第2話

その現場に足を踏み入れた瞬間、むっと濃い血の匂いが鼻腔を充たした。

既に動き始めている捜査員たちに会釈をしながら、隙のないパンツスーツを纏ったミヤコは鋭い切れ長の瞳を向けた。

そこには。

八つ裂きにされた、うら若き少女の死体が倒れている。

手元の血溜まりには真っ赤に染まった百合の花が一輪。

そして。


「Mary」


ぽそ、と隣に立つラフなパーカー姿のリセ(いつの間にいたのだろう)が呟いた通りに、コンクリートの壁には小さくだが血文字でサインがされている。


血塗れメアリー連続殺人事件。


口に出せば出すほど陳腐なこの事件名であるが、三ヶ月も人間警視庁と吸血同盟の頭を悩ませる凶悪な連続殺人事件のタイトルである。


被害者は今まで五人。犯人も精力的なことである。今回のこれで六人目になったが。


「吸係の神宮寺です。情報を共有して下さい」


ミヤコが身分証と薄いガラスのタブレットを差し出すと、捜査員の一人が素早くメモリーを接続する。

ガラスの板上に示されるのは、吸血種と人間の混血である18歳の少女の名前。被害者である彼女の死体損壊状況は、鋭利な刃物のようなもので身体の九カ所以上を裂かれている。今までと同じ手口だ。


「リセ。準備は?」

「万端っ」


ぱきぽきと両手の指を鳴らしたリセは、ミヤコの問いに笑顔で応える。捜査員たちの動きが止まり、場がしん……と静まり返る。


人間の刑事であるミヤコが、吸血種であるリセとバディ体制を組まされている理由の一つに、人類と吸血種間のややこしい同盟関係や何やらがあるが、最大の理由はこれにある。


吸血種の女性が稀に持つ、特殊な能力。それを用いて捜査を進展させるためだ。


ゆるいウェーブのかかったロングヘアをポニーテールにまとめたリセは、ぐっと両手の指を組み合わせ、窓を作る。そして殺人現場そのものへと腕を伸ばし窓を向け、紅い瞳をまっすぐに据えるとーー。


「……視えてきた」


過去が。そう、数時間前、ここで何が起こったか。それがリセには視えるのだ。

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