第2話 カスハラの話
最近カスハラという言葉ができた。カスタマーハラスメントの略で、建設業の身近なところでいうと発注者や設計者が施工者に対し本来する必要のない業務を強要することになる。ではこれは現実どういうことを言うのか説明してみたいと思う。
発注者はお金を出す立場なので、総じて権限が強い。例えば工事の途中で「設計図にはこう書いてあるがこうしたい」ということがある。西洋では契約社会なので簡単にはいかないようだが、日本では当たり前の権利として発言される。設計者はそれを真正面から受け止めて検討し設計変更をする。施工者としてはもともとの設計図書に対してコストと工程を計画している立場なのでとばっちりも良い所となるのだが、変更内容が高価になるのであれば施工者も経費が上乗せされるからありがたいということにもなる。しかし、会社の利益は増えるかもしれないが社員の負担は増えるだけである。
問題は設計事務所の立ち回りである。発注者からの要望を聞くのは良い。その要望に適切な設計変更を迅速に独自でできるのかというところが問題なのである。設計者は一人で複数の物件を担当していることが一般的であり、多忙である。設計者も金額での競争入札をすることが多いので、かなり無理をして入手しているところも多いのではないだろうか(想像)。そして、無理をすればマンパワーがないから対策を考えざるを得ない。そこで白羽の矢が立つのは、というか業界で当たり前になっているのが、ゼネコンに業務を肩代わりさせることである。ゼネコン担当者にも一級建築士は多い。仮に資格がなくとも、建築物に対する最適解としての意見は持っている。設計者は設計変更に対する費用の査定をする立場であり発注者に意見できる立場であるから、権力的に立場が上である。だから設計者が施工者に協力を依頼すると施工者は断れないのである。
設計変更だけならまだよい。世の中には設計図書の密度、すなわちどこまでを設計図書として施工者に提供する必要があるのか、について定義がない。確認申請の書類には定義があるが、確認申請の図面だけでは建物は立たない。密度の薄い設計図書に対して施工者は見積もりをしなくてはならなくなるのだが、それは経験豊富だから経験一般則で見積もってしまう。設計者も特別なことをしようとしていない建物であれば、それで事足りてしまうのだ。
さて、では確認申請の図面よりは密度は濃いものの内容の薄い設計図書そのままで果たして建物は完成するのか。答えは否である。施工者は設計図書を具現化するために様々な検討をする。そして設計図書が稚拙であればあるほど、提案資料を作成し設計事務所を通して発注者に提示しなければならない。そして、迅速に決定してもらうことができなければ工期を圧迫するのである。工期が圧迫して速成費が発生しても発注者が支払うことはまずない。発注者も、発注者と施工者の間に入って査定する設計事務所も、速成費の算定根拠について査定する技術は無く、おまけに施工者も速成費を請求しても無理だという気持ちが大きいから請求しようとしないことが多いからである。とばっちりは工事終盤の内装業者に行くことが多い。
上記のような状況を建設業以外の人はどう考えるだろうか。交渉力の欠如又は努力不足と考えるだろうか。実態は力関係がモノを言うのが現実なのである。施工者は立場が弱い。請負をウケマケと自虐するのも理解できるだろう
さて、初めに触れたカスハラという言葉とどう関連して来ると思うだろうか。日本では建設中の設計変更は今まで当たり前だった。だから発注者も設計事務所も悪気はないのが普通だ。但し、中には悪気のある設計事務所があるのも事実だ。自分たちの設計図書は最低限にしておく。どうせ設計変更はあるのだから詳細は施工者に対応させればよい、そう考える設計事務所も少なくないからだ。設計図書を具現化するためのステップ「施工図」さえできていれば建物は立つ。これってカスハラだ。ゼネコンがしっかりしていればしっかりしているほど、設計事務所はカスハラがしやすかった。ゼネコンが素直に対応するからだ。かつて私が地場の小さいゼネコンとJVを組んだ時には当社が親だったのだが、子の会社は設計変更に対して無視であったのを覚えている。
今回言いたいのは、2024年4月1日より建設業の残業規制が始まる。残業をなくすためにどうしたらよいか、明確に回答できる人は少ない。忙しすぎるのが原因だろう。しかし、私が現場を担当しているときに残業時間を増やしたのは圧倒的に設計事務所の怠慢で、設計が完成していないかこちらの提案をもてあそぶことによるものが多かった。よって、設計事務所がしっかりすれば施工者の残業は減るのだ。設計事務所の残業規制は5年前に始まっている。ひどい設計事務所では、自らの残業が増えないようにゼネコンに仕事を肩代わりさせると明言しているところもあると聞く。
法律が変わる。ゼネコン社員も設計事務所に対するサービス残業はできなくなる。ゼネコン社員は決して下請け業者に仕事をスライドしてはいけない。法律を笠に着て設計事務所と対峙しなければならない。そしてここが大切、しっかりできない設計事務所を発注者にはっきり指摘しなければならない。
私はすでに現場を離れているので模範を示すことはできないが、現場時代には努力した。しかし時代が許さなかった。法律が変わる今こそ、関係者に改革をしてもらいたいと切に思う。
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