第51話 新しいドレス


 皇太子殿下からいただいたお菓子は、到底一人では食べきれない量だった。

 ジーク様がなかなか食べられないと言っていたので、一部はパパとママのところにおすそ分けに持っていった。

 そして、残りはお邸の皆さんと一緒に食べたいとお願いしたら、ルイスさんが全員一緒に休憩時間にしてくださって、みんなでお茶しながら食べることができた。

 やっぱり皇太子宮のお菓子はなかなかお目にかかれないようで、皆さんとても喜んで食べてくださった。

 おかげで自然と会話も弾んで、普段聞けないような皆さんのお話も聞くことができて、とても楽しいティータイムを過ごすことができた。

 今度皇太子殿下にお会いしたら、改めてきちんとお礼を言わなければ。




 数日後、皇太子殿下によって、本当になかなかオーダーできないという有名なデザイナーさんが来た。

 なぜそれが本当だとわかったかというと、一緒になぜかパパとママまで来たからである。

 デザイナーさんが来る話は先日お菓子を持って行った時に話したけれど、日にちまでは伝えていないはずだ。

 だって、私もジーク様も、そのとき日にちまでは知らなかったのだから。

 いったいどうやって今日のことを知ったのか謎だけれど、皇族のオーダーを優先的に対応しているというこのデザイナーさんのお洋服は、高位貴族のご令嬢であってもなかなか手にすることができないのだと教えてくれたのは、こうして訪れたママだった。

 そんな貴重なものを、私が手にしてしまうのは非常に申し訳ないような気がしてならない。


「お嬢様は、どういったドレスが好みですか?」

「えっと……」

「こういう色もいいわね。あら、こっちの生地も素敵だわ」

「あえて、こういう色の生地にして、デザインはこんな風にするのもよいかと」

「あら、斬新ね。でも、それも素敵だわ!」


 デザイナーさんはたくさんのデザイン画や、サンプルの生地を持ち込んでいて、それを見ながらいろいろと説明をしてくれた。

 しかしながら、それを見ながら、デザイナーさんとママのテンションはどんどんとあがっていく。

 私は困って助けを求めようとパパとジーク様を何度も見たけれど、パパはにこにこと笑うだけで、ジーク様にはあからさまに目をそらされてしまった。


「こちらの生地はいかがですか?光の反射具合によって、ほら、お色が変わって見えるんです」

「まぁ、キラキラしてきれいね」


 角度が変わるたびに、色合いが変わるそれは、確かにきれいだなと思ったのだけど……


「ちょっとお値段の張る生地にはなるんですが」


 そんなデザイナーさんの一言で、絶対にダメだと思った。


「あ、あんまり高価なものは……」


 できればそもそもお高い素材は、最初から候補に入れないでもらおう、そう思ったのだけれど。

 先ほどまで、無関心に見えたジーク様に止められてしまう。


「値段は気にしなくていい。それが気に入ったんだろう?」

「あら、そうなの?じゃあ、生地はこれにしてもらいましょう!」

「お似合いになると思います。では、デザインを考えましょうか。あと、これにあわせる宝石も選びましょう!」


 気にしなくていいと言われても、気になるものはやっぱり気になるので、なるべくお金がかからないようにと思ったのに。

 ママとデザイナーさんによって、お話がどんどんと進んでしまう。

 こんな時、やっぱりパパは助けてくれないし、私もなかなか口を挟むことができない。


「俺もあれがいいと思っただけだ。きっと、よく似合う」


 ジーク様が、小さな声でそう言った。

 途端に顔が熱くなるのを感じる。

 こういう時、なんて返すのが正解なのかわからなくて、私はただ俯いて頷くことしかできなかった。




 生地が決まっただけでは、当然終わることはなくて。

 この生地に合わせるならと、次から次へと出される宝石や装飾品、そしてデザイン案の数々。

 あまりの量に、私は見ているだけでわけがわからなくなってきてしまい、結局大半はママに決めてもらった。

 それでも、だいたいの方向性はなんとか決まって、あとは仕上がりを待つだけとなり、ようやくほっと一息つくことができた。


「皇帝陛下と皇后陛下にお会いするなら、マナーのお勉強も必要ね」

「そうだね。リディア、またうちに通っておいでよ。ブリジットに習うといいよ」


 ドレスが決まっただけでは、終わらないようだ。

 新年の宴に出席するかしないか、まだわからない状態ではあるものの、お二人にお会いするのは確定のようだったし、そうなるとやっぱり失礼がないようにしないといけないみたいだ。

