第43話 聞き覚えのある声


「それってすぐ探せるものなの?」


 フィーネは未だに皇太子殿下を睨みつけているのだけれど、2度目ともなると気にならないのか、それとも瘴気の発生源を見つけることが最優先だということなのか、あまり気にされていないようだ。


「はい。それで、あの、この国全体がわかる地図、とかあったりしますか?」

「ああ、それなら……」


 ジーク様が、ベッドから離れて行かれる。

 おそらく地図を取りに行かれるのだ、とわかっているのに服を掴んで引き留めたいような衝動に駆られ、必死にそれを抑え込んだ。


「ほら」


 ジーク様は特にお部屋から出られることはなかった。

 お部屋の中に地図があったようで、それを持ってすぐにベッドまで戻ってきた。

 そして、それを近くのテーブルの上に広げ、私たちに見せてくれる。


『今いる場所って、どの辺?』

「首都だから、だいたいこの辺りかな」

『ふーん……』

「フィーネ、お願いできる?」


 問いかければ、フィーネはこくりと頷いた。

 そしてフィーネから光が溢れ、そしてそれは水面に水滴が落ちた時に広がる波紋のように、波打って広がっていく。

 きっと、その光がこの国全体へと広がって、瘴気の吹き出す場所を探してくれているのだ。


『見つけた』


 フィーネがそう言うと、地図のある一か所に光の柱が立つ。


『たぶん、その辺り』


 フィーネがそういうと、ジーク様と皇太子殿下がすぐに地図を覗き込んだ。


「随分と山奥だな……」

「まぁ、行けなくはないでしょ」


 ジーク様がすぐに、地図に印をつけた。

 それをフィーネが確認したからだろう、地図に立っていた光の柱は消えてしまった。


「あとはここに行って封印するだけか。リディア嬢は体調が悪そうだし、すぐにってわけにはいかなさそうだね」

「リディアが行く必要はないだろう。封印は俺がするんだろう?」

「ジーク、封印なんてやったことないだろ?ちゃんとできてるか、リディア嬢に確認してもらうべきでは?」

「だが……っ」


 ジーク様は、反論されようとしたみたいだけれど、口ごもってしまわれた。

 使ったことない魔法を使うことになるのだ、成功したかどうか魔法を知っている私が確認すべきだという皇太子殿下のご判断は間違ってはいない。

 きっと、ジーク様もそう思っていらっしゃるから、上手く反論できないのだ。


「も、もちろん、私も行きます。封印方法も、お伝えしないとですし」

「それは、事前に聞いておけば、大丈夫だろう」

「でも、状況によって、変わるかもしれないので、実際に傍で見ながらお伝えした方が……」

「しかし……」

「助かるよ、リディア嬢。その方が確実そうだ」


 ジーク様のお言葉を遮って、皇太子殿下が私の手を取って、にっこりと笑った。

 一方のジーク様は、とても怖い顔で皇太子殿下を睨んでいらっしゃる。


『ところで、封印の魔法、どうやって教えるつもりなの?』

「それは、もちろん、魔力をなが…………せる、わけない、か……」


 魔法を教えるのは、ある程度魔法を使える人が相手なら、自分の魔力を流し込んで使い方を導く方法が非常に手っ取り早い。

 ジーク様は前回毒に侵された時に、その方法が使えたので今回もその手を使おうと思っていた。

 そうすればめんどくさい説明だとか、全て省くことができるから、私でも簡単に教えることができると思って。

 けれど、今そんなことができる魔力が、私にはないということが抜けていたようだ。


「ど、どうしよう……」

「魔力を流さないと、やり方は伝えられないのか?」

「その封印の魔法って、仕組みがとっても複雑でややこしくて、そういうのちゃんと全部説明できる自信があんまりなくて……書物とか読んでもらってある程度知識を持ってもらったら、感覚的な説明でも上手くいくかなと思うんですが……」


