第十一章 地底湖と古代亀
あれからライムが目を覚ますと自慢話が始まった。
彼の新技によりあっさりと巨大くらげミルフィーユが倒された事実を認めたくない僕は、魔物が再び動き出しはしないかと願を込めてそちらを見やる。
「なっ……」
「セツナ。何かあったの」
ミルフィーユを見た僕はその光景に疑いと訝しい思いでそれを凝視した。
僕の発した声に気付いたアップルが言葉をかけてくる。
「ええ?! 皆、ミルフィーユが」
僕の視線をたどって魔物を見たのだろうアップルも驚愕の声をあげて皆を呼ぶ。
「アップル、ミルフィーユがどうかしたの」
「兎に角。皆ミルフィーユを見て」
不思議そうに尋ねるピーチに彼女は必死で言葉を放った。
「う、うん。……って、ええ!?」
「な、何で」
困惑した様子のライムが答えると僕等の目線の先にいる魔物を見て驚く。タルトも不思議そうな声を上げる。
「ミルフィーユが小さくなってる」
訝しげなレモンの小さな声が、静かな空間に零れた。
僕達の視線の先に倒れているミルフィーユは普通のくらげと同じ大きさにまで縮んでいたのだ。
「……調べに行く」
一言呟くと死骸に近付きその姿を確かめる。ライム達の足音が聞えてくると、僕の背後に気配を感じた。おそらく僕の背後から魔物を覗き込んでるのだろう。
「あれ。……このくらげどこかで見たことがあるような」
「分かった。岩場に生息しているキノコくらげだ」
訝しげな様子でピーチが言うと、答えが分かって嬉しいと言わんばかりにアップルが大きな声をあげる。
「キノコくらげって、比較的温厚でおとなしい性格をしているから、めったに人を襲うことはないって聞いたことあるけど」
「海から流れてきて環境の変化で凶暴化した……って事じゃないのか」
タルトの疑問にライムが自分の考えた事を口に出す。
「っ」
「ま、また地震」
突如床が激しく横に揺れ出したため僕はバランスを崩さないように足を踏ん張った。レモンが不安げな声で呟く。
「え、きゃあ」
「な、床が抜けた~」
「お、落ちる」
ピーチが立っていた所に亀裂が入ると、次第に辺りへと広がり、ミシリという嫌な音と共に床が崩れ始める。
それに気付いた所で時既に遅く、タルトとライムの言葉を最後に僕達は下へと落下して行った。
「み、皆。無事か?」
薄暗い空間に誰かの声が響く。声質からしてライムが言ったのだろう。
「何とか……」
「あれ、ディジャブ……」
その言葉にタルトが返事をすると、アップルが不思議そうに声をあげた。
「……ここは」
「地底湖みたいだね」
レモンが辺りを見回しながら言う。僕は時おり聞えてくる水滴の音と薄暗い空間から推測してそう答える。
「神殿の下に地底湖があったなんて」
「まぁ、水の神殿自体不思議な作りだったから、地底湖があっても驚かないけどね」
ピーチの言葉にアップルがからからと笑いながら話した。
「魔物の気配がする」
「「「「「え?」」」」
僕の言葉に皆が呟くと目を閉じ、神経を研ぎ澄ませて辺りの気配を確かめる。
「……本当だ。神殿内では魔物の気配がなかったのに」
「それに奥の方から強大な魔力を感じる……」
アップルが目を開くと静かな口調で話す。タルトが不安げに顔を曇らせ、いつもより低い声で呟いた。
「ここを出るためにもその方向へ行くしかなさそうだね」
「警戒しながら前へ進もう」
僕の言葉にライムが頷くと皆の顔を見回しそう話す。僕以外の皆はそれに小さく頷くといつでも戦えるように武器を構えた。
「それじゃあ、行くぞ」
「あ、待って。その前に……フィールド・ライト」
彼がそう言うと前を向きやり一歩を踏み出す。
その時ピーチがその行動を止める様に言うと、神経を集中させて詠唱魔法を発動させた。すると辺り一面が淡い光に照らし出される。
「こっちの方が歩きやすいでしょ」
彼女がおどけた様にウィンクして言うと小さく舌を出した。
それから僕達は時折襲い掛かってくる魔物と戦いながら道なき道を歩き続けていく。
「それにしても肌寒くない」
「地下だし、水気もあるから冷えるんだよ」
アップルが言うと小さく身震いした。そんな彼女へ向けてタルトが苦笑しながら言う。
「皆。しっ~。……奥から音が聞えてくる」
ライムが歩を止めると囁く。その言葉に皆が口を閉ざし耳を澄ませた。
「……足音」
微かだがズシンズシンという物音が聞えてくる。それにピーチが眉をひそめてそっと呟く。
「……魔物か?」
「それは分からないけど……。足音からして大きな生き物であることは確かだ」
タルトが誰に聞く訳でもなく、自然と疑問系で話す。それにライムが答える様に静かな口調で言うと前方を見据える。
「行くしか……ないですよね」
レモンが怖々とした調子で呟く。周囲を見ても足音が聞えてきた方角以外に行けそうな道はない。
「何がいるか分からないけど、前に進むしかない」
ライムが一度大きく深呼吸してから力強く頷き、そう言うと止めていた足を再び動かした。
