第4話

「なんなのよ、今日の過去視は。ひどすぎたんじゃないの?」


薔薇の花片が浮かべられた柔らかな乳白色のバスタブで、ミヤコは開口一番文句を告げた。


「だって視えたのはあれだけだったんだもーん……あたしだってちょっとへこんでるんだぞ」


掬った花片を指で弄りながら、先程浴槽に乱入してきたリセは、湯気の向こうで悄気た様子で呟く。


なぜかバディを組んだその夜から、リセはミヤコの部屋に入り浸っており、それもミヤコを苛立たせる一因だった。


「いつもみたいにうまくいかなかった……あんなのはじめてだよ」


「具体的に話しなさい。何があったのか」


「……ノイズ」


ぽた、と水面に銀色の髪から滴が落ちる。


「過去を遡ろうとしたら、ノイズがかかったの。昔の、ほら、ざーっていう、放送してないテレビの砂嵐みたいな」


テレビの砂嵐とやらをミヤコは知らないが、そこは脇に置いておく。


「どうしてそうなったのかわかる?」

「ミヤコ、家庭教師じゃないんだからその問い詰め方やめようよ……もしくはお母さんみたいだよ」

「誰がお母さんよ、まじめに応えて」

「誰かに邪魔されたみたいだった」

「邪魔?」

「そう!」


ざぷん、と大きく波を打たせ、リセは豊かな胸が露わになるのも構わず相棒に迫る。


「いつもみたいに、灰色のパーカーを目深に被ったヤツがご遺体を現場に置いてMaryのサインして百合の花を落とす、みたいなのが視えると思ってた!でも視えたのはざーっていうノイジーな背景だけ!あたしの張り切りが無駄になっちゃったんですけど!?他の捜査員や吸血種たちが見てるところを、ご遺体にお手々合わせてすごすご去ったあたしたち、ちょう惨めだったよね!?」

「私は惨めじゃないけれど」

「一緒に涙に暮れてよぉ~~!!」


再びざぱんと波を起こし、リセはわざとらしく両眼を覆って嘘泣きをする。嘘泣きは嘘泣きだが、へこんでいる、というのは事実なんだろうなとミヤコは思う。もう三ヶ月も共にいればそれくらいはわかるものだ。


「とにかく、何がどうしてそうなったかわからない以上、あんたの今までの過去視を再構築して犯人特定まで持って行けるよう努力するしかないわね。プロファイラーもどきになって」

「できるかな?できそう?できるよね?」

「うるさい、鬱陶しい、お湯で水鉄砲かけてくるな」


風呂にも持ち込んでいる、耐水性の薄いガラスの板を素早く操作すれば、今までの事件……6人の被害者が倒れている現場の画像が浮かび上がる。


「ミヤコ、お風呂のリラックスタイムにそれ見るのってすっごいクレイジーだよ」

「仕事なのよ」


ぎろりとリセを睥睨し、ミヤコは前髪を濡れた手で掻き上げる。


「24時間どこにいても、私は刑事なの。例えお風呂場でだって考えるわ」

「のぼせちゃうよ?」

「その前に考えをまとめる」

「……ミヤコ」


なによ、と問う前にリセは真剣な眼差しをミヤコへ据えていた。


「メアリーは誰だと思う?」

「……まだ犯人の名前がメアリーと決まったわけじゃないでしょう」

「でも現場に残されてるサインなんだよ。自分で書いてるの、あたしは五回も見てる。彼女がメアリーじゃないなら誰なの?」

「わからないわよ。あんた曰く男か女かも特定できないんなら、彼女、って言い方もおかしいし」

「……うーん。じゃあなんなんだろうね、メアリーって」


答えられなかった。

代わりにくしゅん、とくしゃみをしたせいで、ミヤコはリセから湯冷めだ上がろうと追い立てられるように風呂から出た。


……血塗れメアリー殺人事件。


確かに、メアリーというサインにどんな意味があるのか。


「……あまり考えたくないわ」

「それって、」


ふわふわのバスタオルに身を包みながらリセがちらとこちらをうかがう。


「ミヤコのさ、……」

「それ以上云ったら、明日は朝食抜き」

「殺生な!」


嘆くリセを後にさっさとドライヤーを手にした。


【それ】を今回の事件とは関係ない、と考えたくて。

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