せいぎのひーろー

 恋は洞窟の奥深くで、「それ」に出遭った——



 ――赤。


 あかいおんなのこ。


 おおきなからだ。


 まっくろなめ。深い井戸をのぞき込んだような。


 表面を蠢く糸、糸、糸


 そして、そのおなかにしずんでいく、おとこのこ。


 もはや二者の境目は存在しない——ふたりはひとつ。文字通り、一心同体。


『梅原……くん……わたし、の、もの…………。』


「はぁ?キモッ。」


 恋はゴミを見るような顔で化け物を見下す――だが、実際には見上げる形になっている。


 来た道は糸の群れで何重にも塞がれ、退路はもうない。


「呪物の影響かなんか知らねえけどよぉ、考え方まで化け物に染まり切ってんじゃねぇか、クズ野郎がっ……!さっさと梅原を解放しやがれ!」


 恋は金棒を突きつける。


『嫌っ!梅原君は私のだっ!お前なんかに、渡すかぁっ…………!』


 金切り声が洞窟中に反響する。赤い少女は更に巨大化し、真っ黒な口を開いて恋に迫る。


 恋は、それを見て——世にも残忍な顔で笑った。


「……あーあ、じゃあしょうがねえな。」


 巨人の右手から、無数の糸が放たれる――それと同時に恋は、既に巨人の頭上を舞っていた。


「――降参しねえ悪党は!」



「――やっつけるしか、ねぇよなぁ!」


 その小さな両腕で振りかぶった金棒から、紫白の電撃が放たれた。










 ――果たして、決着はごくあっさりとついた。



「…………え、何、これ、何!?きゃああぁぁぁっ!」


「うるせぇ、黙ってろ!」


 恋は勝ち誇った表情と共に、崩壊した糸の山を踏み越え、少女を壁際に追い詰めていく。三頭の獅子が、唸り声を上げながら彼に付き従う。


 その背後では、地面に梅原雄太が倒れ伏している。


「『鈴木ひらり』……いいか、俺が聞きたいことはただ一つ——この『糸』、どこで手に入れた?」


 彼の右手にあるのは、男女を模して作られた、二体の藁人形――腹の部分が赤い糸で歪に縫い合わされていたが、既に引きちぎられている。


「それか、誰から受け取った?」


「え…………何、それ……?」


「命が惜しかったらさっさと答えろ!」


「ま、待って、しら、知らない、やめてっ、お願いっ……!」


「はあっ!?とぼけてんじゃねーよ下衆野郎が!」


 恋は少女の頭上の壁に、金棒を思い切り叩きつける。


「っ!いやあああぁぁっ!!!」


 少女は床に崩れ落ちて頭を抱え、ガタガタと震え始めた。


「次は間違えてほんとに当てちまうかもなぁ……?いい加減観念しろ!」


 恋は加減を知らない尋問もどきを続け、相手がまともに会話できない状態まで追い込むことに成功した。


 …………数十秒後。


「…………もしかしてお前、ほんとに何も知らないのか?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、ごめっ…………。」


「チッ、分霊してたのかよ……つかえねーな、クソッ!」


 恋は腹いせに、もう一度地面を金棒で叩く。


 ……その音を聞いて少女はびくりと痙攣し、気を失った。


「…………はあ。これってあれか?使い捨ての雑魚のしっぽ掴まされたってことか、クソッ!」


 恋は獅子達の姿を消した。ポケットからスマホのようなものを取り出し、倒れている三名の保護を通知する。


「ていうか、透は結局どこ行ったんだよ……あ~っ、たくっ、どいつもこいつも意味わかんねー!」


 スマホをポケットにしまい、代わりに霊行証を取り出す。


「…………あ?」


 ――改札が、出現しない。


「……は?なんで――」





 ――突然、足元の糸が彼の両足に絡みついた。


「っ!!?」


 バランスを崩して倒れこむと、伸ばした両腕がさらに縛り上げられる。そして最後に胴体が――


「がっ——なん、で…………!」


 両腕を動かすことはおろか、分霊や武器を出現させることもできない。


 あらゆる物事を、「縛る」――それが、この糸の本来の力だった。


 そう。今まではただ、だけのこと。


 そして術者もいない以上、恋が糸を警戒する理由は何もなかった。



 ――しかしそれも、「今までは」の話だ。



『よくも――』


 完全に縛り上げられ、宙に吊り下げられた恋の背後に、甲高い声がかかる。


 ぎりぎりと糸が体に食い込み、恋の顔をそちらに無理やり向けていく。


「っ~~~…………!!!」


『――よくも私のアートを壊したな!野蛮な少年っ!』


 すぐ耳元を通り抜ける、異様に熱い息遣い――殺意の臭気が、漂っている。


 それは、先ほどの図体だけが大きい分霊などとは違う。明らかに人並みの知性を持った、一段上の存在――


 ――ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…………!!


 恋の頭は、自分の鼓動の音で埋め尽くされる——いや、それだけではない。その鼓動は、体の外からも聞こえていた。


 どくん、どくん、と——


 どくどく、毒々と――


 少年は思わず目を閉じそうになる――が、敵の姿を見ない訳にはいかなかった。



 ――クソッ、なんで、なんで、なんで…………!



 今までは、術者もいなかった、糸に捕らわれる心配もなかった――









 ――



『――あなたには、『あい』が欠けている。』


「――――うわああああぁぁっ!!!」



 少年は、嫌でも思い知らされる。





            ――幼いヒーローは、油断と言う過ちを犯したのだ、と。

 


 

 


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