第13話 愛すべきバカ

登場人物

 七海 中性的な顔立ちの少年

 和泉 見た目は俺様系イケメン




 オレの自尊心を賭けた期末テストまで一週間を切った。

 教室はピリピリした謎の緊張感に包まれている。


「お前、勉強してる?」

「いや、全然。お前は?」

「まったくしてねーや、ヤベー」


 アハハー、とチープな牽制と策略が渦巻いている。


 まったく――。

「バカばっかだな……」


 教室を出たオレは手洗い場で顔を洗っている和泉いずみを見つけた。近づいていくと和泉の切れ長の目がオレを捉える

 その目の下には濃いクマができていた。


「眠そうだな?」そう言ってオレは自分の下まぶたを指さす。

「寝不足の理由を当ててやろうか、寝る時間を削って勉強してんだろ?」


「さあ、どうかな?」

 タオルで顔を拭きながら和泉は、はぐらかすように言った。


 嘘の付けないヤツだとオレは思う。その答えは肯定しているようなものだ。


「お前は余裕そうだな」

 和泉がタオルの隙間からチラリとオレを見る。


「まあな、ラクショーラクショー」

「……油断させようとしてるだろ?」

「バレたか」


 歯を見せてニッと笑い、互いの顔を見合わせたオレと和泉は噴き出して笑う。


 クラスの連中と同じような会話。

 結局、オレも〝愛すべきバカばっか〟の一員なんだ。


「でもまさか、お前までこんなくだらない余興に参戦してくるとは思わなかったよ」


「やるからには勝ちたいだけだ。それにクラスの連中が勉強して平均が上がれば俺の成績が落ちることになるんだからな」


 口ではそんなことを言っているけど、実は委員長から聞いている。

 和泉が班長会議で女装をやめるように求めてくれたことを、オレは知っている。


 和泉に勉強する理由があるとすれば、自分が上位になって他のヤツらに権利を与えないためだ。

 こいつは優しいヤツだ。

 誰かのために動くことができる、そんな数少ない人間だ。


 正直、クラスの誰かに負けたらどんな要求をしてくるか分ったもんじゃない。その点、和泉なら安心できる。


「まあ、オレも勝ってくれるのがお前だったら嬉しいよ」


 何気なく言ったセリフだった。


 まったくお前は何を言ってんだ――、みたいな返事を想像していたのだけれど、和泉は驚くほど真剣な表情で、「本当にそう思うか?」とオレに問う。


「え? あ、ああ……お前ならあいつらと違って安心だからな」


「……そうだな」


 一瞬だけ言葉を詰まらせた和泉は、「心配するな、俺に任せとけよ」とオレの肩を叩いて教室に戻っていった。



 このときのオレはまだ――、和泉が言葉を詰まらせた訳も、困ったような表情でオレを見つめた理由も、まだ知るよしもなかった。


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