第16話 白いカーテン

登場人物

 和泉 見た目は俺様系イケメン

 七海 中性的な顔立ちの少年




「何を根拠に……。それにもしお前がオレより成績悪かったらどうするんだよ?」


 眼を泳がす七海に俺は怯まず「女装してなんでも言うことを聞いてやる」と言い返す。


「無茶苦茶だな……」


「嫌か?」


 俺がジッと七海を見つめると七海は気圧されて視線を逸らした。


「前払いって……いま、ここでか?」


「そうだ」


「……誰かが入ってきたら困るだろ」


 視線を左右に泳がせて俯いた七海の顔がうっすらと桃色に染まる。


 その顔が愛おしくてたまらない。溢れそうな想いを抑えながら俺は冷静を装い、「この時間なら生徒はほとんど帰っているはずだ。それに保健の先生も会議中なんだろ? 誰も来ない」と説得を続けた。


「ああー! しょうがねえな! 分かったよ! 着替取ってくるから大人しく待ってろ! バーカ!」


 叫びながら両手で顔を覆った七海が椅子から立ち上がり、速足で保健室から出て行った。



□□□



 しばらくして装備一式を取って戻ってきた七海が、カーテン一枚を隔てて着替え始めた。

 

 俺は天井を見つめながら七海を待つ。

 やがて衣擦れする音が止まり、カーテンが開いた。


 唇を固く結び、頬を朱に染めている。

 ブレザーの制服を着た黒髪ストレートの少女がそこに立っていた。

 

「で、どうすればいい?」


 恥ずかしさを必死に堪えるように七海ははにかみ、丸椅子に腰を掛ける。


「なにも、しばらくそばにいてくれればそれでいい」


「なんだよ、それ……」


 七海はどこか不満げに口をすぼめた。


「これでいいんだ」


 白いカーテンが風に揺れる。

 静まり返る保健室。

 耳を澄ますと遠くからセミの鳴き声が聞こえてきた。


 俺たちは何をするでもなくそこにいる。


 再び睡魔が俺を襲い始めた。

 眠ってしまえば、この時間は終わってしまう。


 しかし、まぶたは重く、意志に反して落ちていく。


 もう少し、もう少しだけ――。


 風に黒髪をなびかせる七海を眼に焼き付ける。


 この先も、俺の想いは届かないかもしれない。

 だから、今はこの奇跡のような光景を目に焼き付け、この瞬間を胸に刻みつけよう。






 ________________________________

 ここで第一章は完結となります。

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