 当然ながら、そういった書物はこの世界に持ち込んではいないわけで。

 他に思いつく方法がないわけではないが、その方法はあまり使いたくない、そう思っていたのだけれど。


『はぁ……しょうがないから、私がやってあげる』

「えっ?いいの?」

『だって、あれをほっとくと、プリンセスがこの世界でまた危険な目にあうかもしれないでしょ?』


 フィーネなら私よりずっと上手く、使い方を導くことができるはずだ。

 けれど、その対象がジーク様になるから、きっと嫌がるだろうと思っていたのに。


「ありがとう、フィーネ。でも、それも、精霊石の魔力で足りるの?」

『うん、十分』

「そっか、よかった……」


 これで、封印もなんとかなりそうだ。


「とりあえず、ジークとリディア嬢が行けば、封印はできる?何か準備することある?」

「あ、封印に使う剣が必要かな、と」


 別に剣にこだわる必要もないけれど。

 ジーク様は剣の扱いにも慣れているだろうし、剣がいいだろうと思った。


「いつも使っている剣でいいのか?」

「絶対ダメですっ!!」

「そ、そうなのか……」


 強く言い過ぎただろうか。

 ジーク様が驚かれて、少し身体を後ろに引いた気がする。


「封印に使った剣はそのままそこに置いてくることになるので、二度と使えません。なので、普段お使いになっている剣は使わない方がよいかと」

「ふーん、なら、それはこっちで用意するよ。どういうのがいいの?」

「なんでもいいんですが、魔力が流しやすい物の方が、使いやすいと思います」

「わかった。じゃあ、剣の準備ができたら、3人で出発しようか」

「さん、にん……?」

「えっと、ジーク様と、私と……フィーネ、でしょうか……?」


 てっきりジーク様とお2人で行くと思っていた。

 ジーク様もそれは同じだったみたいで、思わず2人で顔を見合わせてしまった。


「精霊は人数にカウントしてなかったなー、俺だよ俺っ!」

「は?皇太子が行けるわけないだろう、といつも……っ」

「たまにはいいじゃん!魔獣討伐ってわけじゃないんだし、視察ってことでさ。帝国一の魔法騎士と行くんだから、他に護衛もいらないって」


 ジーク様は頭が痛い、と額を押さえていらっしゃる。

 心なしかお顔の色も悪いような気がして、心配だ。


「よし、話もまとまったことで」


 パンと皇太子殿下が手を叩いた。


「必要な手配は俺がやっておくから、2人とも出発までにしっかり身体を休めておいてね」


 つまり、皇太子殿下が一緒に行かれるのは、確定みたいだ。

 忙しくなるぞ、と大変そうなことを心底楽しそうに仰りながら、皇太子殿下は帰って行かれた。


「はぁ、まったく……」


 ジーク様はそう言うと、深いため息をつかれた。




「とりあえず、何か食べた方がいいな」


 ふわり、と優しい手が私の頭を撫でてくれる。

 それだけで、すごく安心できるような優しい手。


「何か食べたいものは?」


 ジーク様に、そう問われていろいろ考えたけれど、特にこれといったものは浮かばなかった。

 ただ、思ったのは……


「あたたかいものが、いいです……」

「そうか、すぐ準備させよう」


 そう言うと、ジーク様はまた、離れて行こうとなさる。


「あ……」


 わかっている、私のために、お食事を準備してくださるために、ジーク様は離れるのだ。

 きっと、それはほんの少しの間だけだ。

 それでも、なぜか不安に駆られ、行ってほしくないと思ってしまう。

 ジーク様を、困らせてはいけないのに。

 そう思っていると、ジーク様が私の手を握った。


「大丈夫だ」


 ジーク様はそう言うと、手を握ったまま扉の方を振り返る。


「ルイス、いるか?」


 少し大きめの声で、ジーク様が扉の向こうへと声をかけるとすぐに扉が開く音がする。

 それから、ルイスさんの姿が見えるまでは、ほんのわずかな時間だった。


「何か消化のいい、温かい食事を用意するように厨房に伝えろ」

「かしこまりました」


 ジーク様は、私の不安な気持ちに気づいてくださったのだろうか。

 すぐに立ち去っていったルイスさんを見送りながら、そんなことを考える。

 ここから離れて行かなくて済むように、対応してくださったような気がする。

 私の思い込みにすぎないかもしれないけれど。


「あ、あのっ」

「なんだ?」


 ありがとうございます、と言おうと思ったのだけれど。

 何に対してか聞かれてしまって、もしも私の勘違いだったら……そう思うと言葉が上手く続かない。


「えっと、その……あ、私、ここに戻って来てからの記憶が、曖昧で……」


