第42話 瘴気の発生源
目が覚めて、最初に感じたのは漠然とした不安だった。
突然世界に1人だけ取り残されてしまいそうな、暗闇にずっと、いやもしかしたらまたあの真っ白な世界にずっと、たった1人で閉じ込められてしまいそうな、なんともいえない不安がどうしても消えなかった。
それでも、ジーク様の気配を近くに感じると少しだけ安心できた。
なぜだかわからないけれど、ジーク様がこの場に私を繋ぎとめてくれるような、そんな気がしたから。
「魔獣を倒したのは、リディアちゃん?」
皇太子殿下が、私を覗き込むようにして訊ねた。
身分の高い方がいらしたのに、私は目が覚めたばっかりで、しかもベッドに寝かせてもらっていて、本当に大丈夫なのかとても不安だった。
でも、ジーク様も同じベッドの上にいらっしゃるおかげで、あまり畏まった場ではない雰囲気があって、少しだけ安堵することができた。
皇太子殿下が、リディアちゃん、と呼んでくださるのもまた、同様である。
「私ではないです。その……私の父の魔法です」
「父って、さすがにエルロード子爵ではないよね?」
「叔父上にはそんな力はないだろう」
「だよね、どっちかといえば夫人の方が可能性高いもんね」
お二人のお言葉を聞いて、この世界で私が父と言えば、皆当たり前にパパを思い浮かべるのだな、と思った。
でも、パパにもママにも申し訳ないけれど、お二人が嫌いなわけでは決してないけれど、やっぱり私にとっての一番の尊敬する父親はお父様だ。
今回の一件で自分がどれだけ守られてきたのかを実感したからこそ、あらためてそう思った。
「元の世界の、私の父です。父がおそらく亡くなる前に私にかけてくれた魔法が、魔獣を倒してくれました」
「それって、また同じような魔獣が出たら、倒してもらえるのかな?」
「いいえ、もう、消えてしまったので……」
お父様の使い魔が消える瞬間が思い出される。
ひとりぼっちになったような感覚が蘇って、身体が震えた。
「え……」
寝ている状態の私の身体と、布団の上からジーク様がぽんぽんと優しく叩いた。
「大丈夫だ」
優しいその一言に、なぜかものすごく救われるような気がする。
「困ったな、もし同じような魔獣がまた現れた場合、この帝国では倒す手立てがないってことか……」
皇太子殿下は顎に手をあてて、考え込んでいるみたいだ。
「例えばだけど、ジーク1人では無理でも、ジークのお父上とかあと数名ジークほどではなくても、そこそこ強い魔法剣士や魔導士を集めたら、勝てそう?」
「無理だろうな。以前うちの隊が遭遇した魔獣もそうだったが、攻撃が通用しないものが何人束になってかかろうとも、魔獣には傷一つつけられなかった。攻撃が通用しない以上、似たような結果で終わるだろう」
「そっか……」
皇太子殿下も、ジーク様も、とても困った表情をされている。
でも、そうか、あの魔獣を倒せば終わり、とはいかないんだった。
最近は強い魔獣がたくさん現れ始めてるから、次も考えないといけないんだ……
「あ、あのっ」
「ん?何?何か倒せそうな方法、ありそう?」
「いえ、倒す方法は、ちょっと思いつかないんですが……」
「そう、だよね……うーん、他国と協力したとして、ジークより強い魔法剣士がいるような話、聞いたことないしな……」
皇太子殿下は一瞬期待の眼差しで私を見たけれど、方法が思いつかないと言うとすぐにまた考え込んでしまわれた。
「倒す方法は、ないんですが、その……」
倒す方法でないと、皇太子殿下はご興味ないだろうか。
それ以外の話は、今はお邪魔かもしれない。
そう思うと、続きを言う勇気が、一気になくなってしまった。
「なんだ?何か気になることがあるのか?」
皇太子殿下はご興味ないかもしれないが、ジーク様はお話を聞いてくれそう。
そう思った私は、ジーク様に向けて、とりあえずお伝えすることにした。