 またしばらく、エルロード邸に通うことになったので、ルイスさんとの文字のお勉強がまた少し止まってしまいそうだ。






 ***


 叔父上と叔母上の情報網は、いったいどうなっているのだろうか。

 アレクに手配してもらった有名なデザイナーが来たその日に、うちに来たことにも非常に驚かされたばかりだが、デザイナーにオーダーしたドレスが届いた今日もまた、2人揃って訪問してきた。

 当然、俺はどちらの日程も知らせてはいない。


「まぁ、リディア、かわいいわ!」

「本当、よく似合うね」


 届いたそれをすぐに着せてみせると叔母上が張り切って、リディアはあっという間に着替えさせられた。

 さすがは皇族が懇意にしている人気のデザイナーということだろう。

 リディアが気に入っていた生地を最大限に活かし、かつ、リディアの雰囲気にもよくあうデザインのドレスに仕上がっている。

 さらに、叔母上が率先して選んだ宝石をふんだんに使ったアクセサリーもまた、ドレスによくあっており、リディアを引き立てているようだ。

 くるり、とリディアがまわってみせると、きらきらと光が反射しドレスの色合いが変わっていく。

 それを見て喜んでいるリディアが、本当にきれいだと思った。


「リディア、それはずっとつけていないといけないの?」


 それ、と叔母上が指差したのは精霊石だ。

 先日の封印の際に、はずせないわけではないことはわかったが、確かにそれ以外でリディアがはずしたところを見たことがないような気がする。

 それこそ、寝ている時でさえ、つけているのだから。

 少し大きめの青い石は、確かに今回のドレスにはあまりあわないかもしれない。


「あ、これは、その……」

「はずしたくないなら、いいんじゃないかな?」


 叔父上の言葉に、リディアがあからさまにほっとした表情を浮かべた。

 つまり、はずしたくはないのだろう。


「ほら、ジークもぼーっと見てないで、何か言ってよ!」


 気づけば、叔母上が近くにいて、ずいっとリディアを押し出してくる。


「え……?ああ、とてもよく似合っていると……」


 リディアのドレスに対しての感想を求められているのだと思い、そう言ったのだが、リディアはなぜか俯いてしまった。

 求めていたものとは違ったのだろうか、もっと違った言葉が聞きたかったのだろうか、そんな事を考えていると、叔母上の楽しそうな笑い声が響き渡った。




 本当に、どうしてこうもタイミングがよいのだろう。

 今日に限っては、確かに日程を知らない貴族などいないはずではある。

 新年を迎え、今日はいよいよ皇宮で新年の宴が開催される日であるのだから。

 アレクが皇帝陛下と皇后陛下に掛け合った結果、リディアは貴族が集まるパーティー会場へは入場しないこととなった。

 だが、せっかくだからこの機会に会いたいという両陛下の強い願いにより、控室で待機し、パーティーが少し落ち着いた頃にそこで俺を含め4人で顔合わせとなった。

 両陛下も長時間パーティー会場に居ることは好きではないようだし、会場を離れるよい口実に使われているような気もしなくもない。

 名目は、今回の宴で主役となってしまった俺を、さらに別室で称えるということとし、よきタイミングで3人で会場を後にする予定だ。

 リディアとの顔合わせが済めば、そのまま帰ってよいと言われているので、俺としては悪い話ではなかった。

 また、リディアも、これならば両陛下以外には一切会うことなく終われるため、非常によいことだろう。

 そして、まさに、ミアがリディアをドレスに着替えさせようとしたその時、叔父上と叔母上がまたしても訪問してきたのだ。

 もちろん、目的は叔母上が自身の手でリディアを着飾ることだ。

 あまりのタイミングの良さに、ゾッとする。

 というか、今日は叔母上自身もパーティーに出席するため、準備が必要なのではないのだろうか。

 そんな思いで叔母上を見やったが、自分の準備はすっかりと終わらせてしまっているようだ。


「叔母上、うちにスパイか何かを送り込みましたか?」

「あら、なんのこと?」


 最近使用人が増えたわけでもなければ、邸の付近で不審な人物がいたという報告があるわけではない。

 だから、そんなわけないだろうとは思うものの、聞かずにはいられなかった。

 返ってきたのは、何を言っているんだと言わんばかりの笑い声だけだったけれど。

 その後、叔父上にも同じ疑問をぶつけてみたところ、


「うーん……、女の勘じゃないかな?」


 と、それはそれで恐ろしいと思う一言がが返ってきた。