 結局出てきたのは、そんな言葉だった。

 けれど、これも本当のことで、お父様の使い魔が消えてしまってから、何があったかよく覚えていない。

 ただ、真っ暗な場所に、ずっと1人きりだったような気がする。

 けれど、夢の中で、ジーク様に会ったような気もする。

 所詮は夢の中だから、私が勝手に都合よく作り出しただけだろうけれど。


「覚えて、いないのか……」

「お父様の使い魔に、部屋に運んでもらったのは覚えてます。それから居なくなっちゃって、それで……」

「リディア?」

「あ、れ……?」


 どうしてだろう、使い魔が消えてしまった瞬間を思い出すと、急に震えがきて、涙が止まらない。


「ち、ちがうんです、ごめんなさい……」


 別に悲しいわけでもない、それなのにこんなに泣いてしまっては困らせてしまう、迷惑に思われてしまう。

 そう思うのに、涙を上手く止めることができない。


「大丈夫、大丈夫だ」


 ジーク様に引き寄せられるように、抱きしめられた。

 お洋服を涙で濡らしてしまう、そう思うのに、心地よくて離れることができない。


「こうしていると、落ち着くか?」


 そう問われて、そういえば、震えは治まったことに気づく。

 よくわからないけれど、自分の中に燻っている不安な気持ちが、少しずつ薄れていくような気がした。


「はい」

「なら、このまま話そう」


 ジーク様がはそう言うと、私が覚えていない、使い魔がいなくなった後のことを話してくださった。

 その時のジーク様は、怪我のせいで気を失っていて、お医者様の手当てを受けた後1日ほど眠ったままだったそうだ。

 お身体がとても心配だったけれど、怪我は治りきってはいないものの、昨日より体調はずっとましになったから大丈夫だと仰った。

 そして、私もあの後ずっと、眠っていたのだそうだ。

 正確には、起きているのか寝ているのかも、わからない状態だったのだという。

 話しかけても反応は何もなく、お医者様に診せたところ精神的なショックを受けたのだろう、と言われたそうだ。


「精神的なショック……」


 使い魔が消えたことは、確かにショックだったけれど、それほどまでのことだっただろうか。

 そう思い返した時、白い部屋がフラッシュバックした。


「い、いやっ」

「リディア?」

「痛い、痛いのっ、もう、いや……っ」


 魔力を自分から渡している時はそんなことはなかった。

 けれど、人から無理矢理奪われる時は、どうしても痛みが発生する。

 それだけでは終わらず、本来なら奪われているその間だけの痛みのはずが、私を子どものままで閉じ込めるために用意された部屋に悪影響を受け、無駄に長く身体に留まった。

 だからこそ痛みが消えないうちに、次の痛みが現れて、痛みは日に日に増すばかりだった。

 せめて、魔力の回復が遅れたら、休めるかもしれないのに、無駄にしっかりと体調を管理されているおかげで、そんなことは決して起きなかった。

 でも、辛くて苦しくて心が折れそうな時は、いつもお父様の言葉を自然と思い出して、お父様が傍にいてくれるような気がして、それでなんとか1日を乗り越えられたのだ。

 それは、お父様が魔法でずっと、守ってくれていたからだと、今になって気づいた。

 そして、もう守ってもらえない、これからは本当に1人ぼっちであの痛みに耐えなくてはいけない、そう思うとただ怖かった。

 もう一度あれに耐えられる自信なんて、今の私にはなかったから。


「大丈夫だ、痛いことはもう、何もない」

「え……?」

「どこが痛い?」


 優しい声が聞こえて、ここはあの白い部屋ではなかったことに気づく。

 いつの間にか、あの部屋に戻ったような気分で、あちこち痛みがあるような気になっていたけれど、そんなことはなかった。


「ごめんなさい、私……」


 何もないのに、1人で騒いでしまってなんて迷惑なのだろう。

 きっとジーク様も呆れてしまっただろう、と思う。

 でも、それよりも気になったのが……


 ――どこが痛い?


 痛くて辛くて誰も助けてくれなかったあの場所で、同じ声を聞いたような気がした。

 そんなこと、あるはずなんてないのに。


「ここにいる限り、誰もおまえの魔力を奪ったりしない。奪わせないと約束する」

「な、なんで……」


 まるで知っているみたいだ、あの部屋のことを。

 ぎゅっと抱きしめられて感じるあたたかさも、やっぱりあの場所で感じたことがあるような気がした。

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