かえりみちのとんねる:<其の二>
ぴちゃん——
ぴちゃん――
スーツの男たちがトンネルを進んで逝く。
「あ、あの……ほんとに行く先はこっち……で合ってますよね?」
「だから、それ以外ねえって言ってるだろ。」
「はあ、ほんとにもう、こういう結界系苦手なんですよねぇ……何が来るかわかんない感じが……まあ、俺が未熟なのかもですけど。」
「……いや、そんなことはない。俺だって完全に予測するのは無理だ。最近はその辺の低級相手だって、テンプレだの作法だの通じなくなってきてやがる。」
「そうですよね……この前の寺院の奴なんか酷かったですよね……入っただけでダルマにされるとか、初見殺しすぎだろって。」
まあ、血痕だらけだったから、流石に入る気なくして助かったっすけどね、ははは——
「あれはまだ運が良かった方だな。」
「はい…………みんな、どんどんいなくなっちゃいますよね。」
「……………………。」
ぴちゃん——
ぴちゃん——
「俺なんかほんとに実力不足なのに、ここまでこれたのはもう、ただの運って感じですよね…………。」
「…………俺も同じだよ。」
「え?そんな、先輩ともあろう人が——」
「お前に比べれば実力はあるだろうな。だけど、自分で生き残る力としては最低ラインだ。ここまで成長するまで生き残ったのは、そもそも悪運が強かったからさ。」
男は俯きながら言う。
「……俺が死んで他の奴らが生き残ってても、大体同じようなもんだっただろ。」
むしろ、ただ生き残ったから、生かされたから、強くならざるを得ない。誰だって同じだ。
それでも、一人だけ生き残っていくことに、葛藤がない訳ではない。
だから、せめて。
————もうだれも、おれをおいていかないでくれ。
「っ、…………!?」
瞬間、脳裏に何かがちらついた。
「……先輩?どうしたんすか?」
靄がかかったような何か。
たくさんの、赤い何か——
「…………いや、なんでもない……。」
なんだ。何なんだ——
何かを忘れている気が、する。
重大な、でもいまわしい、なにかを。
ぴちゃん——
ぴちゃん――
2人で無言で歩き続けること、××光年。
「…………あ、あの、先輩。」
「……なんだ。」
「気のせいかも、知れないですけど…………やっぱりさっきから、同じところばっかり廻ってません?」
「まさか、だからループなんて——」
そこで男は、自分が考え事に気を取られ過ぎていたことに気づき、あたりを見渡す。
赤い、郵便ポスト――
「いや待て、まだそう判断するのは早い……いいか、絶対に振り返るんじゃ——」
『振り返るな。』——男は、自分で発したその言葉で、さっきから後輩の様子を確認していないことを思い出した。
「…………ちょっと待て。お前、他に何か異常は感じないか?」
「いえ、特には——」
「そうか……じゃあ気にすることはない。行くぞ。」
「駄目です、先輩。」
後輩は腕をつかむ。
「……何だ、お前、急に。」
「駄目ですよ先輩!このまま行ったら引き返せなくなります!今ならまだ間に合いますって!このループを一緒に抜け出さないと!」
「……………………。」
「一緒に帰りましょう!ね?みんな待ってますよ!」
「……みんな……………………。」
男は思った。
この後輩は未熟だ。うろたえがちで、判断力も時々怪しい。
それでも、俺に言われたことは、何も疑問を挟まずに忠実に守る奴だ——
そう言う、奴だった。
「……なあ、1つ聞いても良いか。」
「なんですか、先輩。」
男は、覚悟を決めて問うた。
「……さっきからお前、『先輩』『先輩』って言ってるが……俺の名前、ちゃんと言えるか?。」
ここまで俺は、いかなる形でも、
つまり、この質問の意味は――
「————倉島、でしょう?倉島秀夫、先輩……どうしたんすか、急に。」
「……そうか、じゃあお前、お前の名前はどうだ?」
「佐竹、ですけど…………え、何、どういうことですか?」
そう、彼は佐竹だ。まぎれもなく、俺の後輩の佐竹新児、本人だ——
——残念なことに。
「佐竹…………もうやめろ。」
倉島は腕を振りほどこうとする——できない。
そんなはずはない。彼の方が倉島より、力が強い訳がない。
「だから、何言って——」
「俺はっ…………もう思い出してるんだよ!」
倉島はやむを得ず、振り返った——右腕に、短剣を携えて。
ザシュッ!
「……………………いたぁい。ひどいじゃないですか、せんぱぁい。」
甘えるような、からかうような声で「それ」は言う。
「それ」は紛れもなく佐竹だった——どんなに、変わり果てた姿でも。
左腕を失い、血を噴き出しているのは自分のせいだ。
だが、それ以外の全身は——そう、あの時の。
——赤い。
赤い糸が、全身、特に上体に巻き付いている。
肘が肩が肢が、縛り上げられ、バキバキにへし折られ、天井から吊り下げられている。
その糸は露出した肉に肋骨に心臓に、そして魂の奥深くまで、絡みつき溶けあっていた。
——あの時の赤色、そのままの光景。
みんな、持っていかれちまった。
結局また俺だけが、生き残ったんだ。
耐えられる、はずだった——早々に離脱して、惑わされぬように処置したはずだった。
だが、遅かった。
青い火の玉は赤色に変わり、洞窟全体を煌々と照らしだす。
水たまりも血に変わった。
来た道も、進む先も消え、全てが赤く染まっていく——
「先輩、もういいじゃないですか。俺と一緒に帰りましょうよ……。」
「……………………。」
これはきっと、悪い夢だ。
そういうことにしてしまいたい。
「置いてけぼりなんて、嫌ですよ!」
ああそうだよな。俺も嫌だよ。
「先輩だって、さびしいでしょ……一人ぼっちは。」
佐竹は真っ赤に染まった瞳を細め、見透かしたようにニヤニヤと笑う。
——ああ、俺は…………。
「諦めてくださいよ。どうせあんたは俺たちには勝てない。」
水たまりから、かつての仲間たちがずるずると這い上がってくる。
——それでも……それでも、おれは、たたかわないと。
例え、何の報いも救いもなくても。
自分がただの、有象無象の怪談話のやられ役のように、無意味に朽ちる運命でも。
「——うわあああああぁぁぁぁぁっ!!!」
倉島は狂ったように叫びながら、短剣を振りかざす。
佐竹が嬌声を上げ、世界を赤い糸が埋め尽くしていく。
彼らを結ぶ縁が、血よりも濃い絆が、その意図が——
彼らだけの永遠のゆりかごを、編んでいく。
——少なくとももう、誰も一人ぼっちにはなることはない。
—— 《ロ-一四-七:信号途絶。》
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