 先に支度を終わらせてしまった俺は、流れで叔父上とともにリディアの準備が終わるのを待つことになってしまった。


「さすがジーク君、とてもかっこいいね」


 礼服に着替えた俺の姿を、叔父上がにこにこと見つめている。

 こういう瞬間、自分はまだまだ子ども扱いをされているような気がしていたたまれなくなる。


「叔母上の見立てのおかげですよ」

「うんうん、ブリジットは本当にセンスがいいよね」


 俺が今日着ている服は、先日叔父上と叔母上から誕生日にいただいたものだ。

 自分で選ぶとどうしても適当になりがちであるが、叔母上が選んだ服はいつも着心地も質もよく、デザインも洗練されたものばかりなので、こうして大事な時に袖を通すことが多い。


「でも、こんなにかっこいいと、リディアはパパなんて目もくれず、ジーク君に釘付けになってしまいそうだなぁ」

「叔父上も素敵ですよ」

「ありがとう。実は僕の服も、ブリジットの見立てなんだ」


 まぁ、そうだろう、とは思っていた。

 元々服を選ぶのが好きな叔母上が、叔父上の服を選んでいないわけがない。

 そして叔父上もまた、叔母上に服を選んでもらうのが好きなようだし、お似合いの夫婦である。


「あ、来たね」


 こつっと音がして顔を上げる前に、叔父上がそう言った。

 視線を追いかければ、リディアが叔母上に連れられて、一歩一歩真っ直ぐとこちらへ歩いてくる。


「さすがブリジット、想像以上にかわいく仕上がったなぁ、僕の娘は」


 叔父上の言う通りだ。

 先日ドレスが来た時に一度見たはずなのに、今日はまるで違って見える。

 整えられた髪型も、薄く施された化粧も、それから身につけた装飾品も、本当に今日の姿によく合っていた。


「ふふ、かわいいでしょう?」


 叔母上は、自信満々にそう言ったが、リディアは少し俯いて恥ずかしそうにしている。


「あ、あの、おかしくないでしょうか。いつもと違う感じなので、なんだか落ち着かなくて……」

「ああ、悪くない」


 俺の目の前で、不安そうに瞳を揺らしながら俺を見上げてくるリディア。

 なぜだか直視できなくて、俺は視線を逸らしながらそう言うのがやっとだった。


「悪くないってなぁに?かわいいでしょ?」

「うんうん、今日のリディアは世界一かわいいよ、ね、ジーク君」


 叔父上と叔母上は、俺の返答がお気に召さなかったらしい。

 かわいいと意地でも言わせようとしてくる2人を、リディアが必死に止めようとしてくれている。


「会場まで、僕がエスコートできないのが、残念だなぁ」

「そうね、一緒の馬車で行けたらよかったのに」


 今日、リディアが待機する場所は、皇族と皇族に許可された貴族しか入ることができない場所だ。

 俺が連れていくという約束になっている以上、皇宮までは俺と同じ馬車に乗る必要がある。

 心底残念そうな2人を、リディアは今度は必死になだめているようだ。


「今日はパパもママもとっても素敵!パーティーに行く前に、見れてよかった」


 この一言でかなり気分がよくなったらしい2人は、一足先に会場へと向かった。




「あ、あのっ、その、ジーク様も、とっても素敵です。すごく、かっこよくて……」

「そう、か……」


 俺たちも行こう、と差し出そうとしていた手が止まる。

 真っ赤な顔で少し俯くリディアを見て、こちらまで顔が熱くなるのを感じ、差し出そうとしていた手は自分の口元を覆うのに使った。

 心臓がまるで自分のものではないかのように、激しく音を立てている。


「俺たちも行こう」


 自身を落ち着けるよう、何度か深呼吸をした後、俺はようやくリディアに手を差し出した。

 おずおずと手を重ねてくきたリディアは、どうも全体的に動きがぎこちないようだ。


「どうした?どこか痛むのか?」

「いえ、その……ドレスを着てお出かけだなんて、生まれてはじめてで。その、なんだか、緊張してしまって……」


 その言葉に、思わず笑みが零れた。

 どれほど着飾って別人のように見た目が変わろうと、当たり前だが中身は変わっていない。

 そう思うと、ざわついていた心が落ち着いていくのを感じた。


「おまえもよく似合っていて、本当にきれいだ」

「へ?えっ?あ、その……っ」


 途端に慌ててわたわたと狼狽えはじめたリディアに満足感を覚えながら、俺はリディアとともに馬車に乗る。

 今も目の前で顔を赤くするリディアが、ただただかわいいと思った。

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