第50話 目立ちたくない
「単刀直入に言うと、リディアちゃんに、新年の宴に出て欲しいんだよね」
「は?」
「新年の、宴、ですか……?」
聞きなれない単語だったけれど、ジーク様は知っているみたいだ。
なぜ私まで出ないといけないのかと、皇太子殿下に詰め寄っていらっしゃる。
よくわからないけれど、ジーク様は出る予定、ということなんだろうか。
「新年を迎えて、皇宮で最初に開かれるパーティーだ。皇帝陛下と皇后陛下が必ず揃って出席されるから、余程の事情がない限り、ほとんどの貴族が参加している」
「ジーク様も、ですか?」
「ああ。俺だけではなく、叔父上と叔母上も参加するはずだ。父上はさすがに引退したから不参加だが」
新年の宴、を知らない私に、ジーク様が教えてくださる。
聞いている限り、たくさんの貴族の人が参加しそう。
私もパパとママの娘になったから、参加しないといけない、ということなんだろうか……
でも、それって皇太子殿下から聞くようなこと、なんだろうか……
「ユース、お兄様は……」
「ああ、アカデミーの生徒は来ないかな。あっちはあっちでいろいろやってるし」
ジーク様に聞いたつもりが、答えてくれたのは皇太子殿下だった。
皇太子殿下も、ユースお兄様をよくご存知みたいだ。
「それから、デビュタント前の令嬢も当然出席はしない」
「デビュ、タント……?」
どこかで、聞いた、かもしれない……
でも、私には関係ないと思ったのか、あまり記憶にない。
「社交界デビューのことだよ。リディアちゃんはまだだろ?だから、デビュタント前だね」
ああ、やっぱり、ほんの少しだけ、聞いたことがある気がする。
教えてくれたのは、ルイスさんだったか、ミアさんだったか、パパとママだったか、その辺も定かではないけれど。
私には一生縁のない話なのではないか、とその時はぼんやりと思った。
「つまり、私は本来出席しないって、ことですか?」
「ああ」
すぐにジーク様から頷きが返ってきて、ほっとする。
貴族の方がたくさん集まるような場所は、この国のこともマナーも何も知らない私としてはちょっと怖い。
「そう、本来は出ないんだけど、今回は出て欲しいんだ!」
「どうしてだ?」
私の疑問は、私より先にジーク様が皇太子殿下にぶつけてくださった。
ついでに、そんな必要ないだろう、と詰め寄っていらっしゃる。
「今回の新年の宴、主役はジークとリディアちゃんだからね」
「は?」
「え……?」
驚いたのは私だけではなさそうだ。
心なしか、ジーク様はもの凄く嫌そうな顔をしている。
「2人ともこの帝国を救った英雄だからね。新年の宴で、盛大にそれを称えようと……」
「いらん」
「だ、だけどさ、やっぱり今回の功績はかなり大きいと思うんだ、だから、ね?」
「そういった事は好きではないと、いつも言っているだろう。リディアもそんな風に悪目立ちさせる気はない」
取り付く島もない、とはこういったことを言うのだろうか。
ジーク様は皇太子殿下のお言葉をぴしゃりと跳ねのけると、ぐいっと私の手を引いた。
「これ以上ここにいる必要もなさそうだ。帰るぞ」
「えっ?」
「わーっ!待って、待って!!」
立ち上がり、今にも帰ってしまいそうなジーク様を皇太子殿下が止めている。
私はジーク様について行ってよいものかわからず、この場でおろおろとすることしかできない。
「いや、それがさ、父上にいろいろと報告した結果、父上も母上もリディアちゃんに会いたいって話になっちゃって」
「おまえ、まさか……リディアの事情を洗いざらい陛下に話したのかっ!?」
「しょうがないだろ。あの父上に隠し事なんて、無理だったんだよっ!」
ジーク様も、皇太子殿下も、どちらも勢い余ってか、バンっとテーブルを叩いた。
たくさん積み上げられているお菓子がぐらぐらと揺れて、落ちてしまわないかちょっと心配になった。
皇太子殿下のお父様は、なんだかすごい人のようだ。
いつもにこやかな皇太子殿下に、こんな風に言わせるのだから。
「ごめんね、リディアちゃん。でも、君が珍しい存在だからって、帝国で監視しようとか管理しようとか研究対象にしようとか、そんな気は俺も父上も微塵もないから」
私はそもそも、別にそんな想像は、していなかった。
むしろ、思いついてさえもいなかった。
でも、そうか、ジーク様がむやみやたらに異世界から来たということを広めないようにしてくださっているのも、こういうことを心配してのことなんだ。
私ももっと、意識して気をつけないといけないのかもしれない。
改めて、私はやっぱりこの世界では異物なのだと、思い知らされたような気がする。
