第一章 暗闇の中で

 ――誰も信じられない。信じてはいけない。人を殺し殺される……それが当たり前な世界。だからこそ僕は数え切れない程の人を殺して生き続けてきた。信じられるものなんて何もない世界で……――


「っ」


目を明けるとそこは何もない暗闇の中だった。上も下も分からない。そんな空間に僕は漂っている。


「……そうか」


そんな中でも一つ分かっているのは自分が死んだという事だけ。


「それにしてもあっけないな」


十六年間の人生もなんの感慨もなくその言葉で終わらせる。


「……」


なにも聞えない静寂の中。時間が過ぎているのかも分からない。感覚もなくただただ漂い続けるだけ。


『雪奈……君は沢山の人の命を奪った』


不意にどこからともなく謎の声が辺りに響き渡る。


『その罪は重く、けっして死んだからと言って許されるものではない』


「……」


男とも女ともつかない得体の知れぬ謎の声の言葉をなぜか僕は聞き入った。


『だからこそ君はこれから行く世界でその罪を償わなければならない』


「っ」


声が言い終えるのと僕の体が光に包まれるのとはほぼ同時だったような気がする。余りの眩しさに僕は瞳をきつく閉ざした。


「?!」


暫くすると瞼を閉ざしていても分かる程の日の光が差し込んできたので僕はゆっくりと目を明ける。


(ここは……)


見えてきた光景は風に揺られてさわさわと葉を擦り合わせる大木の枝だった。


『……雪奈あなたはとても遠い所からこの星に来たようだね』


「!?」


不意に大木から声が聞こえてきたので驚いてそちらを凝視する。


『私はこの樹の精霊だよ。驚かせてしまったかな』


「あぅ~! ……う!?」


大木から光が現れるとそれは白い髭を生やした老人の姿になった。その人物へと向けて言葉を紡ごうとした僕はなぜか喋れない。いな、赤ん坊になっているため話せないのだ。


『ふぉふぉ。今はまだ赤子じゃが時が来れば雪奈がここにきた意味が分かる日がくるじゃろう』


「……」


彼が優しく笑うと僕の瞳を見詰めて話す。老人の姿になった途端に口調や雰囲気が変わったのは仕様だろう。


『時が来るまで健やかにお育ち』


「……」


精霊が言うと僕の頭を優しく撫ぜる。そして僕はそのまま心地良い眠りの中へと落ちていった。


======

???視点


 草原を渡る風が僕の髪を優しく撫でていく。若草の香りを胸一杯に吸い込むと大きく瞬きをする。


「僕がやらなくてはいけない事……」


瞳を開くと小さく独り言を口に出す。


「それはきっとずっと前から決まっていた。……いな。定められていたんだね」


胸元で光る緑石を両手でそっと握り締める。


「……大丈夫! きっと時がくれば全て上手くいく」


遥か彼方まで続いている浮雲を見詰めながら僕は呟く。


「その時に必ず君に会いに行くよ」


丘の上にある教会の鐘が辺りに鳴り響く中。僕は決意も固くその場で口角を上げて笑みを意識した。


======

雪奈視点


 あれから僕は大木の精霊が護るエルフ族の集落で生活していた。エルフ族といっても多種類あるようで、僕がいる集落のエルフ達は通称小人族と呼ばれ子どもの姿をしている。


十~十五歳くらいになると成長が止まるらしい。しかし外見が子どもでも彼等は立派な大人である。そんな集落で僕は七年の歳月を過していった。


「ねぇ。セツナ」


「何」


僕に声をかけてきたのは僕より一つ年上のライム。綺麗な金髪に蒼い瞳をしていて背もすらっと高い美少年だ。緑の服を着ている。どうでもいい事だが緑の服を着るのがこの村の決まりらしい。


「もうじき村祭りがあるだろう」


「あるね。それが如何したの」


ライムの話しに僕は素っ気ない態度で言葉を投げかける。


「今年は一緒に祭りに参加しないか」


「何で」


彼の言葉に素直に聞き返す。


「いや。何でって……セツナは何時も一人でいるだろ? だから今年は俺達と一緒に祭りを見て回らないかと思って」


「どうして君達と一緒にいなきゃならないのさ」


ライムの話しに僕は冷たくあしらう様に言うと見下した。


「別に特別な理由があるわけじゃないけど、セツナは友達だから」


「はっ……友達?」


笑いながら喋る彼の言葉の一部を復唱すると鼻で笑う。


「だから今年は一緒に参加しよう。な?」


「……考えておくよ」


満面の笑みを浮かべて話すライムから目線を逸らし小さく答える。


「それじゃ、良い返事待ってるぞ」


彼は言うと手を振り走り去って行った。


『ふぉふぉ。一緒に祭りに参加すればよかろう』


「……」


背後からかけられた精霊の言葉に無言で振り返りその姿を映す。


『ライムはとても良い子じゃ』


「だから何」


彼の言葉に僕はつんけんした態度で聞いた。


『もう少し今の生活を楽しんでみよ。そうすればワシの言った事の意味が分かるじゃろうて』


「それ……答えになってない」


精霊はその言葉を残して静かに姿を消す。誰もいなくなった空間に一人佇みながら僕は不満な思いで空を睨みつけ言葉を吐き捨てた。

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