ブラッディー・メアリー・シンドローム
帆立ししゃも
第1話
人間にも吸血鬼にも、等しく生きている価値も意味も要らない。要らないけれど死ぬ、殺す理由にもならない。ゆえに誰も天寿を全うする日まで、殺しても殺されてもならない。
「うまくない。誰のポンコツ名言よ」
「あたしー」
「道理でポンコツなわけだ」
「まあまあ、必要なのは適度なリラーックス。なんだよん」
助手席でにこっと暢気に笑う少女から目を逸らし、彼女は前を見据える。心持ち姿勢をぐっと伸ばす。まっすぐに。ぶれないように。引き金に指を掛けられた銃口のように鋭く感覚を研ぎ澄まし、己は狩る側のモノなのだと身体に言い聞かせる。
それでも発した声は固く骨張っていた。
「警視庁捜査9課“吸”(キュウ)係、神宮寺ミヤコ。ヒトハチマルマル、出動要請、受領」
「吸血議会所属9係ナンバー9隊員リセ・シルヴィア、同じく受領!行きまーすっ」
あっ、と間抜けな声を発する間もなく、精神を銃身に化していたつもりのミヤコは、リセに車両の権限を一瞬にして奪われる。同時にただの人間へと戻ったような間抜けな感覚がした。
「こらっ!ハンドルの行使権、返しなさい!」
「ぽやっとしてるからいけないんだよ?ミヤコはまじめすぎ、超カタブツだから、あたしの華麗なドライビングテクニックで現場まで気楽に揺られていこーうっ。おーけい?ミヤコ巡査部長~」
「馬鹿!免許もないくせに!ハイウェイで何かあったらどうしてくれるのよ!?あんたに命預ける義理なんざないわ!」
「全自動運転が主流のイマドキに無免許運転なんてそんな大した問題にもならないっしょー?ちょちょいって操作盤いじっただけじゃん」
「だったらあんたのドライビングテクニックとやらをどう味わえってのかご教示願いたいわね!?」
「まあねー、要は気分の問題だよハニー」
「誰がハニーだ。殺す…あとで絶対に殺す…」
「こわいこわい。殺せるもんなら殺してみなよ、リセ様はいつでも受けて立っちゃうからさ。窓開けるね。おおー、夜風最高~」
開いた窓から流れ込む風は車内で渦巻いて、リセの長く艶やかな銀髪を白銀の滝のようにうねらせては通り過ぎ、運転席で腕組みし苛立ちを隠せず歯噛みするミヤコの鋭く切り揃えられた漆黒のボブカットもついでのように揺らす。
リセ。この娘はいつもこうだ、とミヤコは思う。この気まぐれな一迅の風と変わらない。どこへでも勝手に入り込んできて、好き勝手に踏み荒らして、美味しいところを掻っ攫っていくばかりなのだーー。
西暦20XX年、4月。
人間と吸血鬼が共存共栄して廻るのが当然となったこの世界は一見正常で、清浄で、平和ではあった。
三ヶ月前、あの事件が世界を変えてしまうまでは。
二人を乗せた車体は郊外へと向かう。とある吸血種と思われる人物の「殺し」が行われた現場へ。
【ブラッディーメアリーシンドローム】
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