第九章 ムーズ村
僕達がシュナック村へと戻るとナンが邪竜を倒してくれたお礼ということで、彼の家に招待されその日はそのまま一晩泊めてもらう事となる。
その日の夕食は少し豪華になっていてちょっとした祝賀会となった。
「久々にまともな夕食だったな」
「そうだね。奥さんの料理、とっても美味しかった~」
貸し与えられた部屋のベッドに横になりながらライムが言う。
その言葉にアップルも大きく頷き同意すると、料理の味を思い出して幸せそうな笑みを浮かべた。
「それに、こんなフカフカなベッドで寝るのも久々だよね」
「そうね。やっぱり硬い地面で寝るよりも落ち着くわ~」
タルトが言い終わると今度はピーチが口を開いて彼に相槌を打ちながら話す。
(……うるさい)
騒いでいる皆へ向けて内心で呟くと、声を遮断するように布団を頭まで被り睡魔がくるのを待った。暫くすると僕は眠気に襲われ目を閉じる。
三歳のころから体を鍛え体力作りをしていた僕だったが、流石に今回ばかりは疲れ果ててしまい、その日は深海の底に沈むような眠りについた。
「次はどこに行く気なんだ」
翌日。旅支度を整えた僕達が広場へとやってくるとそこには村人達が集まっていて、こちらに気付いたナンが声をかけてくる。
「山を越えた所にあるムーズ村へ行くつもりです」
「そうか。イーグズ山の近くに、フレン湖へ繋がっている抜け道がある」
ピーチの言葉に彼が一つ頷くと僕達の顔を見やり話し始めた。
「そこから村は直ぐだ。まぁ、二日もありゃ辿り着けるはずだ」
「有り難う御座います」
ナンの言葉にライムが礼を述べると軽く頭を下げてお辞儀する。
こうして村を出た僕達は次の目的地であるラクトム族が住むムーズ村へと向けて北北東へと足を進めた。
「ナンさんが教えてくれた抜け道って、ここじゃないですか」
「ホントだ。この前山に来た時は気づかなかったけど、確かに道が続いてるね」
山の近くまで来た時にレモンがそう言ってある場所を指し示す。
その指を辿りそちらへと視線を向けたタルトが大きな声で言った。
「どうやらこの道は森の中に続いているみたいだね」
「それじゃあ、森を抜けた所に湖があるのかな」
道の少し先を見ながら僕が言うとそれにアップルが不思議そうに尋ねてくる。
「そうなんじゃないの。さっさと行くよ」
僕はそれに適当に答えるとライム達を睨みやり先を促す。
「森の中には特に危険な魔物はいないみたいだね」
「食べられそうな木の実や草も生えてるし、食料調達も兼ねながら歩いて行こうよ」
森の中へと入った僕は直ぐに辺りの気配を探り、さして危険がないことを確認すると淡々とした口調で呟く。
その僕の前ではライムが周囲を見回しながら皆へ向けて声をかけていた。
「よ~し。それじゃあフォリスト探検開始だぁ」
背後からアップルの明るい声が聞こえてくる。そちらを見やると彼女は左手の拳を空へ向けて左右に振り回していた。
「アップル楽しそうだね」
「でも私もワクワクしてきました」
アップルの様子にタルトが言うと微笑する。その隣ではレモンが楽しげに満面の笑みを浮かべて、彼女のまねをして右手の拳を空へと突きつけていた。
それから僕達は食料を調達しながら森の道を歩き続けて二日後熊などに襲われることもなく無事にフレン湖まで辿り着く。
「ここがフレン湖か~」
「わ~ぁ。綺麗な湖ですね」
ライムの声に反応して僕の後ろを歩いていたレモンが先頭まで駆けていき、湖を見詰めて大きな声をあげた。
「あれ、湖の上に何か見えます」
「え?」
怪訝そうな彼女の言葉にピーチが前方に広がる湖を見据える。
「何かしら。建物のようにも見えるけれど……」
「そっちに行ってみようよ」
彼女の言葉にタルトが嬉々とした様子で僕達を見やり言う。
「うん、行ってみよう」
ライムも興味津々といった表情で言うと駆け出していく。
「……っ」
僕も歩き出そうとしたその瞬間。不意に悪寒が走ったためその場で足を止めると辺りを見回す。
「セツナどうしたの」
「……何も」
そんな僕の様子に気付いたピーチが怪訝そうな表情で尋ねてくる。
それに僕は淡々とした口調で言うと、止めてしまった足を動かしライム達の後に続いていった。
「あ、見えてきた」
「建物だよね。でもどうやって水の上に建てたんだろう?」
前方を見据えながらアップルが言うと、タルトもそれを見詰め不思議そうに呟く。
「あ。立て札があるよ」
「ムーズ村……どうやらここが目的地みたいだね」
ライムが湖の端に立っている看板を指差す。僕は黒墨で書かれてあるハイルーン文字をそのまま読み上げると皆を見やり言った。
「フレン湖からは直ぐだってこういう事だったんですね」
「そのようね」
レモンの言葉にピーチが小さく頷き返答する。