「大丈夫です。皇太子殿下には、その、よくしていただいてますし」
きっと皇太子殿下のお父様なら、そんなに悪いことはされないのではないかと思う。
お会いしたことはないから、想像でしかないけれど。
けれど、ジーク様はそうは思っていらっしゃらないようで、皇太子殿下に対してすごく怒っているみたいだ。
「本当に、大丈夫なんだろうな?」
「ああ。皇太子の名にかけて、誓ってもいい。今回父上と母上が会いたいと言ってるのも、単にお礼がしたいだけだから」
「お礼、ですか……?」
皇太子殿下のお父様とお母様は、この国の皇帝と皇后だ。
それが国のトップだということは、さすがの私でも理解している。
そんなすごい方にお礼をされるようなこと、何かあっただろうか……
「そう、先日の件だよ。瘴気の件を解決できたのは、他でもない君のおかげだ」
「いえ、そんな……封印したのはジーク様ですし」
「もちろんジークにも感謝してる。でも、君がいなければやはり解決は難しかった。だから、君だってこの帝国を救った英雄だよ」
英雄だなんて、恐れ多すぎて言葉が出ない。
それこそ、この国のために恐ろしく強い魔獣にも立ち向かった、ジーク様に相応しい称号な気がする。
「ということで、今年の新年の宴の主役は、ジークとリディアちゃんだよ」
「勘弁してくれ……」
皇太子殿下はとてもよいことのように仰ったけれど、ジーク様はもの凄く嫌そうだ。
額に手をあて、力なく先ほどまで座っていた場所に再度腰をおろす。
とりあえず、帰るのは止めたみたいだ。
「あ、あの、その、主役って具体的には何を……」
「ん?特に何かする必要があるわけじゃないよ。皇帝と皇后がみんなの前で称賛してくれるってくらいかな」
皇太子殿下はなんでもないことのように言うけれど、それってもの凄く目立って注目を浴びそうな気がする。
私も、ジーク様同様、そういうのはあまり好きではないかも……
「だいたい、このサイズの令嬢がうろついてたら、目立ちすぎるだろう……」
「そりゃあデビュタント前の令嬢は参加しないから、さすがにこんな小さい子は他にいないけどさ。主役なんだから、どのみち目立つだろ?」
なんだろう、今は新年の宴についてのお話し中のはずなのに、ただ、ちびだと言われているだけのような気がしてしまう。
小さいことは事実でしかないので、否定も何もできないのだけれど。
「あ、あのっ、それって、その絶対、なんでしょうか?」
「ジークは嫌がるかもって思ってたけど、リディアちゃんもこういうの好きじゃない?」
「えっと、その、パーティーとか、出たことないですし……」
一番心配なのは、何も知らないことでジーク様にご迷惑をかけることだ。
パパとママにだって、恥をかかせるようなことになるかもしれない。
それに、以前お会いした伯爵家のお嬢様や、今日出会った女性たちを見て、貴族の女性たちとお話するのは難しいと感じている。
できれば、たくさん貴族が集まるような場所には、行きたくない。
「出席してくれるなら、皇家が懇意にしてるデザイナーのドレス、優先的に作れるようにもしてあげられるよ?」
「ドレスなんて、そんな……」
「人気のデザイナーだから、なかなかオーダーできないんだよ?でも、俺が口添えすれば、新年の宴に間に合わせてくれるはずだよ」
それは、是非とも、必要としているお嬢様たちに譲ってあげてほしい。
私なんかが割り込んで、わざわざそんなすごい方にドレスを作ってもらうなんて、恐れ多い。
「そういや、ドレスは作ってなかったな……この機会に作っておくのも、悪くはないが……」
「い、いえ、大丈夫ですっ!その、ママに前に買ってもらったの、ありますし……」
以前パパとママとお出かけした時、確かドレスも買ったはずだ。
そんなもの使わないと言ったのだけれど、いつか必要になるかもしれないから、と。
いつか、は未だに訪れていないから、未使用のままエルロード邸に今も保管されているけれど。
「ははっ、ジークは、自分で用意してあげたいって」
「へ?」
思わず、ジーク様を見たけど、何を考えていらっしゃるか私にはわからない。
「じゃあ、デザイナーは、とりあえず近日中にシュヴァルツ家に向かわせるよ」
「ああ、助かる。費用は全てこちらで負担する」
「え?えっ!?」
「俺からのプレゼント、にしてもよかったんだけど、ま、いっか」
「あ、あのっ」
あれよあれよという間に、ドレスを作ることが決まってしまっている気がする。
それって、つまり、新年の宴も、出ないといけない、ということなんだろうか……
「やっぱり、出席しないと、ダメなんでしょうか……?」
