第2話
物悲しい世界。なんて悲しい世界なのだろうか。
しかし、こんな世界の片隅にも美しい景色や物が存在する。そう、こんな世界の中にだって、まだまだ美しいものは残っている。それも、多くの自然が。自然界には美しいものであふれている。まだまだ美しいもので、あふれているのだ。
自然。大自然。
大自然を目の前に人間たちが喰い荒らす。そこに、どんな幸せがあるというのか。しかし、人間は所詮、人間だ。どんなに頑張っても自然界には、あらがえない。大自然を前にすれば、人間が出来る事は数少ない。自然は雄大で力強い。大きな力を秘めている。
そう、こんな所に桜並木があるように。
例え最初は人の手で植えられたとしても、後は力強く生きていく。そして美しく咲き誇る。そんな力が自然界には、ごく普通に残っているのだ。
こんな物悲しい世界の片隅にも、いつも目を向ければ、傍には自然界の美しさが、あふれている。あふれているのだ。いつでも、あなたの傍にある。太陽となり、月となり、星となり、大空となり、大海原となり、あなたの傍で見守っているのだ。
そういった物を、僕はカメラに収めるべく、今この場所に来ている。
突然の風が僕の髪を乱し、桜の花びらが一気に舞い上がった。
一瞬、心を奪われる。
その美しさに。
つかの間の、光景に。
偶然に、突然に、僕の心を奪いさる、桃色の世界。
綺麗だ。
その美しさに、先程の腹立たしさなど、宇宙の片隅に吹っ飛んでいってしまった。自然界の美しさに僕の心は満たされた。ひらひらと落ちてくる桃色の花びら。桜色。
僕は、ひらひらと舞い落ちてくる花びらに手を伸ばした。花びら一つ、つかまえた。僕の中。僕の手のひらの中に。つかまえた。つかまえた。その手の中の花びらを、しばし見つめる。
綺麗だ。
僕は再び心の中で呟いた。
桜は僕の中で一番好きな花になるのではないかと思われるくらい、僕は桜の花に対して強い思い入れがある。満開に咲き誇る桜を見て、僕は胸が熱くなる。
出会いと別れがある、この季節を嬉しくも思い、悲しくも思う。
少し昔の話を語ろう。
昔と言っても、さほど昔ではないのだが。ほんの数年前より最近の出来事だ。
だが、あえて昔と表現するのは、僕にとって悲しい出来事だったからだ。記憶を遠い遠い場所に追いやろうとして、遠い遠い昔になった。心の中に閉じ込めて、遠い遠い心の奥に閉じ込めたのだ。だから僕には、遠い遠い昔のように感じてしまう。
そう、あれは忘れもしない中学の卒業式。友との別れが僕にとって、凄く辛かった。辛く悲しい出来事だった。卒業とともに、友の家族での引っ越しが決まったのだ。
友と別れるという事が、まるで永遠のように感じていた。感じてしまった。大人になれば会えるのかもしれないが。僕にとって、友がいるという事は当たり前の事になりすぎていた。なりすぎいて、別れるなどと考える事すら出来なかった。出来ずにいた。
そう、その日が来るまでは。
その友に、これから、もう会う事は難しい。同じ高校に通えるのだとばかり思っていた僕だったが、家庭の都合で突如、転勤が決まり、転入試験を受けた友は、一家で卒業とともに引っ越す事となった。
まさか、そんな事が起きるとは、予想すらする事もなく。2月に入試を受け、合格が決まっていた僕たちは、余裕をぶっこいていた。そんな矢先の出来事だった。
そして、本当の別れは訪れた。
卒業式の日とともに。
式が済んだ後、僕たちは公園に向かった。
その折に咲いていたのが、その季節にしては早めに咲いていた桜の花だ。桜の花だった。桜の花が、僕たちの別れを彩ってくれたのだ。花びらを舞い踊らせながら。
友は携帯電話を持っていなかった。その時の僕も、持っていなかった。「珍しいな」と、お互いに声をかけ合った。
お互いに写真を撮る事もなく、ただ二人で花見をしていた。女子の一人や二人いてくれればな。なんて、冗談を言い合いながら。
友は住所を教えてくれた。僕も自分の住所を渡した。お互いに携帯電話を持ったら連絡し合う約束を交わし、僕たちは別れた。
その後、友からの連絡が来る事はなく。
来年は正月に年賀状を出してみようと、今更ながら思っている。
そう、年賀状を出すという習慣が僕たちには、なかった。そういう概念が喪失した世界に僕たちは、いた。全くなんたる失態だったのだろうと、今更ながらに思う。出すべき手紙は、ちゃんと出さなくてはならないという教訓を、思い知らされる羽目になった。
と、脳内思考が、あらぬ方向へとそれてしまった。が、これが僕の桜の季節に対する思いだ。思い出だ。
自然界には美しいもので、あふれている。悲しい出来事も美しく彩ってくれる。美しく彩ってくれる、そんな自然界。そんな自然界は美しい。美しいもので出来ている。そして、優しい。優しいもので出来ている。
なのに、何故。人間は、その美しさを生かしきれていないのだろう。自然界には思い出も美しいものに変えてくれる。美しいものに変える。
そんな力がある。そんな力があるというのに、人間はその美しい地面をコンクリートで埋めてしまう。コンクリートで固めてしまう。こんな世界、僕は嫌だ。もっと自然を大切にしたい。
この世界の住人なら、十分それが出来るだけの技術は身につけられるはずなのだが。僕は、そう信じている。
コンクリート固めする必要など、どこにもないのではないか。切り崩された山肌を見ても胸が痛むというのに。一体誰が、こんな世界にしてしまったのだろうか。何故、こんな世界に導かれたのか。何故、こんな世界になってしまったのだろうか。何故、誰も、その事に気づかないのか。気づけないのか。気づいていないのか。
便利さを追求する事はいい事なのだが、その方向性を間違えていると感じているのは、僕だけだろうか。きっと僕だけではないはずだ。僕だけではないはずだ。と、僕は信じていたい。そう信じていたい。
コンクリートで固められた地面。その地面が、手の中の花びらの、美しさを際立たせる。顔を上げると、コンクリートの道に桜並木が続いている。登り坂の向こうまで。
満開の桜。
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