第11話 思い浮かべるものは…


「落ち着いたようだな」


 店員さんたちも見ている中で、それはもうしっかりと泣き続けてしまって。

 ようやく涙も止まり、たくさん泣いたせいかすっきりもした。

 しかしながら、あまりに恥ずかしくいたたまれなくて、泣き止んでも顔をあげられないでいる。


「これ、注文していいんだな?」


 一見、他のお洋服のように強引に購入を決めるのではなく、私の意見を聞いてくれているように見える。

 でも最初から私の答えは決められているような気がした。

 私は未だ顔をあげられないまま小さく頷く。

 頭上で侯爵様がくすっと笑ったように感じた。


「お嬢様、必ず再現してみせますのでご安心くださいね」


 店員さんが優しく声をかけてくれる。


「あ、あの、サイズ、大きめで作れますか?いつか大人になったときに着れるような……」


 母が持っていたのと同じサイズは難しいかもしれない。

 でも、もしこれを着る機会があるなら、それは今の私ではなくて、もっと成長して大人になった私がいいと思った。

 私の意見を聞いて、店員さんは許可を求めるように侯爵様を見た。

 私もその視線を追ってしまって、侯爵様と目があってしまう。


「彼女の希望通りで」

「かしこまりました。ではお嬢様、少しあちらでお話お伺いできますか?お洋服の細かい部分をお聞かせいただきたいので」


 あちら、と言われた方には数名の店員さん。

 もしかしたら、実際にお洋服を仕立てる職人さんかもしれない。


「行ってこい、ここで待っているから」


 そうして、店員さんたちに聞かれるがままに、ローブについて覚えている限りの特徴を説明していた私は知らなかった。

 その間に侯爵様が、今日購入した他のお洋服にあう靴を一通り見繕わせて、一緒に購入を決めていたことを。

 私が戻る頃にはお支払いの手続きは全て終わっていたようで、結局いくらかかったのかは闇の中となった。

 わかったところで、この国のお金の単位なんて知らない私には、ちんぷんかんぷんだっただろうけれど。




「服を見たし、次は宝石でも見るか」


 洋服店を出ると、侯爵様がそんな風に問いかけてくる。


「それって、侯爵様の、ですか……?」

「そんなわけないだろう」


 答えは予想通りだった。

 この流れからは、さすがにないかなって私でも思っていた。

 それでも、一縷の望みをかけて聞いてみたようなものだった。


「女は好きだろう、宝石だの、アクセサリーだの」


 そりゃあ、まぁ、キラキラしたものを嫌う女性はあまりいないかもしれない。

 ただ、見てまわるだけなら、きっと楽しいだろう。


「見るだけ、ですよね?」

「気に入ったものがあれば、買うといい」

「いえ、大丈夫です、私にはこれがありますから」


 精霊石を侯爵様に見せる。

 宝石、とはちょっと違うかもしれないが、これはこれでキラキラしていてきれいだ。


「そうだな、ペンダントはいつもそれをつけているようだから、買うとしたら他のものがいいだろう」

「いえ、そうではなく……」

「まぁ見てから考えればいい」


 見に行くことは、侯爵様の中では確定事項のようだ。

 ただ、私も見に行ってみたい、とは思っている。

 今度こそ、見るだけで終わらせよう、と固く決意して、私は差し出された侯爵様の手を取った。




 侯爵様に連れられて見に来た宝石店は、先ほどの洋服店とは随分雰囲気が違った。

 あちらは店員も多く、キラキラとして華やかなお店だったけれど、こちらはこじんまりとしていて失礼かもしれないがちょっと暗め。

 店員さんも、今私の目の前にいるおじいさんお1人だけのよう。

 穏やかな印象を受けるルイスさんとは違い、職人らしくこだわりがあってちょっと頑固そうな方だった。


「ここは流行りの店、というわけではないんだが、母上がここの細工品が好きでよく来ていたんだ」

「先代侯爵夫妻には大変ご贔屓にしていただきました。しかし、まさか侯爵様が女性を連れてお越しになる日が来るとは……」


 おじいさんはとても感慨深そう。

 一方で侯爵様は、少しバツが悪そうなお顔だった。

 おじいさんは侯爵様を幼い頃から知っているのかもしれない。


「ここの店主は偏屈で、自分の気に入った客にしか商品を売らなかったりもするが、細工品はどれも一級品だ。ゆっくり見てみるといい」


 そうか、そもそも売ってもらえない可能性もあるのか。

 それなら、たとえ私が気に入ったとしても購入できずに終わるかもしれない。


「ご心配なさらずとも、お嬢様にはちゃんとお売りいたしますよ。侯爵様がはじめて連れていらした女性ですから」

「いえ、あの……」


 なんだか盛大な勘違いをされていそうな気がする。

 まるで、私が侯爵様の大切な人、みたいな……


