第十二章 掴めぬ正体
僕達は古代亀レーズンの背後にある道へと向かう為に、息を殺し足音を忍ばせながら岩陰を進んで行く。
「ここから先には岩がないから、隠れて進む事は出来ないな」
「つまり、レーズンの前を横切るしか方法がないわけね」
一番前を歩いているライムが岩陰から顔を覗かせて前方を確認すると内緒話をするような声音で話す。
僕の前を歩くピーチがその言葉に囁くような声で答えた。
「そうするしかなさそうだ。……いいか、俺が合図したら皆で一気に突き進むぞ」
「分かった」
彼が一旦岩陰に体を引っ込めると、こちらに向きやり言う。それにタルトが皆の気持を代表するかの様に小さく頷き返答した。
「よ~し。……三、二、一……今だ!」
ライムが魔物が背後を向いた瞬間を狙い合図をすると一気に駆け出していく。僕達はそれに続いて一斉に走り出した。
「っ」
もう少しで道に辿り着けると思われたその瞬間、僕はまたもや体に嫌な悪寒を感じて足を止める。
「っと……セツナ、急に止まってどうしたんだ」
【グオオ!!】
急に立ち止まった僕にぶつかりそうになったタルトが、怪訝そうに尋ねてきた。その時、レーズンの雄たけびが辺り一面に木霊する。
【グウウウ……】
魔物が小さく唸り声を上げると不意に上体を起こす。そして大きくのけ返った後に、両手を思いっきり地面へと叩き付ける。すると当たり前だが大きな地響きが起こり、それにより辺りが激しく揺れ動く。
「きゃあ」
その振動にバランスを崩したレモンが短く悲鳴をあげると尻餅を付いた。
「こ! ……この揺れ……地震の正体はレーズンだったの」
その横にいるアップルが驚愕の表情で叫びそうになったが、レーズンに気付かれては不味いと思ったのか、最初の言葉を飲み込むと小さな声で言い直す。
【グウウゥウ……】
魔物が低く唸り声を上げると、辺りの様子を確認するように左右に頭を振る。
【グオオオォォ】
「きゃあ。気付かれた。ど、どうする?」
レーズンの黄色い瞳に僕達が移りこんだ瞬間、魔物が腹の底から雄叫びをあげてこちらを睨みつけた。
ピーチがその声に悲鳴をあげると、不安で一杯の瞳を僕達に向けて尋ねる。
「どうするって言われても……」
その言葉にタルトが呟くと、困った様子で目線を宙に彷徨わせた。
そんな事を言っている間にもレーズンがこちらへと近付いてきている。
「やるしかないでしょ」
「うう……。やっぱそうなるよね」
皆へ向けて淡々とした口調で言うと、大剣を抜き放ち構えた。それを聞いたアップルが泣きごとを言う様な声音で小さくぼやく。
「ぼやぼやしている暇はないよ。レーズンの攻撃が来る」
「こうなったら、レーズンに勝つしかない。怖いけど……やるぞ」
じれったい彼女の様子に僕は不機嫌になりながらも静かな口調で言う。僕の前にライムが進み出て来ると、意を決した言葉を放ちながら剣を構える。
「神様。私達が生きてここから出られますよう……お見守り下さい」
僕の背後でレモンの囁く声が聞こえて来たが、どうでもいい事だったので聞き流した。
【グオオオウ】
「おっと。危ない、危ない……へへ。俺も大分戦いになれてきたな」
「自惚れなんてしてないで、戦いに集中してよね」
レーズンの頭突き攻撃を軽々と避けたライムが鼻の頭を摩りながらそう言う。そんな浮かれている彼へ向けて僕は冷たい言葉を放った。
「セツナは相変わらずつれないな……」
「やっ」
ライムの呟きなど軽く無視すると、魔物へ向かって走り込み喉元目掛けて斬りつける。
【グゥ……】
だが、それはレーズンが瞬時に甲羅の中へと頭を引っ込めたことにより、僕の攻撃は空振りに終わった。
「一筋縄ではいかないか。……面白い」
僕は独り言を呟くと口角を上げて笑みを浮かべる。
「シールドバリア」
詠唱を終えたレモンの声が発せられると、僕達の身体は目に見えない魔力の壁で包み込まれた。
「食らえ。サンダーボルト」
【グゥァ】
タルトが放った術により魔物の身体に電磁波が当ると、レーズンが苦しげに悲鳴を上げる。
「そうか。レーズンは水属性だから、雷の術に弱いんだ」
その様子を見たアップルが魔物の弱点が雷である事を知り喜ぶ。
「成程。それなら……ライムも雷の術使えるわよね」
「ああ。……そうか、術で攻めるんだな」
ピーチの言葉にライムが瞬時にその意味を理解すると、レーズンから距離を取り詠唱を始める。
【グォォ】
「ひぁぁ」
魔物がアップル目掛け雄叫びをあげながら頭突き攻撃をした。それを食らった彼女はバランスを崩しよろける。
「うう、体が痛い……。あれを何度も食らったらやばいかも」
「アップルさん。大丈夫ですか。今回復魔法をかけますね」
アップルが体勢を立て直しながら情けない声で呟く。そんな彼女の様子に心配したレモンが声をかけた。
「有り難うレモン。でもこれくらい薬草を使えば大丈夫」
アップルが言うとカバンから薬草を一つ取り出して口に頬張る。