「ああいう魔獣が、現れないようにする方法なら、あるかな、と思いまして……」
「えっ!?何それ、ホント!?」
「わっ」
気づいたら、皇太子殿下のお顔が真ん前にあった。
ベッドに乗り上げてまで、私の顔を覗き込んでいる。
というか、つまり隣にいらっしゃる、ジーク様が下敷きになっているような気がする……
「おい、アレク……」
一段と低い、ジーク様のお声が響いた。
「あ、ごめんごめん。とても興味深い話だったから、つい。その方法聞かせてもらってもいいかな、リディア嬢?」
皇太子殿下の雰囲気が、ガラッと変わったような気がした。
ちょっとピリッとした空気を感じて、身体が少し強張る。
すると、ジーク様が見えないところで、そっと手を握ってくださった。
大丈夫だ、と言ってくださったような気がした。
「ジーク様は覚えていますか?以前ここに来た男の子、瘴気が纏わりついてた……」
「ああ、覚えているが」
「あの子に纏わりついてた瘴気と、今回の魔獣から感じた瘴気、同じだったんです」
「瘴気なんて、どれも同じなんじゃないの?」
「え、えーっと……」
これで伝わる、と思った私の説明は、なんだか足りないみたいだ。
こういう時、やっぱり私がいた世界と、この世界は違うのだと思い知らされる。
私がいた世界では、魔術師なら当たり前に知っていることが、この世界では知られていない。
「えっと、瘴気って発生源によって、若干違いがあるものでして……」
「発生源?」
あれ?瘴気がどうやって発生するかも、あまり知られていない……?
私はこういう説明は、あまり得意ではないのだけれど、そこから説明するしかなさそうだ。
「そもそも瘴気は自然発生することもあるんですが、人々の悲しみや苦しみ、恨みや妬みなどの人の負の感情によって生まれたり、もしくはたくさんの人や生物の死によって生まれたりするんです」
「へぇ、そういうの、知らなかったなぁ」
「俺もはじめて聞いた、瘴気の発生源など、考えたこともなかったな」
「とりあえず、現れたらどうにかする、って感じだもんね」
やっぱり、この世界では知られていないんだな、とお二人の反応を見て思う。
私の世界では、魔法を学べば自然と教わる内容の1つだったのだけれど。
「だから、疫病が発生した時とか、戦争があったりすると、瘴気が大量に発生したりもするんです」
「ん~……でもうちは戦争とは随分無縁だし、最近疫病が流行ったりとかもしてないけどな……」
「あ、はい、今回のはそれとはまた違うと思います」
「そうなの?」
「はい、そういうので瘴気が大量に発生したとしても、たぶん違う瘴気を纏う魔獣が大量発生するだけで、その中で全く同じ瘴気を纏うものはいてもせいぜい数匹くらいだと思います」
発生源が疫病や戦争だったとしても、誰の死が元になったか、誰の感情が元になったかなどで瘴気が変わるため、全く同じ瘴気が大量発生するわけではないのだ。
いろんな発生源を持つ、少しずつ違いを帯びた瘴気が折り重なるように充満することが一般的なのである。
「つまり、同じ瘴気が大量に発生することはないのに、今回は同じ瘴気を大量に感じた、ということか」
さすがジーク様、相変わらず理解がお早い。
「そうです。私のいた世界に、魔獣はいませんでしたが、同じように瘴気のかたまりでできたような生き物はいました」
今思い出しても気持ち悪い、うねうねとしたおばけみたいなやつ。
私は瘴気のおばけ、なんて呼んでたけど、結局あれも瘴気の1つとしてしか捉えられていなかったからちゃんとした名前なんてなかった。
「それが通常、あんな風に大きくなる場合、いろんな瘴気が混ざりあって合体してしまったパターンが多いんですが……」
「今回は違っていた、と」
「はい」
「それで、違っていた場合、どんなことが考えられるの?」
「あくまで可能性の1つですが、どこかに瘴気が大量発生している吹き出し口みたいなのが、あるのではないかなと……」
