掌編小説・『蠱惑的な小箱』

夢美瑠瑠



 その小箱は、レモンイエローで、ちょうど手のひらサイズだった。


 重さは20グラムあるかなしか、というごく軽量で、なんとなくつやつやした材質の金属?でできていた。


 一見しただけでは、どういう用途なのかはおよそ穿鑿が不可能だった。

 さる豪華なリゾートホテル…その最上階のペントハウスというのか、超豪華な特別室の、窓の脇に、その小箱は置かれてあったのだ。


 私は、スパイにして67か国語を操る言語学のスーパー・プロフェッサー…

 人呼んで、DR・イエス。未だかつてミッションにしくじったことのない、”スーパースパイ”である。

 

 スパイをやっているのは趣味であり、フリーランスで、任意の国からのかなり困難な様々なミッションのオファーを受託して、周到かつ完璧にクリアするのが日常の業務である。

 ”神算鬼謀のスペシャリスト”と異名をとる、言語学その他の知識や  


 様々な国の機密や極秘の情報を、知りうる立場に立つことのできる、間諜スパイという職業の利点を生かして、より世界中の事物、人間社会全般についての見聞を広め、以って自己研鑽に役立てる…

 

 そうしてゆくゆくは007とかを凌駕する「究極のスパイ小説」を執筆する…そのための「取材旅行」を兼ねた”ミッションクエスト”を敢行中というわけである。


 瑠璃が鏤められた美麗な意匠の”ブラックカード”を常用していて、カネというものを使ったことがない。

 ミッションのクリアに必要とあれば、小国の国家予算を凌駕する資金力で、金融市場を動かして、乗っ取って、テロ国家や宗教をぶっ潰すということも辞さないし、可能でもある…


 「箱、か…日本語では「函」という別の字があるな?ハコダテという地名があったっけ。関数のカンにこの字を当てることがある。その場合には多少用法に紛れというか含みがあって…」


 1000分の一秒ほどの間に私はそうした思索を巡らせていた。

 いかにも言語学の専門家らしい…といえば、そうも言えそうだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌編小説・『蠱惑的な小箱』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