第3話 新米現場監督の話

新米現場監督の話


 歳のいった人は勘違いすることは無いのかもしれないが、若い人の中には勘違いしている人もいるかもしれない。「監督」というものについてである。

 野球やサッカーの監督は、自分のチームの選手を分析しチームが最高のパフォーマンスを発揮できるように組み立てる。そして作戦を立てて選手に実行させる。簡単に言うとそういうことだと思う。一方現場監督はどういう存在か?建設業の中でも「建築」と「土木」での違いがあると思うのだが、私の専門の「建築」の話をしたいと思う。

施工部門で入社したゼネコン社員は新入社員の時から現場監督である。しかし、当たり前だが知識はない。私が入社した昭和62年当時は先輩が手取り足取り教えてくれることは無く、変な話ではあるが職人の中で特に経験のある人に半ば預けられた。半ば預けられたというのは、現場の長である所長が信頼できる職長といわれる人に「新入社員にいろいろ教えてやってくれ」と依頼するのだ。依頼された方は意気に感じていろいろ教えてくれるのだが、後から考えてみると正しいことばかりでもなかったというのが現実だ。考える機会を作ってもらったという程度に考えるのがよいかもしれない。そして、先輩の背中を見て学べということであったが、私の場合幸か不幸か見るべき模範となる先輩がいなかった。不幸だったのは参考にできなかったことであり、幸であったのは自分で考えるということを身に付けたことである。個人的にはもう少し先輩を参考にしたかったと思っているのだが、工事現場のメンバーというのは現場ごとに変化するものでもありなかなか理想の指導体系は無い。

 さて、新入社員は庇護のもとにいるかといえばそうではない。私の場合、最初は工事現場に張り付けと言われた。知識はないが、職人から質問されたら上司に報告し指示を仰ぐというメッセンジャーを行うことから始まった。繰り返すうちに自分で解決できるようになる。

 次に担当を任されるようになった。最初は山留工事だった。山留というのは地下工事のための掘削をするときに周りの土が崩れてこないようにする工事だが、都心の場合には道路のすぐ脇を直角に掘る必要があるので杭を打って切梁という突かえ棒をしながら深く掘っていくことになる。全部掘り終わったら一番底の躯体(鉄筋コンクリートの構造体)を作り、躯体により補強ができた順に切梁を解体していく。工事には各種の長に職長という人がいる。私は切梁を解体する工事の職長に指示を仰がれた。これから解体するにあたり、工程を重視して早く終わらせたいか?私はその通りだと答えた。東京は池袋駅の直近だ。私の上司たちは近隣の工事を反対する人たちのクレームを何とかかわすようにして工事を進めるようにしているのだが、そのクレームには騒音と振動があった。

 切梁はH鋼で構成されているので一ピース数百Kg~数tある。切梁の下部にはコンクリート躯体があるが、そこまでの高さは2~3mくらいだったか?ふつうは一本ずつジョイントのボルトを抜きながら静かに外して解体していく。

そんな中で切梁の解体が始まった。少し離れたところにいた私はものすごい騒音に気がついた。何が起きたのか?事故か?現場に行ってみると、切梁のH鋼をクレーンで静かに上げながら解体せずに、ジョイントのボルトだけ外して2~3m下のコンクリートの床にガンガン落としているではないか。交通量の多い町中にあってもものすごい騒音だった。当然私は「何をやっているのか」と問いただした。職長の回答は「工程優先で工事してよいって言ったでしょう」。即訂正したのは言うまでもない。

これからわかるように、現場監督といえども新米監督は職長に試される。ベテラン職長にとって新米監督のいう通りに動くのは腹立たしく思うのも分からなくもないが、こうやって職長はある意味現場監督をいじめて指導したのだった。

新入社員の時に他業種に就職した連中によく言われたのは「お前は監督だから、何もしないで口先で指示していればよいのだろう」という羨みの言葉だったが、現実は天と地だったのである。

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