第6話

警視庁捜査9課“吸”(キュウ)係とは、吸血種に関する犯罪を取り扱う部署である。言うまでも無くミヤコは所属の刑事だ。様々な事件を観てきたし、時には吸血種の遺体を目の当たりにするだけではなく、人間を殺害した吸血種に手錠をかけることもしてきた。


吸血種。独特の牙を有する彼らは(リセは抜歯済みだ)、古くは生き血を啜り生きてきた長寿の生物。友好関係を結んだ現代でも、彼らを忌避する人間は少数だが存在するし、人間を下等生物と見下す吸血種もいる。


この二者間の諍いを抑える為の機関が、リセの所属する吸血議会である。長い歴史を誇り、人類との友好を掲げている。


吸血種と人間、二者が関わる事件が発生した際には両組織の者達がバディを組んで捜査に当たることも珍しくはない。ミヤコとリセもそういった理由で共にある。


「じゃ、お復習い。行くわよ」

「はーい、ミヤコ先生!」


未知のノイズに戸惑い、風呂場で大騒ぎをした翌朝のこと。


びしりと敬礼するリセを軽く流して、ミヤコはタブレットに目を落とす。


「最初の犯行は三ヶ月前。被害者は吸血種の少女。ルル・ライリー、18歳。全身を九つに裂かれて失血死。遺体は高架下に放置されており、血溜まりに白い百合の花が一輪、壁に血文字でMaryのサインが残されていた」

「残り5件も同様の手口。ゆえに、こう呼ばれちゃってる。血塗れメアリー殺人事件、てね。6人の被害者はすべて20歳未満の少女。家出歴なし。共通点は……」

「売り、をやっていたことがあるわ」


身体を売って小遣いを稼ぐ。若く愚かな少女たちと、それ以上に愚かで軽蔑すべき大人がいるせいでそんなものが成立するのだとミヤコは苛立つ。


リセはそんなミヤコの頬をぷにぷにとつつき、まあまあせんせ、と宥めてソファに沈む。


「売りの相手に共通点なし。みーんないろんな人達だったねぇ。全員、事件当夜のアリバイはありー。これで被害者たちは買われた夜に殺された、ってセンもなくなりましたっと」


ソファに座っているリセは脚を組み替え、リビングに立っているミヤコを上目遣いに見やる。


「ちなみに白い百合の花言葉は「純潔」「無垢」「威厳」「無邪気」「高貴」「自尊心」「栄華」……マリア様の象徴でもあるよね」

「花はなぜ現場にあるのかしら。手向け?だとしたら怨恨にしてはおかしい」

「およ、ミヤコは怨恨のセンだと思ってんの?」

「ないとは言えない。売りをするってことはプライドも売り渡すことだと思うわ。それをよく思わない吸血種が、被害者たちの行為を知り、少女たちを殺して回ったのかもしれない。吸血種はプライドが高い傾向があるわ。潔癖な犯人かもしれない」

「なるほどねぇ。メアリーのサインがあるから、あたしは劇場型殺人犯。典型的なサイコパスだと思ったけど」 

「サイコパスね」

「メアリーのサインは自己主張だよ。犯人は女、たぶん……吸血種」

「人間が犯人の可能性は?」

「なくはないけど、被害者たちの中には吸血牙を持ってる子もいたでしょ?人間からするとあれ、怖いでしょ?かみつかれるかもしれないし。反撃される相手のこと、手に掛けようとするかな」

「女である根拠は?」

「前の過去視でも言ったけど、犯人が小柄だったからー」

「小柄な男である可能性は?」

「ミヤコ先生は噛みつくなぁ、もう。だいたいの推測ですぅ」


人工血液のパックにストローをさし、じゅっと吸い上げるリセは紛れもない吸血種だ。犯人が吸血種、同族だとしたらどんな思いがすることだろう。


ミヤコがタブレットへ再び視線を落としたとき、ポケットで携帯端末が震えた。


「ミヤコ、でんわー」

「わかってる。……はい、神宮寺です」 


はい、はい、と生真面目な表情で相槌を打つミヤコの顔が渋いものに変わったのを、飲食中のリセはストローを口から離しながら見つめていた。通話が切られる。


「なんだってー?上司?」

「そうよ。……リセ。私たち、休暇を命じられたわ」


リセの紅い瞳がまんまるに見開かれた。


「は??」

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