「あそこに橋が架かってるから、そこから村に入れるみたいだね」
僕は言うとライム達へ向けて「もたもたしないでよね」という含みを込めて睨みやった。
「さ、さあ。皆早く行こう」
「「「「う、うん。行こう、行こう」」」」
その眼差しの意味を瞬時に理解してくれたみたいで、ライムが慌てた様子で言うと、ピーチ達も頷き足早に歩いていく。
「ムーズ村へようこそ。何もないところだけれど、ゆっくりしていってくれ」
橋を渡った先にある入口付近に立っていた門番の男が僕達に気付くと笑顔でお決まりの台詞を言ってきた。
「……ずいぶんと重装備みたいだけど、こんなへんぴな所でも魔物が襲ってくるの」
「ちょ、セツナその言い方は失礼だぞ!」
僕は彼の装いを見やり思った事を口に出して言う。するとライムがこちらを向きやり目を吊り上げて怒鳴る。
「間違ったことは言ってない」
「もう。セツナは言葉遣いを何とかするべきだよ」
僕は不快な思いで淡白に言うと彼が更に激怒して大きな声を上げた。
「……ここ最近このフレン湖に魔物が現れるようになって、そいつがいつ襲ってきても戦えるように武装しているのだ」
「へ、ここにも魔物が出るんですか?」
僕達の遣り取りを見かねたのか男が仲裁するように話す。その言葉にアップルが驚愕の表情で尋ねる。
「すまないが今は仕事中であまり話しをしていられないんだ。詳しい話は村長に聞くといい。村長の家はここから見えるあの巨大な建物がそうだ」
彼がそう言うと建物を見やった。
「分かりました。行ってみます」
「お仕事中に失礼しました」
その言葉にタルトが答えるとレモンもそう言って頭を下げる。
「……お人よしも面倒この上ないよ」
僕は村の中へと入っていくライム達を睨め付けるように見やりながら重たい溜息を吐く。
「……この「モノ」の正体がわかる日が本当に来るのだろうか」
誰にも聞き取れない程の声音でそっと呟きを零す。
この「モノ」の正体を知ろうとする事になぜ僕はこだわるのだろう。
「……必要ない?」
この世界にいる意味などないのだから、これに執着する必要なんてないのかもしれない。
「……なのにどうして」
それでもこの「モノ」に対する思いを捨てれないのはなぜなのだろう。
「……分からないよ」
思考を巡らせれば巡らすほど頭が痛くなってくるため、もう考えるのは止めて僕は村長の家へと向けて無心で歩いて行く。
「あの。門番の人から魔物が出るって話しを聞いてここに来たのですが……」
「うむ。……ある日フレン湖の近くに巨大くらげミルフィーユが現れてのぅ。それ以来水の神殿内に住み着き、この辺りの生態系を侵しておるのじゃ」
あれから直ぐに家へと辿り着いた僕達は村長のオオバから話しを聞いていた。ライムの言葉に難しい表情で彼が答える。
「え、でもクラゲって本来は海の生き物ですよね」
「む~。どうやらミルフィーユは海からこの湖まで流れ着き、淡水に適応するよう生態が変化したようじゃのぅ」
ピーチが驚き尋ねるとオオバが低く唸り声を上げてそう言うと盛大に溜息を吐く。
「このままでは湖に住む魚が全て食べられてしまう……困ったものよのぅ」
「そんな……オオバさん。なら僕達がそのミルフィーユを倒しに行きます」
眉間にしわを寄せて苦悩する彼の様子にタルトが一歩前に出て宣言する。
「君達が? 幼い子どもにそんな危険な事を頼む訳にはいかぬ」
「俺達はここに来る前に、古代竜ビビンバと戦いそいつを倒しました。だから……巨大くらげだろうと何だろうと大丈夫です」
その言葉にライムが自信満々に言い切ると強い眼差しでオオバを見詰めた。
「何と、あの古代竜を倒したと?! う~む。だが……しかしのぅ」
彼がビビンバを倒したことに驚くも、僕達の顔を見回し何事か考え込む。
「私達は子どもだけれど、皆と一緒ならどんな強い魔物とだってきっと戦えます。だから……私達に任せて下さい」
「……うむ。背に腹は変えられぬのぅ。……わかった。うぬは君達を信じミルフィーユの事は任せよう」
レモンの言葉にオオバがいろいろと悩んだ末にそう言って承諾した。
(信じるだって。……バカだね。人は簡単にその信頼を裏切るのに)
僕は内心で嘲笑った。ライム達や今まで出会った奴等もそしてオオバもどうしてそんな風に人を信じようとするのだろう。
「水の神殿まではサヨリ。お前が案内してやれ」
「はい。お父様。……皆さん宜しくお願いします」
僕がそんな事を思っている最中、彼がそう言って娘のサヨリを見やった。
オオバの言葉にサヨリが返事をすると瞳をこちらへと向けやり柔らかく微笑む。
こうして僕達はミルフィーユを倒すために水の神殿へと向かう事となった。
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