第3話
桜。
桃色世界。
桃色の世界に青い空。鳥の鳴き声に、風が葉を揺らす音。
世界は美しいもので、あふれている。そう、自然界には、美しいものであふれている。自然界は美しい。
なのに、コンクリートを見ると、少しの寂しさが僕の心を痛める。痛める。それも現実。それも事実。町並みが自然界に溶け込んでいればいいのに。もっと自然と調和した町並みになればいいのに。
そんな願いは虚しいだけなのだろうか。
僕はもっと自然界と人間界が調和して住む、自然を生かしつつ人間が暮らすという生活スタイルを望んでいる。こんなコンクリートジャングルを望んでいる訳ではない。決して、こんなコンクリートジャングルを望んでいる訳ではないのに。
そんな願いは虚しいだけなのだろうか。
僕だけではないはずだ。こんな思いを抱いているのは。決して、僕だけではないはずだ。虚しく、せわしない、機械のような街並みなんて、そんなもの最初から誰も望んでなかった。誰も望んでなかったはずだ。
手のひらには、まだ美しい花びらが僕の手の中にあった。その美しい花びらを見つめながら、僕の心はどこへやら。
僕は手のひらの花びらに、そっと息を吹きかけた。ゆらゆらと、ひらひらと地面に花ひらが落ちていった。
僕は、おもむろに携帯電話を取り出した。
よっしゃ。やってやるぜ。えいえい、おぉー。
掛け声だけは一丁前である。先程まで物思いにふけっていた僕は、どこへやら。気持ちを瞬時に切り替え、今日の目的に向かって気合を入れる。
そう、今日の最大の目的は、これだ。この風景を写真に撮る。この桜並木を写真に撮る。
この風景を写真に収めるために、ここへ来た。この場所に来た。久しぶりに訪れる場所。この坂を登れば、その先は
墓地だ。
いや、正確に言おう。正確に言うと、桜並木の右側は、高い塀である。少ししか見えてはいないが、すでに墓地だ。
そう、この塀の向こう側は、墓地だ。すでに墓地なのだ。そして、反対側には、桜が咲いている。ここは、そんな場所だ。勘違いをしてはいけない。すでに墓地地域に足を踏み入れているのだ。それでは僕は、どうするか。
いかに、その墓を写さないようにするか。それこそが重要なポイントだ。どう桜だけを写すか。僕のカメラテクニックが問われる重要な場所だ。
そうこれから向かう場所は、ここいらでも最大級な墓地地域。そう、そんな重要な場所にこれから向かう。これから向かうのだ。これから向かう場所というのは、そんな所だ。そんな所である。
そう、最大の勝負どころは、この坂の上で待ち受けている。敵は、坂の上にあり。
そして、本日の目的は、これだ。
ここぞとばかりに、桜の写真を撮る。
普通のカメラを持っていない僕は、携帯電話がカメラの代わりだ。この携帯電話カメラで、いかにどう美しく、この美しい桜を僕なりに表現できるか。いかに、どう美しく、この桜を僕なりにカメラに収め表現する事が出来るか。
いざ純情に勝負。
と、思いながらカメラに収める。しかし、一体誰と勝負をしているかは、僕にとっても謎だ。別に勝負する相手など、いないと言えば、いないのだが。
しかし、分かる人には、分かるかもしれない。そう相手は、打倒あの人だ。打倒、例の人物だ。
と、僕自身が分かってないのだから、分かる人なんている訳ないだろう。と、一人で乗りツッコミをする。
そう、これは自分との戦いだ。ピントを自動調節させ、まずは最初の一枚。下から上に向かって桜を見上げる一枚。
よし。完璧。
そして、数枚。次は、全体的に桜を収める写真を数枚。桜のアップを数枚写す。
よし。完璧。
なかなか、よく撮れているではないか。保存先ファイルが美しい桜で満たされる。まるで僕の心も美しい桜で満たされている気分だ。
さすが、僕。いい腕をしているぜ。
なかなかの腕前だ。
と、いつもの如く、自画自賛してみる。こんな僕だが、相手が僕の写した写真を見れば、どう思うか。
美しくなかったとしたら、それは、この携帯電話カメラの画素数と、プリンターのせいに違いない。間違いない。と、無責任にも機械のせいにしてみる。
そして、いつもの如く、
Wed up O.K.
さすが、僕。仕事が早い。だが、しかし。彼女の評価はどうかな。さすがに、これだけ美しければ評価も高いであろう。高くないはずがない。と、ちょっぴり胸躍らせる。も、一抹の不安が押し寄せる。一体どんな反応をするか。口数の少ない彼女から
「綺麗だね」
の、一言を勝ち取るべし。と、心に決め、心に誓い、心で祈り、写真を撮る。
果たして僕の彼女から、そんな賛否あふれる、お言葉をいただけるのだろうか。謎多き彼女である。どぎつい言葉を与えられる恐れもあるため、心のクッションとして、その場合の対応も考えておく。一応、想定しておく。想定内にしておく。
対応策を練っておくが、いやはや、この桜の美しさなら大丈夫であろう。僕の考えは甘いのか甘くないのか。やはり自画自賛し過ぎなのか。
ここらで、ちょっぴり厳しい、お言葉もいただいた方が僕のためにもなるかもしれない。自信過剰な僕の心を叩き直してくれ、マイ・ガールフレンド。
なんだか、どうでもいい方向に話がそれた。全く、どうでもいい方向に話がそれた。さあ、元に戻すべし。
気を取り直し、またしても桜の花をアップで撮る。そして、全体と並木も写す。何枚か撮り、どれが一番いい写真かを確かめる。なかなか、いい写真ばかりだ。さすが、僕。いい腕前だ。いい仕事しているぜ。
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