第四章 宿屋での一時

 ラムール城下町に一軒だけある宿屋に僕達が到着したのは日もかげり始めた頃だった。


「いらしゃい。貴方達の事は女王様の使いから聞いてるよ。部屋を用意してあるから、ゆっくり休んでいってね」


「有り難うございます」


経営者の女将が営業スマイルで話すと、それにライムが笑顔で礼を述べる。


(……何でライムは笑っているの?)


宿屋の店主はお客だから愛想良く笑っているだけ。他の奴等だってそうだ。笑顔の裏に隠された本心では何を思っているか分からない。


偽りの馴れ合いなら必要ない。……それなのに皆はどうしてそんな風に接しているの?僕には分からないよ。


「御代は一泊五人で千R(一人二百R)の所を半額の五百Rでいいよ」


「分かりました。……良かった。精霊様から貰ったお金で足りそうだ」


彼女の言葉にライムが財布の中に入っている硬貨を数えると安堵した様子で言ってお金を渡す。


この世界の単価はR=ルーンで数え、僕が前にいた世界でいうと一R=十円だ。つまり五人で千R=一万円。一人二百R=二千円って事になる。その半額だから五百R=五千円となるので一人あたりが千円だ。この世界の相場は知らないけどまぁ妥当なんじゃないの? この世界に大人料金とか子ども料金とかで区別はないみたいだし。当然シニア料金も無い。それにしても十進法なんて単純すぎだよ。


「そうかい! ちなみにうちは朝夕の食事つきだけど、風呂は付いてないからね。部屋に湯を運んであげるよ。ただしその場合は別にお金が掛かるからそのつもりでいてね」


「おばさん有り難う。お風呂はいいや。ここに来る前に川で水浴びをしたから」


女将の言葉に彼が笑顔で答える。その際にピーチが少し嫌そうな顔をしてライムを睨んでいたけど、僕にとってそれはどうでもいい事だ。


「流石……確りしているよ」


店主へ向けてタルトが呟きを零していたが当然それも聞き流した。


「セツナ。夕飯を食べに一階の酒場へ行きましょう」


「……酒場」


ピーチの言葉に僕は小さく復唱する。


(なぜ宿屋なのに酒場……)


「どうしたの?」


「何も」


訝しげな顔をしているであろう僕の様子に、彼女が首を傾げながら声をかけてきたため短く答える。そしてさっさとその場から歩き去り廊下へと出て行った。


「成程。宿屋兼酒場だったわけか」


周りの客達の話しに聞き耳を立てていた僕は一人納得して頷く。


「酒場なら……」


独り言を呟きながら夕食の席でご飯を食べ進める。


「ん、セツナ。何か言った?」


「情報を得るには持ってこいの場所だと思ったのさ」


向かい側に座って食事をしていたタルトが僕の呟きに気付き尋ねてきたので、仕方なく考えた事を話して聞かせる。


「ああ、そうか。確かに情報を得るにはいい場所だよね」


彼が成程といった様子で何度も頷く。


「それなら食べ終わったらいろいろと話しを聞いてみようよ」


「そうね。次の目的地を決める事もできるしね」


ライムの言葉にピーチも賛同して頷いた。


「ねぇ、その話し、私も混ぜてよ!」


「えっ」


僕達が座っている席に人影が差したと思ったら、頭上から少女の明るい声がかけられる。それに驚いたレモンが目を見開きその人物を見やった。


「アップル」


「ふふ。久しぶり、驚いた?」


唖然とした様子でライムが声をあげると、彼女が楽しげに笑いながら僕達を見回し言う。


「どうしてアップルさんがここに?」


「精霊様から話しを聞いて追っかけてきたの。皆私だけ除け者にするなんて酷いな~」


レモンの問いかけにアップルが答えると意地悪くウィンクする。


「別に除け者にしたわけじゃ――」


「あの場にいなかった君が悪い」


タルトの発言に被せるように僕は冷たく言葉を吐き捨てた。


「セツナ……」


僕の言葉に慌ててピーチが諌めるように名前を呼ぶが、間違った事は言ってない。


「相変わらずキツイお言葉だね」


「アップルはずっと仕事の都合で村を離れていたんだから仕方ないだろ」


僕の発言に気にした様子もなく、からからと笑いながら彼女が言う。


タルトが一つ溜息をはき僕に話すが、それが何の理由になるというのだろうか。いなかったことは事実だし、それを除け者扱いする方がおかしいよ。


「まぁ、それでさ。私もこの旅のメンバーに加えてもらおうかと思ってるんだけど問題ないよね?」


「ああ。勿論さ」


アップルの言葉にライムが一つ頷き賛同した。


「アップルさんがいてくれれば、更に心強いです。ね、お姉ちゃん」


「ええ。そうね」


レモンも笑いながらピーチに同意を求め、それに姉も微笑みを浮かべて答える。


(……めんどくさい)


ライム達でさえ面倒なのにそこへ更に騒がしい奴が増えたという事に小さく溜息を零すと不満な思いで彼等を睨めつける。


そんなやりとりをしながら夕食を食べ終えた僕達は、酒場に来る冒険者や常連客。さらには店の従業員達にも話しを聞いて回り情報を集めることに成功した。


貸し与えられた客室へ戻ってきた僕達は地図を囲い、次に行く場所を決めるための話し合いを始める。


「それじゃあ集めた情報をまとめようか」


「ここからだと次は……ガイアーナ族が住んでいるっていうシュナック村へ行くのが一番近いようね」


ライムの言葉にピーチが地図を眺めてそう話す。


「えっと……この町を出て北北東に進んでいった高山地帯にその村はあるみたいよ」


「だとするとその次は山を越えた先にある湖の近くにある村へ行けばいい」


地図と睨めっこしながら呟く彼女の言葉に、既にこの辺り一体の地理を頭の中で覚えている僕はその先の目的地を口に出し伝えた。


「ホントだ。山を越えた先に小さな村がある」


「地理に詳しいなんてセツナ凄いや」


地図を眺めながらアップルが声をあげると、ライムが感心しきった様子で言う。


「……他の情報もいろいろと整理が必要だね」


それには何も答えずに、今日仕入れた情報をさっさと整理するべく僕は話しを進めさせていった。


全ての情報を整理し終えると次の目的地であるシュナック村まではかなり距離があるので、翌日の早朝に宿を発つように話して聞かせる。それにライム達は同意して頷く。


こうして話しが決まると僕達は明日の出発のためにその日は眠りについた。

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