第28話 壊滅的な不器用さ


 今回の魔法は、正直本当にしんどかった。

 もう二度と魔法を使いたくないかも、と思えるほどに使った後の疲労と苦しさが半端なくて。

 結局、回復するまでに5日もかかってしまった。


 びっくりするのが、寝込んでいたこの5日間、ジーク様は朝、昼、晩と食事時付近に様子を見に来てくれた。

 時には私が寝ている時も私の傍でお仕事をしながら、私が目を覚ますのを待っていてくれたりもして。

 そして、極めつけは、食事は全てジーク様が食べさせてくれたのである。

 私がスプーンを握る力すらなくて、相当心配させてしまった所為なのだとは思うのだけれど、傍にミアさんがいる時でも、ミアさんの手を断ってまでジーク様がしてくださったのは、かなりの驚きだった。

 気にかけてくださったのはすごく嬉しかったのだけれど、同時にこの5日間、死にそうなくらい恥ずかしい思いもした。

 けれど、そんな私の心を知ってか知らずか、ジーク様はこの5日間、私に食べさせる時はとても楽しそうに見えた。

 私が恥ずかしそうなのが、おもしろかったのかもしれない。

 それでも、ジーク様がお忙しい中、毎日甲斐甲斐しく私の世話をしてくれたおかげで回復したのは事実なので、とてもありがたいと感謝はしている。


 また、今回はフィーネにも、魔法はしばらく控えるように、としっかりお小言をもらった。

 まあ、残りの魔力量を考えると、使える魔法ももう、そんなたいしたものはなさそうだけれど。

 私はすっかり、使い物にならない魔術師になってしまったようだ。




「誕生日、ですか?」

「ええ、もうすぐなんですよ」


 最近、お邸の皆さんが大変忙しそうに何かを準備されているのが気になってはいた。

 その理由を聞くに聞けない状態だったのだけれど、ミアさんの何気ない一言でそれは明らかになった。


「ジーク様の、お誕生日……」


 あらためて、ジーク様について、知らないことばかりだな、と思った。


「貴族だと、お誕生日にパーティーを開いて、お客様をたくさんお招きしてお祝いすることも多いんですが、旦那様はそういったことがお嫌いで……」


 確かに派手なパーティーとか、あまりお好きではなさそうな気はする。


「だから毎年、使用人たちでささやかなパーティーを開いて、お祝いをしているんです」

「なるほど」

「今年は、お嬢様も是非一緒にお祝いしましょう。きっと、旦那様もお喜びになりますよ」


 お祝いは、もちろんしたいと思う。

 でも、いつもの恒例のパーティーに、私がお邪魔しても大丈夫なのだろうか。

 それに、お祝いと言っても、具体的に何をすればいいのだろう。


「皆さんはいつも、どんな風にお祝いされているんですか?」

「シェフの皆さんは、いつもより豪華な料理を用意しますね。ルイスさんはお一人でプレゼントを用意されていますが、他の使用人たちは数名でお金を出し合ってプレゼントを用意したりしています」

「プレゼント……」


 なんでも持っていそうなジーク様へのプレゼント、正直、何も思いつかない……


「旦那様はいつもご自分のお誕生日をお忘れで、我々のお祝いにすごく驚いてくださるのです。お嬢様がお祝いのお言葉を仰るだけでも、十分なサプライズプレゼントになりますよ」


