝まで深い眠りについた。
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