「術ばかり使っていたら、直ぐに魔力が尽きる。……レモンは回復の要なんだから、余力を残しておいた方が良い」
「は、はい。分かりました」
僕の言葉になぜかレモンが嬉しそうに笑いながら返事をした。
「貫け、ライトニング・アロー」
【グォウ】
詠唱を終えたライムの術がレーズンに向けて放たれる。雷の矢を頭上から食らった魔物が短い悲鳴をあげて硬直した。
「やったわ。相手が麻痺した」
「よ~し。今の内にどんどん攻撃しよう」
ピーチの嬉しそうな声が発せられると、それに続いてタルトも言う。
「っ。まただ……」
僕は何度目かの悪寒に訝しい思いで呟く。
(一体……何なんだ)
【グオオオオオゥ】
内心で呟き考え込もうとした時、今までにないレーズンの大きな雄叫びが辺り一面に木霊する。
「きぁあ。な、何」
「っ」
ピーチの悲鳴に僕は前方を見やるとその光景に驚く。
「レーズンの身体から、黒い霧みたいなのが出てる」
「あれは……一体」
ライムも驚き途中で詠唱を止めるとその様子を見詰めた。レモンが不安そうに呟く。
「……レーズンから膨大な魔力を感じる」
「目に見える程の魔力なんて……そんなの初めて見るわ」
タルトの警戒した声が放たれると、ピーチも不安げな言葉を発する。
【グアアアアァ】
「っう」
「ひぁあ」
レーズンの雄叫びが響くとその波動で前衛にいた僕とアップルが五メートル程背後へと吹き飛ばされ勢いよく地面に叩き付けられた。
「セツナ、アップル。二人とも大丈夫か?」
「うう……何とか大丈夫」
そんな僕達にライムが慌てて駆け寄ると声をかける。その言葉にアップルが全身にくる痛みに顔を顰めながら答えた。
「……それにしても、あの力は一体どこから」
彼女が魔物の方を見やると、いつもよりも少し低い声で呟く。
「さっきまではあんな魔力は感じなかった。……それなのにどうしてだ?」
「恐らくさっきまでとは違う何か別の力によりレーズンが凶暴化した……て事じゃないの」
タルトの呟きが聞えた僕は淡々とした口調で仮説を言う。
「別の力?」
「僕もよく分からないけど、そうとしか考えられないでしょ」
不思議そうな表情で僕を見て尋ねる様に呟くレモンを横目で確認しながら答える。
「で、これからどうする」
「え、どうするって……」
ライムを見やり尋ねる様に言うと、彼はその言葉の意味を理解できずに、不思議そうに首を傾げた。
「はっきり言うと僕達では今のレーズンには勝てない」
「っ」
僕の言葉にライムが目を見開くと息を呑んだ。
「……レーズンは今、僕達が向かおうとしている道からは離れた所にいる。この隙に道ヘ向かって走り込めば逃げる事は可能だ」
「……」
前方にある道を見ながら話しをしている間、ライムは何事か考え込むように黙っていた。
「……もし、逃げ切れなかったら?」
「レーズンと戦うしかないね」
彼が真剣な眼差しを僕へと向けて静かな口調で尋ねる。それに僕は淡白に答えた。
「分かった。……逃げよう。セツナの言う通り、今の俺達じゃレーズンには勝てない」
「そうだね。もともとここから出る事が僕達の目的なんだから、無理に戦う必要はないと思う」
ライムの言葉にタルトが小さく頷き賛同する。
「皆もそれで良い」
皆へ向けて聞くと、ピーチ達も無言で頷いた。
「そうと決まったら、レーズンが襲ってくる前にさっさと逃げよう」
アップルの言葉に僕以外の皆が頷くと一斉に走り出す。
僕はレーズンが襲ってこないことを確認すると、彼等の後を追うように走って行く。
「ふぅ……到着」
「後はセツナだけね」
安堵の吐息を吐きながらアップルが言うと、その隣でピーチが僕の方を見て呟く。
【グォオオオ】
「っ、セツナ危ない!」
僕の直ぐ後ろからレーズンの雄叫びが聞えてくると同時に、ライムの緊迫した叫び声が放たれた。
「……燕返し」
僕は瞬時に大剣を抜き放ち構えると、振り向きざまに一太刀食らわせる。
【グヲヲヲヲォ】
魔物が雄叫びのような悲鳴をあげるとその場に倒れ込んだ。
「……」
「魔力が……消えた?」
レーズンの体から放出されていた黒い霧が一気に上空へとのぼり消え去る。その様子を無言で見詰めていると、背後から訝しげなタルトの言葉が発せられた。
「っ、セツナ。レーズンに近付いたら危ない……」
「……問題ないよ」
魔物の側へと近寄っていく僕の様子にライムが慌てて静止の声をあげる。それに短く言葉を返すと、倒れているレーズンの身体に触れた。
「……あの悪寒の正体は一体なんだったんだ」
魔物の体に触れたら分かるかと思ったのだが、何の意味も持たなかったようだ。訝しい思いで呟くとそっと手を放す。
「セツナ、どうしたの?」
「何でもないよ」
レーズンの側で突っ立ったまんまの僕に、アップルが駆け寄ってくると怪訝そうに言う。それに一言答えると僕はライム達の下へと歩いて行った。
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