怪人
展示会は、他のの場所に比べれば、それなりに面白かった。
遠くで何か、叫び声のようなものが聴こえる。
順路に従って、退屈な銅像の間を通り抜けていく。
ギチッ、ギチギチッ…………。
『ダシテ…………ココカラ、ダシ、テ……………………。』
『コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル…………。』
一つ目の音は、鎖がこすれる音。二つ目と三つ目は、銅像の中身がきしむ音だ。
ここだけガラスケースはなく、銅像たちは鎖に縛り付けられている。客に向かって両腕を伸ばしてくるけれど、ぎりぎり届かないようになっていた。
でも、最後の一体の傍を通り抜ける——その時。
違和感。
その銅像だけ、周りの奴と色が違った——くすんだ水色だった。
銅像ではなくて——青銅。
そして、そいつだけ、こちらに手を伸ばして来なかった。
そして見えた——そいつの脚の下に、血だまりと、銅像の残骸が踏みつけられているのが。
——あ…………見ちゃった。
その顔が、にゅうぅっ、と。「笑った」。
——ふ、と。
ふふ、と。
ふはははははははははははははははっ——と。
気が付くと、天井のガス灯が見えていた。
起き上がって見ると、青銅の魔人は姿を変えていた——
黒いマントに、シルクハット。
青い笑みを張り付けた顔の穴からは、本物の眼球と歯が突き出していた。
ふはははははははははははははははははっ————!
宙を飛び交い、高らかに笑う——その姿は、まさに「怪人」。
怪人は片手に何かを掲げ、宣言する。
「この霊行証はありがたくもらったぞ!」
「あ」
怪人の顔がぐにゃりと歪み、セミの抜け殻のような面に変貌していく。
それだけでなく、服を含めた全身がどろりと溶け、小さく縮んでいく——そして遂に、少年と完全に同じ姿になった。
怪人の背後に黒い穴が開き、大きく広がっていく。その向こうには、古びた改札口のゲート。
「見つけたぞ、捕らえろ!」「盗人!」「血祭りにせよ!」
廊下の向こうから異形たちの群れが、こちらに押し寄せてくる。
怪人は後ろ向きにバーを飛び越えながら、片手を滑らせて改札の認証を得る。
「——それではさらばだ、少年よ。」
怪人が少年と同じ声で別れを告げると、黒い穴はあっという間に小さくなっていく。
「君も早く逃げると良い、逃げられるものならね!ふはははははははははっ——」
哄笑がフェードアウトしていき、黒い穴は完全に消えた。
「…………………………………………。」
少年の背後で異形たちが、罵詈雑言を吐き、奇声を発している。
少年はその様を、ぼんやりと眺めていた。
——やがて一人の異形が、思い出したかのように少年の方を見た。
「……ニンゲン。」
それを聞いて、他の異形たちの視線も集まってくる。
ひそひそ、ひそひそと、さざ波のような声が交わされる。
「人の子だ。」「人間の客だ。」「霊行証を持っておらぬ。」「保護対象ではない。」「ドウシヨウ?」「いっそ食ってもよいのでは?」「そうじゃ、誰も咎めだてせん。」「ちょうど腹の虫を収めたいと思っていたところじゃけ。」「幼くてやわっこそうじゃぁ。」「しかし霊力は弱い。皆の腹を満たすには足りませぬ。」「と言うことは——」
ぴたり、とざわめきが止む。
少年も異形たちも、ぴくりとも動かない。
「…………………………………………。」
「——早い者勝ちじゃぁっ!」
異形たちが先に動き出した。
腕が爪が角が牙が触覚が触手が長い舌が
あらゆる色と形を以て同じ欲動のひしめき合いが
雪崩のように少年に迫る。
少年は身動きすらしないで、その様を眺めている。
……………………少年は。
少年は——
——少年と異形たちの間に、紫の稲妻が走った。
同士の眼球や臓物が飛び散る中、生き残った化け物たちは狼狽し金切り声を上げる。
天井から、赤い獅子の顔を持った龍のようなものが、パチパチと火花を散らしながら舞い降りてくる。
龍もどきの頭から一人の少年が飛び降り、怪異たちの前に着地する。
顔には獅子……あるいは、鬼の面。右手には、呪符で埋め尽くされた鉄の金棒。
「——おい、お前ら。」
少年は金棒を振り上げ、化け物共に突き付ける。
「お前らも肉片になりたくなかったら——」
仮面の奥から睨みつける瞳は、血に飢えた鬼そのもの。
——さっさと消えろ、畜生共。
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