 私はただ、その場にいて皆さんとお祝いをするだけでいい、そう言ってくれているのだと思う。

 きっと、そもそもそういう意図で、お祝いをしようと誘ってくれたのだと思うのだけれど、せっかくなら私も、何かしたいと思う。

 ジーク様が喜んでくれるような、何かを……


「私にも、何か他にできることは、ないでしょうか……」

「うーん……そうですねぇ……あっ!お料理なんてどうでしょう?」

「お料理、ですか……?」

「はい、パーティーのお料理はシェフの皆さんが用意しますが、一品だけお嬢様がお作りになったものもお出しするんです!きっと旦那様は喜んで召し上がられるかと」


 そんなもの、ジーク様は喜ぶだろうか。

 シェフの皆さんが作った方が、絶対おいしいのに……

 何より私に、お料理なんてできる気がしないのだけれど。


「お嬢様でも作れるような簡単なお料理を、教えてもらいに行きましょうか?」

「皆さんのお邪魔に、ならないでしょうか?」

「大丈夫ですよ、きっと皆さん、お嬢様がいらしたら喜びます」

「でも、私、本当に不器用で……」

「練習すれば、大丈夫ですよ!そうと決まれば、善は急げです、お嬢様!!」


 私はキラキラとしたミアさんの笑顔に、つい差し出された手を取ってしまった。

 だが私はすぐに、この時の自分を呪いたいほど、このことを後悔することになった。






 ***


 ドゴォン


 それは穏やかな昼下がりには到底似つかわしくない、けたたましい爆発音だった。

 同時に、邸が下から突き上げるように揺れるのを感じた。


「何事だ、いったい……」

「階下から、でしょうか……、すぐに見て参ります」


 さすがにルイスも、あまりに想定外の音だったようだ。

 その表情に、戸惑いの色が浮かんでいる。


「いや、俺も行こう」


 執務室や俺、リディアの部屋があるのは3階。

 使用人たちの部屋が2階、だが、この時間はほぼ無人の状態だろう。

 となれば1階だろう、俺はそう考え、ルイスとともに1階を目指すことにした。




「なんだ、これは……」


 厨房の一角が、見事に真っ黒だった。

 何をどうすればこうなるのか、検討もつかない。

 そして、何より恐ろしいと感じたのは、その中心にあろうことかリディアもいるということだった。


「リディア、怪我はないか?」

「はい、大丈夫です……」


 真っ先に駆け寄って、無事を確かめる。

 だが、リディアはどこかばつが悪そうに視線をそらした。

 言葉だけでは信用できないと、身体を一通り確認したが、顔がすすで少し汚れているくらいで、どうやら怪我はしていないようだ。


「これはいったい、どういうことだ?」


 通常では起こりえない事態が、よりにもよってリディアがいる時に起こるなんて危険すぎる。

 厨房の責任者を問い詰めようと、一歩前に出て睨みをきかせた時だった。

 ぎゅっとリディアが俺の腕にしがみついた。


「ち、違うんです、私が、その……」

「いえ、そもそも私がお嬢様を料理にお誘いしたのが……」

「いや、我々がしっかりと確認していなかったのが……」


 リディアがシェフたちを庇うように声をあげれば、それを庇うようにミアが声をあげ、さらにそれを庇うようにシェフが声をあげる。

 そしてまた、リディアが、違うんです、と声をあげた。

 堂々巡りで話が進まない。

 だが、なんとなく状況を理解できてしまった自分がいる。

 おそらく、これはリディアが料理をしようとして起きてしまったのだろう。

 なぜ、料理をしようと思ったかはわからないが、発案はおそらくミアで、教えたのがシェフたちだろう。

 シェフたちも、まさか自分たちが傍で教えているにもかかわらず、こんな事が起きるとは夢にも思わなかっただろう。

 何をどうしたら料理の過程で厨房の一部を真っ黒にできるのか、ある意味これも才能かもしれない。

 そういえば、以前魔法以外は何をやってもダメだったと言っていたような気がする、その時はここまで壊滅的な話だと思わなかったが……

 もらったミサンガもいびつな網目だったし、とても不器用だというのは間違いなさそうである。


「とにかく、おまえたちはすぐにここを片づけろ」


 指示を出せば、使用人たちがすぐに動き出す。

 ルイスは他の持ち場にいた使用人たちも、こちらに呼び寄せて手伝わせようとしているようだ。

 確かに、このままだと厨房がまともに使えないだろう。


「わ、私も、手伝いますっ!!」


 リディアがそう言って手伝おうとした瞬間、ガシャンと何かが割れる音がした。


「ご、ごめんなさいっ」

「大丈夫ですよ、お嬢様」

「危ないですから、どうかお下がりください」


 よくよく見れば、厨房内には真っ黒になった一角にも、あちこちありえないような失敗の跡が見える。

 どうやら、失敗は1度や2度ではなかったようだ。

 このままリディアをここに置いておくと、使用人たちの片づけは一向に進まないかもしれない。

