美術館:<其の一>

 ——長い、長い回廊。


 端の見えないほど大きな、赤いじゅうたん。


 一寸先は常に闇。


 人のような淡い影が、その中を無数に蠢いている。


 どこからかくすくすと、押し殺した笑い声が聞こえる。


 宮殿のように高い天井からは、弱々しい照明が等間隔で降り注ぐ。


 壁にかかった巨大な絵画たち。


 絵の中の人々は、まるで生きているかのように動いている。


 一枚目は暗い地の底。


 列に並んだ人々。手首を鉄の鎖でつながれている。


 次の絵には、大きな問屋の屋根の下。


 木の床が一面真っ赤に染まっている。


 絵のそこかしこから、かすかな叫び声が聞こえてくる。


 次の絵では、問屋の作業を横からクローズアップする。


 子どもの落書きのような笑顔の紙人形が、綿繰り機の取っ手をくるくると回している。


 向かいには、木の杭に人が縛り付けられている……お腹がぱっくり切り開かれていた。


 赤いはらわたが少しずつ、みちみちと巻き取られて綿に変わっていく。


「いぎゃあああああああぁぁぁぁっ!!!」


「あぁっ、ああああぁぁぁぁぁっ!!!」


「お助けえええぇぇぇっ!!!」


 一番手前の人間が、こちらに視線を向けて叫んでくる。


 これはただの「作品」だから、いくら黙って見ていても、誰にも怒られない。


 ——まあ可哀想に。オホホホッ!


 ——御覧なさい、無様に生に執着するあの様を!


 ——美しいっ……やはり人間はこうでなくては!


 他の客たちはいたく気に入っているらしいが、それほど面白いとは思えなかった。


 廊下の端を曲がると、そこは真っ暗闇だった。


 壁に浮かび上がる無数の目が、照明の代わりに行く先を照らす。


 やがて右手に現れたのは、「四苦超越」と書かれた大きな看板。


 続いてガラスケースに並ぶ粘土細工たち。


 一体目。大きな卵の殻を破って、何やらいびつな肉の塊が顔を覗かせる。


 それは体を必死で卵から引き離そうとするが、自分の肉がつながっているため、それをぶちぶちと引きちぎることとなり、苦悶の表情を浮かべている。


 二体目。歩き出したその肉塊は、手足の形も模糊としていて、ずるずると胴を引きずる蛞蝓のような様相を呈している。


 三体目、四体目――やがてそれは段々とヒトのような形を成し、さながら猿の進化のように進んでいく。


 七体目。それは血反吐を吐いた。ついでに、自分の大事な中身も吐きだしてしまった。


 八体目。またしても自らの体を蜥蜴のように切り捨て、血の涙と共に前へと進む。肉が減ったため、餓鬼のような、髑髏のような様相になっている。


 肉、肉が足りない。肉…………!


 十体目。とうとう倒れ果てた。


 十一体目。


 …………………………………………。


 十二体目。


 いやだ。まだ、しにたくない。


 十四体目。肉塊は、神の慈悲を承った——我の心の臓を食らふがよい。

 

 十六体目。肉塊は筋骨隆々、見違えるような大男になった!


 十七体目。男の体は、更に大きく膨らんだ!


 まだまだ、もっと、全ての痛みが無くなるまで——


 十九体目。更に肉は成長し続ける。男の顔はまた歪んできた。まだ……もっと……もっと…………。


 二十一体目。全身の肉がぼこぼこと膨れ上がる。顔の肉が崩れたせいで、歯は外向きに反り返っている。


 痛い痛い痛い痛いっ……!なぜだ、どうして、今更…………。


 二十三体目。遂に肉は皮膚を突き破り、あふれ出した。目玉は飛び出し、肋骨はぱっくりと左右に開いている。その奥で、神の心臓が高らかに笑う。


 い゛だ い゛…………こんな、はず、じゃ……………………。


 二十五体目。肉は血の面を覆い尽くしていき、遂には天地を覆い尽くした。


 肉は今や誰よりも、何よりも大きくて強い——完全な、「肉」そのもの。


 もはや目の前にはガラスケースではなく、呑み込まれた世界の慣れ果てが広がっている。


 はるかかなたの「不死の山」から、あの苦悶の叫び声が響いて来た。





 ……………………で、通路はどっち?

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