第二章 旅立ち
行く気なんてさらさら無かった。なのになぜ僕の足は彼等との待ち合わせ場所へと向けて進んでいるのだろう?
「分からない……」
自分の事なのにこの感覚に対する答えが見つからなくて苛立ってくる。
「……確かこの辺り」
ライムが言っていた待ち合わせ場所の周辺に来ると切り株を探して辺りを見回す。
「っ」
「わぁ!?」
不意に感じ取った嫌な気配の方角へと僕は勢い良く顔を向ける。するとそちらから悲鳴のような少年の声が聞こえてきた。
「っ!」
僕は弾かれたようにその場から走り出すと声が聞こえた方角へ向けて進んで行く。
「な、何だ、こいつは?!」
「お姉ちゃん……」
「レモン。絶対に離れちゃ駄目だからね」
楠林の向こうからライム達が声を上げている姿が見えた。
僕は走る速度を更にあげると、普段から持ち歩いている木刀に手を添える。
そして僕はピーチとレモンを庇う男子二人の前へと瞬時に駆け込み、目の前で大きく頭を振るう巨大な蜘蛛の魔物へと向けて居合い切りを食らわせた。
【グギャ】
「セ……セツナ?!」
悲鳴をあげて地に伏す魔物を一瞥していると背後から間の抜けたライムの声が発せられたので、そちらに視線を移し変える。
「えっ」
「セツナさん?」
彼の言葉に反応してピーチとレモンも男子二人の後ろから顔を覗かせて僕
を見詰めて呟く。
【ギィィ】
「っ。また来た!」
暫く倒れたまま動かなかった魔物が体勢を立て直し再び襲いかかって来る。その様子にタルトが警戒して叫ぶように言う。
「……しつこいな」
【ギャァ】
あのまま諦めて立ち去れば良いものを再び襲いかかってきた魔物へと狙いを定めた僕は急所突きを食らわせる。
悲鳴を上げて倒れる巨大蜘蛛を一睨みすると背後に立っている皆の方へと目を向けた。
「凄い……」
「やっつけちゃった」
ピーチとライムが唖然とした顔をして僕の後ろで倒れている魔物を見て呟く。
『ふぉふぉ。巨大蜘蛛を倒すとは流石は雪奈じゃ』
「精霊様!?」
淡い光を放ち現れた精霊が穏やかな眼差しで僕を見る。彼の登場に驚いたレモンが声を上げてそちらを見詰めた。
『ふぅむ。……どうやら世界に異変が起きているようじゃの』
「……」
髭を摩りながら唸る精霊へと僕は不快な思いで彼を睨みやる。
『そう嫌そうな顔をするでないわい。雪奈がここに着た意味を……知る時がきたのじゃ』
「僕がここに着た意味……」
精霊の言葉に僕は反応して小さく復唱した。
『この森を出て世界中を旅する……その時こそ雪奈がここにいる全てを知る時なのじゃ』
彼が言うとまた顎髭をさする。
「精霊様。それはどういう事」
「セツナはこの村の者じゃないって事なの」
その言葉にライムとピーチが口々に質問する。
『皆には内緒にしていたのじゃが、雪奈はエルフではない』
「え?!」
精霊の話にタルトが驚き目を大きく見開く。
「私やお姉ちゃん。タルトさんと同じ村の外から来た者って事ですか」
その隣でレモンが不思議そうに首を傾げながら尋ねた。
『それとも少し違う……ピーチとレモンは
天神族とは要するに神の事で亜神族とはその中の一部族のこと。容姿そのものは人間とまったく同じなのだが、その能力や生命力、そして寿命は全く異なっている。
ちなみにタルトは
この世界には他にも亜人族・精霊族・獣人族など様々な種族が存在している。
「要するに人間……亜人族って事でしょ」
『うむ……振り分け的には今はそこが一番近いかもしれんの』
彼の言葉に僕は答えるように話す。それに精霊が唸り声を上げると考え深げに呟く。
「それで分かった。だからセツナは長耳じゃなくて丸耳だったのか」
ライムが一人で納得したように何度も頷いていた。
『話が逸れてしまったが、徐々に闇の魔の手が忍び寄ってきておる……』
彼がそこで一旦口を閉ざしライム達の方を真っ直ぐに見やる。
『あの魔物もこの世界に異常が起きている兆しじゃ。お主等にはその正体が何なのか調べてきてもらいたい』
「俺達が?」
精霊の話に目を丸くしながらライムが呟く。
『そうじゃ。お主等にしかできん。ワシはこの森の外へ出て行くことができぬ。ゆえにお主等に調べてきて貰いたいのじゃ』
「そのような大役……私達にできるかしら?」
彼が小さく頷くと話しを続ける。その言葉にピーチが不安げな顔を精霊へと向けて言う。
『ピーチの知恵魔法とレモンの治癒魔法』
彼が優しい眼差しを姉妹へと向けて静かな口調で語りだす。
『ライムの魔法・剣術にタルトの闇魔法。そして雪奈の剣術……』
精霊が順番に僕達を見やると話しを続ける。
『お主等が皆で力を合わせれば何者にも負けず、何も恐れる事はない。…お主等ならできるはずじゃ』
彼が穏やかな眼差しで僕達を見て諭すように述べると柔らかく笑った。
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森の外へ繋がる洞窟の前には僕達を見送ろうと村中のエルフが集まっていた。
「ライム。確りやれよ」
「ああ。父さん分かってるって」
僕の前ではライムの父親が息子に別れの言葉をかけており、それに彼が答えている。
「ピーチちゃん。レモンちゃん。気を付けてね」
その隣では同じようにパン屋のおばさんがピーチ達に見送りの言葉をかけていた。
「はい。おばさん、行ってきます」
「……行ってきます」
それに確りとした口調で答える姉の横でレモンが涙を堪えた声で小さく返事をする。
「タルト、元気に頑張れよ!」
「うん。お前も元気で頑張れよ」
六歳くらいの男の子が涙を堪えてあえて明るい声でタルトに別れの言葉を交わす。それに彼が一つ頷き答えていた。
(僕がここに着た意味……って何なんだ?)
内心で言葉を発して考えるも答えが出て来るわけがない。
(この旅の果てにその答えがあると言うのだろうか。それに何の意味があると言うんだ)
訝しい事に自分でも感じ取れるほど額に小さなしわができていく。
(そもそも僕がここにいる意味なんて無い)
この世界にいなければいけない意味など皆無ではないか。
「セツナ。君も気を付けて」
考えにのめり込んでいた僕の頭上から声がかけられたので、そちらを一瞥すると道具屋の店主が笑顔でこちらを見ていた。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
彼に返事をする気がなかった僕はライムのかけ声に乗じてきびすを返し歩き出す。
「皆、元気で。さよなら!」
歩き去る僕等の背後で誰かの声が聞こえてきたが、僕は気にも留めずに足を進めた。
この旅がライム達にとって世界の命運を懸けた長い戦いの始まりになる事など今は知る由もなく。そして僕に科せられた運命の始まりであり、その果てにある結末が何であるのかを今は知る事もなく。
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