「うぅ。どんどん足音が大きくなってくよ……」
「あの……気のせいかもしれませんが、魔物の気配がしなくなったように思いませんか」
アップルが強張った表情で呟く。そこにレモンが辺りを見回しながら口を開いて、皆に確認するように尋ねる。
「そういえば確かに……」
「魔物がいなくなるなんて……何か嫌な予感がするわ」
訝しげな様子で囁くタルトの言葉に続けて、ピーチも不安げな声を上げた。
「ここで考えてたって仕方ないでしょ。……前に進むしかないんだからさ」
「そうだな。……セツナの言う通りだ。用心しながら先へ進むしかない」
立ち止まり不安げに前方を見ているだけの皆の様子に不機嫌になりながらも、淡々とした口調で言い捨てる。僕の言葉にライムが一つ頷きそう言うと歩き始めた。
僕達は出切るだけ物音を立てない様に用心しながら前へと進んでいく。
「あ、皆。隠れて。隠れて。」
そこに何かを見つけたらしいライムが、慌てた様子で僕達を岩陰へと押しやった。
「な、何」
「し~。ここから前を覗いて見てみろよ」
唐突な彼の行動に驚いたピーチが尋ねる。ライムはそれには答えずに、前方を見るよう顎で指示した。
僕達は言われた通りに岩陰から顔だけを覗かせてそれを見やる。
するとそこには十メートルくらいはあるだろうか。巨大な体格のゾウガメの様な感じの亀の背中があった。
どうやら僕達には気付いていない様子でのんびりと食事をしている。
「あれは……亀?」
「大きな亀さんですね~」
アップルが目を瞬かせながら小声で言うと、レモンも亀の大きさに驚き呆けた顔をしてそう呟いた。
「あの亀は」
「え、ピーチ何か知ってるの」
ピーチが亀を見詰めながら目を丸くする。その様子にタルトが怪訝そうに尋ねた。
「ええ。数十メートルもある巨大な体格に、突起がある硬くて丈夫な甲羅……間違いない。あれは古代亀レーズンだわ」
「古代亀レーズン?」
興奮した様子で捲し立てて喋った彼女の言葉に、ライムが不思議そうに首を傾げて亀の名前を復唱する。
「ピーチはどこでレーズンの事を知ったの」
「え? ええっと……昔読んだ書物の中に書かれていたから知っていたのよ」
僕が問いかけた事が予想外だったのか、ピーチが一瞬驚くと質問に答えた。
「ふ~ん。……それでどうしてあれがそのレーズンだって分かったの」
「それは、本に描かれていたレーズンと特徴が同じだったから」
僕が続けて聞くと彼女が間違いないといわんばかりに自信満々な表情をして言葉を返す。
「で、レーズンについて本にはどんな事が書かれてたの」
少しでもレーズンについての情報が欲しい僕は更にピーチに問いかける。
「えっと……レーズンは約五百万年前から生きている古代生物で、地底深くに暮らしている……」
「それはどうでもいい。僕が聞きたいのは、レーズンの性質とか、遭遇した場合の対処法とかだよ」
すると彼女が本の内容を思い出そうと頭を捻らせながら喋り出す。が、僕にとってはその辺りの話は別に如何でもいい事だ。ピーチの話しを遮ると、僕が聞きたい事を具体的に伝える。
「えっと……性質は比較的に穏やかで、危害を加えない限りは襲ってはこない」
彼女が目を閉じると静かな口調で話し始めた。
「……それで、もし遭遇してしまった場合は、レーズンを怒らせない様に気を付けながらその場から立ち去ること……って書いてあったわ」
「成程。大体の事は分かった」
ピーチが語り終えると目を開き僕の顔を見やる。話しを聞き終えた僕の頭では次にどうすれば良いのかを考え始めていた。
「今の所レーズンは僕達には気付いていない。……と言うことは相手に気付かれる前にここから離れれば良いんじゃないかな」
「確かにタルトの言う通りだね。上手く岩陰に隠れながら前に進んでいけば、奥に行けるはずだよ」
今まで黙って話しを聞いていたタルトが、皆の顔を見回しながら提案する。その言葉に真っ先にアップルが賛同の声をあげた。
「私もタルトさんの意見に賛成です。相手が襲ってこないのなら、戦う必要なんてないですからね」
「それにレーズンはとても強いらしいから、出切る限り戦闘を避けるべきだと私も思うわ」
レモンが小さく頷き両手を胸の前に宛がい言う。ピーチが右手の人差し指を突き立てると、真面目な顔をしてそう話した。
「セツナはどう思う?」
「……僕は早くここから外に出たいだけだ」
なぜわざわざ僕に意見を求めるのか、全く理解できないが、ライムが聞いてきたため仕方なく答える。
「分かった。……俺もタルトの意見と同じ事を考えていた」
彼が僕達の顔を見回し一つ頷くと、レーズンに気付かれないようにと小さな声で話す。
「なら満場一致だね。レーズンに気付かれる前にここから離れよう」
タルトの言葉にライム達が頷くと前方へと向きやり、魔物の後ろに続く道を見据えた。
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