 そう思っているうちに、また、何かが割れる音がして、俺は頭を抱えたくなった。


「お嬢様、危ないですっ」

「触ってはいけません、怪我をしてしまいます」


 おそらく、またリディアがやらかしただろうにもかかわらず、使用人たちは全くリディアを責める様子もなく、ただただ心配しているようだ。

 それだけリディアが使用人たちに好かれているということかもしれないが、それにしてもよくできた使用人たちである。

 今度、何か特別手当を考えてもよいかもしれない、と思いつつ、俺は元凶のリディアの腕を引いた。


「あっ、ジーク様……」

「ここは使用人たちに任せておけ」

「で、でも……っ」

「これはそいつらの仕事だ」


 むしろおまえが居ない方が仕事が捗るはずだ、というのはさすがに落ち込みそうだから言わないでおく。

 そうでなくても、度重なる失敗のせいで、随分落ち込んでいるようだから。


「ルイス、あとは任せた」

「かしこまりました」


 俺はリディアを部屋へ連れていくべく、リディアの手を引いて歩き出した。

 落ち込んだままのリディアは、おとなしくついてきている。

 以前、働かせてほしいなんて話もあったが、この様子では無理だっただろう。

 そんなことを考えながら、俺はリディアの部屋へと向かった。






 ***


 卵を割れば殻が入り、小麦粉を入れようとすれば全部ひっくり返してしまい、ボウルの中身をかき混ぜようとすれば中身を全てぶちまけてしまった。

 フライパンで焼いたものは、元が何だったかもわからない程真っ黒で、お鍋を使おうとすれば火があがる。

 失敗すればするほど焦り、また失敗を繰り返してしまい、最後は気づいたら、なんと厨房が真っ黒になってしまっていた。


「はぁぁぁぁ……」


 なぜこんなに、悲しいほど不器用なのだろう。

 唯一の取柄の魔法がほとんど使えない今、自分にできることを探すのがものすごく難しい。

 せっかく知ったジーク様のお誕生日、私も何かお祝いしたいのに。

 おとなしくお祝いの言葉だけにした方が、誰にも迷惑がかからないのかもしれない。


「どうしよう……」


 私の呟きに、応えてくれる人は今、誰もいない。

 ルイスさんも、ミアさんも、他の皆さんも、きっと厨房を片づけるのに必死だろう。

 だって、あれを片づけないことには、ジーク様のお夕食が出せなくなってしまう。


「ミサンガだって、あんなに大変だったもんな……」


 一見、針と糸を使うわけではないそれは、簡単に作れそうに見えて、全然そんなことはなかった。

 糸を編むだけであんなに大変だなんて、夢にも思わなくて、ママがいなかったら、とっくに……


「そうだ、ママ!!」


 ママに相談すれば、何かいい案をくれるかもしれない。

 こんな私でもできそうな、ジーク様のお祝いを。


「そういえば、パパとママは、ジーク様のお誕生日、知ってるのかな……」


 お邸の皆さんでお祝い、と言っていたけれど、パパとママ、それにおじ様も一緒にお祝いはできないだろうか。

 派手なパーティーはお好きでなくても、家族にお祝いされるのは、きっと喜ばれるだろうと思う。

 後でミアさんに相談してみよう、私はそう思ってミアさんが戻ってきてくれるのを待つことにした。




「エルロード子爵夫妻でしたら、毎年お祝いにいらっしゃいますよ」


 厨房の片づけが終わったと、ミアさんだけではなく、ルイスさんまで報告に来てくれた。

 ルイスさんは、私が気にしないようにと、厨房をピカピカに磨き上げるよい機会だった、なんて笑ってくれている。

 私はそれでも申し訳なさすぎて、一緒に笑うことはできなかったけれど。

 そんなお二人に、先ほどの疑問をなげかけてみたところ、ルイスさんからこんなお答えが返ってきた。


「パーティーに特にお誘いをしているわけではないのですが、毎年お祝いに来られ、結果的にいつもそのままご参加されていらっしゃいます」

「そうなんですね、ではおじ様は?」

「大旦那様は、旦那様が爵位を継がれて以降、直接お祝いなさるようなことはございませんね」

「でも、お祝いのプレゼントは毎年届いていますよ」


 おじ様は領地からずっと出ていらっしゃらない、と聞いていたけれど、ジーク様のお誕生日でさえ来られるようなことはなかったようだ。

 でも、先日、こちらにいらしたのだから、今年は来ていただけるのではないだろうか。


「ルイスさん、お願いがあります!」

「なんでしょう、お嬢様」

「おじ様に、ジーク様のお誕生日にいらしていただけるよう、お手紙を書きたいのです。教えていただけますか?」

「もちろんでございます」

「よかった!あと、明日、馬車の準備もお願いできますでしょうか?」

「エルロード邸へ行かれるのですか?」

「はいっ」

「かしこまりました、ご準備しておきます」


 よかった、これでママに相談できるし、おじ様もお誘いできそうだ。

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