「とりあえず、ドレスをこの機会に仕立てておくだけだ。出席したくなければ、無理しなくてもいい」
「いやいや、ちょっと待って!デザイナーの手配は、出席してくれることが前提でしょ?」
出席したいわけではないけれど、こればっかりは皇太子殿下に同意である。
つまり、ドレスなんか作らなければ、いいのではないだろうか。
「あのっ、やっぱり、ドレスは……」
「なら、デザイナーはうちで手配しよう。アレクの言っているデザイナーではなくなるが、他にも腕のいいデザイナーはいる」
「い、いえ、そうではなく……」
「はぁぁぁぁぁ……」
皇太子殿下の盛大なため息が室内に響き渡った。
「なんだ?」
ジーク様がものすごく不機嫌そうな様子を隠さず、皇太子殿下に問いかけている。
「わかった。リディアちゃんについては、ちょっと父上と母上に相談してみるよ」
「えっ?」
「新年の宴に参加せず、2人に会ってもらう方向で。あんまり期待はしないで欲しいけど……」
皇太子殿下曰く、お父様に上手く意見を通すのはなかなか至難の業なのだそうで、最終的に押し切られてしまったら、相手は皇帝だしどうすることもできないのだそう。
確かに、国のトップに立つ人からの命令、となってしまったらどうすることもできないかも。
今、こうして、お伺いを立てて貰っているような状態だけでも、非常にありがたいことなのかもしれない。
「その代わり、ジークはよろしくね?」
「まぁ、仕方ないな」
「じゃあ、ジークが応じてくれたお礼ってことで、デザイナーはちゃんと手配してあげるよ」
それで、よいのだろうか。
ジーク様へのお礼が、私のドレスを作るデザイナーさんだなんて。
「話はまとまったし、今度こそ帰るか」
まとまった、のだろうか。
他のお礼を要求しなくていいのだろうか。
それとも、ジーク様へのお礼になったから、作るお洋服もジーク様のものになるのだろうか。
私の疑問は私の中で燻ったまま、ジーク様は今にも帰ろうとされている。
「あー、待って待って。お菓子、持ち帰れるように包ませるから!」
皇太子殿下はそう言うと、近くにいた方になにやら指示をされている。
それから、私の目の前に積みあがっていたお菓子は一旦下げられ、箱に詰め込まれて戻ってきた。
「はい、これ」
差し出された箱を、私は慌てて立ち上がって受け取ろうとした。
ところが、箱を持とうとした手を、ぐいっと皇太子殿下に引かれ、身体が皇太子殿下の方へと傾いてしまう。
「わっ」
「デザイナーは他でもないジークの望みだから、気にしなくて大丈夫だよ」
「えっ?」
耳元でそっと囁かれたその言葉は、おそらく私にしか聞こえていない。
突然のことにびっくりして皇太子殿下を見たけれど、ただにこにことした笑みを向けられるだけだった。
「おい、何してる」
「ちょっと、ね」
受け取り損ねた箱は、皇太子殿下が丁寧に私の手に預けてくれた。
ジーク様は不機嫌そうに皇太子殿下を睨みつけていたけれど、皇太子殿下の笑顔が崩れることはなく、最後は諦めたようにため息をついて、私を連れて部屋を出た。
「アレクに、何を言われた?」
「えっと、その……」
言ってしまっても、よいのだろうか。
まるでナイショ話のようだったから、言ってはいけないことのような気がしてしまう。
「言いたくないなら、いい」
「あ、その……っ」
「安心しろ、別に怒っているわけではない」
その一言に、ただほっとした。
「ジーク様は、よかったんですか?新年の宴……」
「まぁ、参加するのは侯爵家の当主である以上義務に近いしな。目立つことはできるだけ避けたいが、名誉なことでもあるから、これも仕事だと割り切るさ」
確かにたくさんの人から注目を集めて目立つのは嫌だなって思ったけれど、国を救った英雄として称賛されることは騎士様としてはものすごく良いことだ。
ジーク様はこの帝国の騎士団長なのだし、きっと今後もそういったことがあるだろう、むしろあった方がより素晴らしい騎士として評価してもらえるはずだ。
「おまえが変に目立たずに済むなら、それでいい」
「えっ?」
「社交界で注目を集めたい、とは思っていなさそうだったからな」
「どっちかっていうと、ちょっと怖いです……」
「ま、社交界は女の戦場とも言われるしな」
そんな一言を聞くと、ますます怖くなってしまう。
「いずれ関わることもあるかもしれないが、急ぐ必要はない。まずは、この世界にゆっくり慣れていけばいい」
その言葉は優しくて、暖かくて。
今のままの私を受け入れてくれているような気がして、とても嬉しかった。
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