任務
2人の少年が通学路を行く。
前を歩く恋のランドセルは赤。透のランドセルは黒だ。
赤なんて女の子みたい?――違う、赤はヒーローの色だろ!文句あんのか?ああ? 恋はいつもそう言って、他の生徒たちを黙らせてきた。
「——で、『糸』をばら撒いてる奴を負うのは師匠たちに任せておいて、俺はお前の霊行証を取り戻せってさ……。」
恋は後ろ向きに歩きながら、不機嫌そうに言う。どこからか金切り声が聞こえてきた。
「でもその間、お前を一人で置いておいたら危ない訳だ……まあ、いくら自衛の術があるとはいえ、しょせん素人だからな。」
「……ああそっか。危ないよね、この前みたいな奴とか……。」
「ああ?あんなのは……い、いや、確かにまあっ、俺も一回捕まった、けど!あれは不意打ちだったからだ!あの『糸』が無けりゃあんな雑魚、一瞬で倒せたんだからな!」
スーツ姿の女が、ブロック塀に頭蓋を打ち付け続けている。だが、二人とも気にとめずにそのそばを通り過ぎていく。
「つー訳で、お前には俺と一緒についてきてもらう。」
「…………ついてくる、って……?」
ぺちゃっ、びちゃっ――透が踏み超えた赤い水たまりから、誰かの上半身が突き出している。
「だから、俺があの泥棒野郎を捕まえて、お前の霊行証を取り返してやるから、それにお前もついてくるんだよ!いいか、他人事じゃねぇんだからな。」
「えっと……………………。」
透の顔がフリーズした……元から無表情ではあるが。どうやら困惑しているらしい。
『アハハハハハハハハハハハハッ!』
ヒトの形をした緑色の塊が、粘液をまき散らしながら走り抜けていった。
「あ?なんだよ。聞きたいことあんならはっきり言えよ……ああ、こっちの世界のことは気にしなくていいぜ。俺たちは虚世にいる間、こっちから一時的に存在が消えるからな。みんな俺たちのことは忘れてくれるって訳だ。」
「ああ、そうなんだ…………でも、勉強とか……。」
「ああ、それも気にすんな。こっちに戻ってきたら、その期間は『現実の』俺たちが、こっちの世界で普通に生きてたことになってる。あ、でも気を付けねぇといけねぇのが——」
その時、二人の間に突然、灰色の大男が落下してきた。頭から落下してきたため、脳漿が盛大に飛び散る。透はちょうど自分の方に飛んできた眼球と目を合わせる——そしてその眼球は、そのまま透の目を通り抜けてどこかに消えていった。
「チッ!さっきからうるせーんだよ!話の邪魔だ!」
恋は金棒を振り回し、大男を弾き飛ばした――頭のない肉塊は褌をはためかせながら、くるくると飛んでいき、ブロック塀にめり込む。
「……で!気を付けないといけないのは、俺たちは虚世にいる間、普通の人間と違って実体と霊体に分かれたりしてねえってことだ。つまり、二つの世界に同時に存在してる訳だ。」
恋はそう言いながら、透の反応をうかがう。正直、説明をしている恋自身が、その意味をよくわかっていない。
なので質問でもされると大いに困るのだが、幸い透は何も口を挟まない。何も考えていないのか、あるいはこの話に何の違和感も感じないのか——
「だから、完全に虚世に入り込んでるとき、俺たちは生身な訳だ。霊的な攻撃には凡人共より強いしくたばりにくいけど、その分リスクも大きい。万が一致命的な呪いを受けた時、戻ってくる体まで一緒に無くなっちまうかも知れないって訳。だがら、自分の身は自分で守れよ?ああもちろん、俺が完璧にお前を護衛するけどな!その上でだ!」
「わかった。」
「よし!じゃあ行くぞ!」
「……え?」
恋は足を止め、霊行証を取り出す。2人の目の前の空間に丸い穴が開き、向こう側に改札口が現れる。
「だから、今から行くんだよっ。別にいつ行っても同じなんだからな。話聞いてたか?」
「ああ、そっか…………。」
「それともなんだ?もしかして、怖いのか?」
「ううん。」
透は変わらない無表情で答える。恋は、別に強がっているわけではないのだろう、と思い、からかうのをやめる。今までの様子からしてもどうも、透には恐怖と言う感情があまり無いらしい。
それは今後行動を共にする上で、恋にとっては都合がいいことだ。だが、同時に不気味さも感じる。結局、前回の透の豹変の原因も、そのあと彼がどこに行っていたのかも、本人ですらよくわかっていないようだった。
――気持ちわりぃ奴。
だが、恋だってその程度のことで恐がったりしないのだ。恋はヒーローで、透は助けられる一般人。そのことに変わりはない。
恋は透の手を取って、改札を抜ける。2人の背中から赤と黒のランドセルが消え、顔には赤と黒の仮面が張り付いた。
「ま、待って、僕、通っちゃだめ——」
「俺がいるからいーんだよ。」
恋は立ち止まる透を無理やり引っ張って改札を抜ける。
「ああ、でも逆に言うと、俺から離れるなよ。絶対。霊行証なしで夢喰いの保護もなけりゃ、人権が無いのと一緒だからな――なにされてもおかしくねーぞ?」
恋はそう言ってニヤリと笑う……やはり、脅しても透の反応は薄い。
「チッ、つまんねーなお前。」
「? ああ、なんかごめん……。」
『まもなく 零番線に 電車が参ります。 この先は 大変危険ですので 生者の皆様は くれぐれも境界を踏み越えることがありませんよう――』
まるで二人の到着に合わせたかのように、アナウンスが響く――奇妙なことに、ホームには時刻表などは一切ない。それに、ホームには二人以外、誰の人影もない。
「だから、よくわかってねぇのに謝るなっつってんだろ!」
「あっ、そうだった。ごめん。」
「チッ、あぁ~、もういい!」
ぅぁああぁぁんうあぁぁんぅぁぁああああん――近づきながらも遠ざかるような、耳元の蚊のような反響と共に、霧の中から電車が姿を現す。
「…………行くぞ。」
電車が止まる。ぎぎっ、ぎっ、と、扉が軋みながら開いた――
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