必ずしもそう、だとは限らない。
私も話を聞いたことがあるだけで、目にしたことがあるわけではないから、想像の域を出ない面も否定できない。
けれど、十分に考えられる可能性の1つだとは思っている。
「人が生きている世界では、多少の瘴気の発生は仕方ないもので、上手く付き合っていくしかないのですが、瘴気が大量に発生するようなことはなかなかないことです。でも、ごく稀に突発的にそういう吹き出し口みたいなのが発生することによって、同じ発生源の瘴気があちこちに現れることがあるんだそうです」
「突然強い魔獣が現れだしたことを考えると、最近そういうのが発生した可能性は、ありそうだね……」
「そうだな」
お二人も今回の事象から、ありそうな可能性だと思ってくださったようだ。
拙い説明だったけれど、ちゃんと伝わって、お二人の理解を得られたようで少し安心した。
「ちなみに、ジークが倒した魔獣はどうだったの?違う瘴気だった?」
「あ、えっと、その、私は遭遇していないので……」
「じゃあ、以前おまえが倒した魔獣はどうだ?1匹1匹はたいしたことなかったが、結構な数現れただろう?」
「ご、ごめんなさい。あの時、はじめて魔獣を見て驚いたりで、そこまではちゃんと見てなかったというか……」
肝心なところで、役に立てていないようで落ち込む。
お二人の気にされている部分はごもっともで、そこの関連性がわかればもっと信憑性も上がったことだろう。
「大丈夫だよ、気にしないで。もし判れば、くらいのつもりで聞いてみただけだから」
「は、はい」
「問題は、その発生源をどう探すか、か……」
「見つけたところで、それをどうするかって問題もあるよね?塞げばいいの?」
ジーク様も、皇太子殿下も、同じように首を傾げ考え込んでいらっしゃる。
以前私の世界でそういうのが現れたのは、私が生まれる少し前だったと聞いている。
その時は、お父様が見つけ出し、そして吹き出し口ごと破壊したと聞いたけど、そんな馬鹿みたいな力技を使えるのはお父様くらいだって昔フィーネが言ってた気がする。
私の魔力が回復していれば、丸ごと浄化することもできるだろうけれど、一刻を争う状況で私の回復を待ってもいられないだろう。
その間に、またあの恐ろしい魔獣が発生してしまったら困る。
となると、残る方法は、やっぱり……
「ジーク様なら、封印できると思います」
「封印?」
「はい、瘴気が吹き出し口から出ないように、封じるんです。ジーク様くらいお力があれば、最低でも50年は持つと思います」
「それって、50年経ったら、また封印し直さないといけないってこと?」
「いえ、そんなに時間はかからないかと」
「え?」
「封印が解ける前に、たぶん私の魔力が回復してると思います。そうすれば、私が封印を開けて、浄化して消し去ることができるかと」
ぱぁぁっと皇太子殿下のお顔が輝いた。
「いいね!それで行こう!ジーク、よろしく!」
がしっと皇太子殿下が、ジーク様の手を握った。
けれど、期待に満ちた皇太子殿下とは違い、ジーク様は深いため息をつかれた。
「で、どこにあるんだ、それは」
「あ……そっか。まずは、探さないとダメなのか」
皇太子殿下の表情も一瞬で曇り、ジーク様よりもさらに深いため息をついていらっしゃる。
「あ、あの、たぶん、場所は探せると……」
「本当?リディア嬢が!?」
「だが、魔法は使えないんだろう?」
「えっと、正確には、私ではなくて……」
期待に満ちた眼差しと、訝し気な眼差し、二対の異なる眼差しに見つめられどぎまぎしてしまう。
そんな中、ゆっくりと身体を起こすと、お2人とも同時に私を止めようとした。
「まだ寝ていろ」
「無理しなくていいよ」
お2人ともそう声をかけてくださったけれど、私は緩く首を振った。
