第十章 水の神殿
僕達はフレン湖から西に歩いて行った所にある水の神殿へと繋がる水路の前へとやって来た。
「この水路の流れに沿って行けば、水の神殿に入ることができます」
「水の中に入らないと行けないなんて、何でそんな変な所に神殿を建てたのかしら?」
サヨリの話しを聞くとピーチが複雑そうな表情になり小さく愚痴る。
「私のお婆様から聞いた話しでは、かつてこの辺りには水の中に住む種族。マーメードが暮らしていたんだと。水の神殿を建てたのも彼等だって聞いています」
「だから水路を通って行くしか方法がないのか」
彼女の言葉にタルトが納得した様子で頷く。
「この先は危険なので、皆さん気をつけて」
サヨリが心配そうな表情で僕達を見て言う。まぁ、僕にとっては彼女の思いなどどうでも良い事だけどね。
「ああ。ここまで案内してくれて有り難う」
ライムが礼の言葉を述べ終えると水の中へと飛び込む。僕達は彼に続いて次々と水中へと入っていった。
「水の流れが思っていたより速いですね」
「水路も真っ直ぐ続いてるみたいだし、これなら体力をあんまり消費しなくてすみそうだね」
レモンが水の流れに押されて、時折溺れそうになりながら声を発する。アップルも僕達に聞えるように大きな声でそう話す。
暫く進んでいると今まで以上に水の流れが速くなった。
「み、皆。前!」
「えっ」
一番先頭を泳いでいたライムが切羽詰った声をあげる。その言葉に反応してタルトが前方を見やった。
「た、滝~!?」
アップルの悲鳴に近い声が発せられる。
前方には水路はなく水の流れはそのまま重力にしたがい下へと急激に落下していた。
「滝があるなんて聞いてないわ」
僕の前でピーチが甲高い声で叫んだ。そのためうるさくて耳が痛くなった。
「「わ、わぁ~」」
「「「きぁあ~」」」
皆が悲鳴をあげながら滝下へと落ちていく。
僕は悲鳴をあげる事はなかったが、次に来る衝撃に備え落下しながらも体制を整えていった。
「っ……はぁ」
僕は水面に叩き付けられるとそのまま動きにしたがい一瞬水の中に沈み込む。
「っ……ゴボボボ。っはぁ~。っはぁ~」
「げほげほ。……皆大丈夫」
ライムが水中で溺れかけて慌てて浮上すると大きく息を吸い込んだ。
その反対側からピーチが噎せ返りながら皆へ向けて声をかける。
「大丈夫だけど少し水を飲んじゃった」
「う~。鼻がツンとするよ……」
彼女に言葉を返すタルトの横でアップル眉間にしわを寄せながら呟く。
「レモンも大丈夫見たいね」
「うん。ちょっと溺れかけたけど大丈夫だよ」
ピーチがレモンの姿を確認すると安堵した表情で言葉を漏らす。それに彼女が大きく頷くと笑顔で答えた。
「セツナも無事みたいだね」
「当たり前でしょ」
ライムが僕の顔を見るとにこやかに微笑み声をかけて来る。そんな彼から顔を背けると僕は短く言葉を放った。
「そんな事よりここは水の神殿の中みたいだよ」
「「「「「え?」」」」」
僕の言葉にライム達が驚き辺りを見回して呆気にとられた表情をする。
「天井がある……」
まるで滝壺を包み込むかの様にドーム状になっている屋根を見上げながらタルトが言った。
「わぁ~。凄く綺麗な色です」
大理石のような白っぽい石で作られている天井にレモンが感嘆の声を上げる。
「ねぇ。いつまでここに留まっているつもりなの?」
「あ、それもそうだね。皆風邪引いちゃうかもしれないし、そろそろ水から上がろう」
いつまでも先へ進みそうにない皆の様子に、僕は淡々とした口調で言う。
それにライムが今気が付いたと言わんばかりに頷くと陸地へ向かって泳いで行く。
それから僕達は服が乾くのを待ってから神殿内を周囲に警戒しながら歩き始めた。
「ミルフィーユはどこにいるんだろう」
「どこにいたとしても直ぐに戦えるように警戒しながら行かないとね」
暫く前に進んでいくも魔物の気配もしなければ、ミルフィーユの姿すら見えない様子にライムが呟く。そんな彼の言葉にアップルが注意するように言った。
(……静か過ぎる)
僕は訝しい思いに内心で言葉を零す。
聞いた話しが本当ならミルフィーユは巨大な魔物。それならその気に引かれて他の魔物達もこの神殿内に入り込んでいるはず。
(……にもかかわらず何の気配もしないなんて可笑しい)
「あ、扉だ」
考え込んでいる僕の耳にライムの声が聞こえてきたためその言葉に反応して前を見る。
「やっぱり神殿だけあって立派な扉ね」
「装飾用に細かく彫刻が施されているなんて、これを作った人は凄いですね~」
ピーチがうっとりとした様子で扉を見詰めて言った。レモンも同じようにそれを見やりながら感動の声を上げる。
「よし、それじゃあ開けるぞ」
ライムが言うと自分よりも大きくて重たい扉を押し開けた。