さっきは皇太子殿下のお姿に驚いて急激に起き上がったため、少し眩暈がしたけれど、今回はゆっくり起き上がったので大丈夫そうだ。
そんなことを考えていると、目の前に水の入ったコップが差し出される。
「戻ってから何も飲み食いしてないだろ、せめて水くらいは飲んでおけ」
そう言われて、はじめて、そういえば少し喉が乾いているかもしれない、と思った。
ありがたく受け取って飲んだお水は、なんだかすごくおいしく感じた。
「ごめん、そうだとは知らなくて。お腹空いてたら、食べながらでもかまわないけど……」
「い、いえ、大丈夫です」
それはそれで、緊張して食べられないような気もするし、お腹が空いているかと言われると、特にそんなこともなかった。
「で?どうやって探すんだ?」
そう問われて、私はそっと胸の精霊石の触れた。
「フィーネ、出てきて」
そういうと、フィーネはすぐに姿を見せてくれた。
ジーク様は今さら驚かれる様子もないけれど、皇太子殿下にお見せするのは、そういえばはじめてだっただろうか。
非常に驚いたご様子で、フィーネを見つめていらした。
「これは、何?」
これ、と指差された所為か、フィーネは怒ったように皇太子殿下を睨みつけている。
「えっと、俺、睨まれてる……?」
「私と契約してる水の精霊で、フィーネって言うんですけど……ごめんなさい、フィーネはその、元々あまり人間が好きではなくて……」
私とフィーネが出会ったのは、ちょうどフィーネが人間に酷い目にあわされてボロボロになっていた時だった。
だからこそ、フィーネは基本的に人間を嫌っている。
だが、私はそんなフィーネにとってそのボロボロの状態から助け出した恩人だそうで、私としては何か特別なことをしたつもりはないのだけれど、フィーネは私と契約をしたいと言ってくれた。
精霊は何かと変わり者も多く、契約を望んだところでなかなか契約してもらえないことの方が多い。
そんな中で、精霊の方から契約を申し出て貰えた私は、非常に恵まれていると言えるだろう。
けれど、特にその時精霊との契約を必要としてなかった私は、きっとフィーネはもうむやみに人間に力を使われるのは嫌だろうと思って、精霊の力は必要ないから友達になろうと言って契約をした。
契約すればいつもフィーネが一緒にいてくれる、当時の私はそれだけで満足だと思ったから。
そう、フィーネの力を使ったりはしないと約束したのは私なのだけれど、私は今その約束を破ろうとしている……
『プリンセス、用件は何?』
「えっと、その、フィーネなら、探せるかなって思って……」
『うん、できるよ』
「フィーネの力は使わないから、お友達になろうって言ったのは私なのに、図々しいお願いかもしれないけど……」
『別にいいよ。私はプリンセスになら力を使われていい、最初からそのつもりで契約を申し出たんだから』
「本当?あ、でも、精霊が力を使う時って、契約者の魔力も必要だよね。もうほとんど空っぽに近いんだけど、足りる、かな……?」
『大丈夫。プリセンスが契約の時、多すぎるくらいたくさん、精霊石に魔力を込めてくれたから、それを使えば十分』
フィーネはそう言って笑ってくれた。
魔力が強すぎるがゆえに、同世代の友達なんて作れなかった私にとって、フィーネは大事な友達だった。
だから、フィーネの力を利用するようなことはできればしたくないと思っていたけれど、フィーネが快く応じてくれて安心した。
「つまり、フィーネに探させるのか?」
「はい、精霊はその、契約者であればその力を借りることができるので……」
「つまり、リディア嬢がこの子の契約者だから、リディア嬢がお願いすれば聞いてくれるってこと?」
「はい、そんな感じです」
この子、と皇太子殿下がまた指を差し、フィーネはまた皇太子殿下を睨みつけた。
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