「ここも凄く綺麗な作りだね~」
「わぁ。ひろ~い」
部屋の中へ入った途端にタルトが金色の模様で施された白い石の壁を見やるとそう言う。アップルがその横へ並びやると辺りを見回しながら大きな声を出した。
「火の神殿も凄かったけどここの方がなんか本当に神殿って感じで凄いな」
「うん。本当に凄いですよね」
ライムとレモンも感激して大きな声で話す。
そんな皆の声が部屋の中で反響して余計にうるさく感じる。
「うるさい……」
僕は耳を塞ぐと小さく毒付きライム達を睨み付けた。
「っ」
不意に湖に来た時と同じ様な悪寒が走り僕は辺りを見回す。
「セツナ。どうし……わぁ」
「きゃあ。じ、地震?!」
僕の様子に気付いたライムが声をかけようと口を開くが、急に地面が大きく揺れた為驚く。ピーチも悲鳴を上げながらバランスを崩さない様にと必死でその場で足踏みする。
「何だ。床が動いてる」
「あ、あれは何でしょう」
タルトも態勢を保つ為に姿勢を低くしながら、大きく歪み始めた床に驚きの声をあげた。レモンがアップルに支えてもらいながら部屋の中央へと指を示し尋ねる。
「あれがミルフィーユ」
床の一部が突出し浮かび上がると、それは見る見るうちに青白い色へと変わり、巨大なくらげの魔物の姿へと変貌した。
そのあまりの大きさにアップルが呆気に取られた様子で驚きの声を上げる。
「そうか。……奴はこの部屋の床の色に合わせて擬態していたんだ」
「と、兎に角。皆、戦闘の準備だ」
僕は小さく舌打ちをするとそう言いながら大剣の柄を握り引き抜く。ライムが慌てた様子で皆へ向けて声をかけた。
【グゴゥ……】
「ひぃ。あれ触手じゃなくて目だったの」
床に垂れ下がるように伸びていた触手のような物が浮き上がると、そこには金色の目玉がありその瞳を怪しく光らせながら僕達の様子を確認するように見やる。それに対してピーチが小さく悲鳴をあげると一歩後ずさった。
【グギ】
「効かないよ。……はっ」
ミルフィーユが巨大な触手でこちらに攻撃してきたが僕はそれを簡単に避けると、地を蹴り上げ勢いをつけてそのまま武器を振り下ろし斬り付ける。
【ギィ】
「私も。
僕の攻撃で触手を切られた魔物が悲鳴をあげて身悶える中、アップルがタメ技を食らわせた。
【ギィ。……グゥ】
「ひぁっ」
ミルフィーユがそれを食らい悲鳴をあげるも、体勢を立て直し触手を伸ばして彼女へ突き攻撃をする。
アップルはそれを受けて小さく声をあげながら飛ばされるも、途中で跳躍して体制を整え立て直す。
「ライト・アロー」
「ラングウィドレイン」
【ギィ】
ピーチの技とレモンの援助魔法の黒い雨がほぼ同時に魔物の頭上へと降り注ぐ。
幾つもの光の矢が身体を貫くと相手は苦しげな声をあげた。
【グギ】
「させない! たぁ」
ミルフィーユが背後にいるメンバーへと向けて攻撃しようとすると、それを阻止する為にライムが詠唱を途中で止めて剣で触手を弾く。
「そうだ、あれを試してみよう」
「ライム。あれって何の事」
背後で再び詠唱を始めるのかと思いきや、そうではない様で彼がそう言った。その言葉にタルトが不思議そうな声で尋ねる。
「この前新しい技を考えて練習したんだ。それを試そうと思って」
「上手くいくの?」
ライムの言葉にアップルが不安げな様子でそう聞いた。
「上手くやってみせる」
「分かった。私達が援護するからやってみて」
自信満々に言い放った彼の言葉に彼女が頷くと背後へと退く。僕も新しい技とやらに興味を持ったのでライムの後ろへと下がった。
【グゴゥ……】
ミルフィーユが一人前に出て来た彼に警戒して、様子を窺うように動きを止めライムを見詰める。
「すぅ……」
彼は軸になる方の足を前に出すと、剣を横向きに構え神経を統一させる為に大きく息を吸い込んだ。
「食らえ、大回転切り!」
【グギイイィ……】
ライムがそう言い放つと大きく回転しながら剣を振り回す。
その攻撃を食らった魔物は悲鳴をあげながら一メートル先へと飛ばされ床に叩き付けられ倒れ臥した。
「わお。ライム凄いよ」
「ほんと、ミルフィーユを吹き飛ばすなんて凄いわ」
タルトがその様子を見て指鳴らしをして喜ぶ。ピーチも言うと拍手した。
「と、止まれない~。ぎぁ!」
「……やると思った」
ライムが勢いよく回転していたために止まる事ができず、そのまま壁の方へ向けて突っ込み、頭を打ち悲鳴を上げて床にしゃがみ込む。
僕はそっと呟きを零し首を横に振ると、ミルフィーユの様子を確認するため見やった。
「……あれで倒したのかと思うと複雑」
既に事切れている魔物の様子に頭痛を覚えながら小さく愚痴をもらす。
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