「私、そういうのではなくて……」

「いいから好きに見てまわれ。そいつの言うことはいちいち気にしなくていい」


 おじいさんにちゃんと説明を、と思ったのだけれど。

 侯爵様に背中を押され、店舗の奥の方へと押しやられてしまった。


「うわぁ……」


 店内には加工される前の大きな宝石が多数並んでいる。

 それから、加工されてアクセサリーになったものたちもたくさんあった。

 銀細工や金細工だけの装飾品もたくさんあって、薄暗い店内でどれもキラキラと輝いて見える。

 侯爵様が細工品はどれも一級品、と仰るだけあって、どれも本当に細かい細工が丁寧に施されていて美しい。

 きっとみんな欲しがるだろうに、気に入ったお客様しか売ってもらえないなんてもったいない。


「あ……」


 あるものがふと目に留まる。

 繊細で美しい銀細工、その真ん中にはまる深い青色の宝石。

 キラキラと光り輝く銀色と、夜の海を映したかのような深い青色、まさに侯爵様の色。


「それは女性のアクセサリーではない」

「へ?」


 気づいたらすぐそばに侯爵様がいた。

 私が何か気になるものを見つけたのだと思ったのだろう。


「それはカフスボタンといって、男性向けのものだ」

「あ、あの、その……」

「こういうデザインが好みなのか?なら、女性向けの似たようなデザインのアクセサリーを探そう」

「違いますよ侯爵様、お嬢様はおそらく、そちらが侯爵様にお似合いになると思われて見ていらしたのかと」


 おじいさんの言う通りだ。

 それを見た瞬間、侯爵様が思い浮かんだ。

 きっと、とてもお似合いになると思う。

 そうなのか、と侯爵様が問うように私の方を見るので、私はこくんと頷いた。

 同時になぜか盛大なため息が聞こえて、びくっとしてしまう。

 これがお似合いなる、と思うことは、失礼、だったのだろうか……


「今日は俺のものを見に来たわけではない、自分のを見ろ」

「まぁまぁそう仰らず、お嬢様がこちらを侯爵様につけて欲しいと思うことは、別に悪いことではないのですから」


 失礼ではなかったから、安心していい、そう言ってもらえた気がした。


「お嬢様のご希望を、叶えてさしあげては?」

「だから、今日は……」

「それで、お嬢様にはこちらのカフスボタンとお揃いとなるようなアクセサリーを、何かお作りするのはいかがでしょう」


 同じ宝石を使って、細工部分も同様のデザインになるようお作りしますよ、とおじいさんが言う。


「いえ、私、そういうつもりで見ていたのではなくて……」


 侯爵様に似合うかも、と思ったのは事実だけど、侯爵様に無理矢理使わせようなどと思ったわけではない。

 さらに、お揃いのアクセサリーまで作ってもらおうという気はもっとない。

 私は助けを求めて、侯爵様を見た。






 ***


「なら、髪飾りにしよう」


 リディアがこちらを向いた時に、ふわりと揺れたハニーブロンドの髪。

 それを見た瞬間、作るなら髪飾りがいい、とそう思った。


「それは名案でございますね。心を込めてお作りいたします」


 リディアは未だに戸惑っていて、困った表情を浮かべている。

 だが店主の中では、この注文は確定したようだ。

 たとえリディアが拒否したとしても、この頑固者の店主は勝手に作って押しつけてくるぐらいのことはするだろう。

 まぁ、俺の中でも確定しているので特に問題はないのだが。


「侯爵様のお色ですね」

「……っ」


 リディアが見ていたカフスボタンを取り、店の奥へ行こうとする店主が俺にだけ聞こえるようにそう言った。

 確かにカフスボタンを見た時、すぐに俺の色だと思った。

 リディアがどういうつもりでそれを眺めていたかはわからないが、俺の色だから気になったのではないか、という淡い期待もあった。

 店主には気づかれたようだ、だからこそ俺が身につけるより、似たようなデザインのものを探してリディアに身につけさせたい、と思ってしまったことを。

 自分でも自分の感情に戸惑っている。

 リディアは決して俺のものでもなんでもないというのに、自分の色の何かを身につけさせたいなど、まるで自分のものだとアピールしたがっているかのようではないか。

 違う、そうではない、最初からそう思っていたわけではないのだから。

 たまたま、リディアがそれを見つけてしまったから、それだけだ。


「侯爵様、あの、私は本当に」

「その店主はどうせ人の意見を聞かない。作ると決めたようだから、作らせてやれ。身につけたくなければ、使わなくてもいい」


 俺の色のものを身につけるのは、もしかしたら抵抗があるのかもしれない。


「いえ、決して嫌だとか、そういうことではなく……」

「そうか、それならよかった」


 あからさまにほっとしている自分がいることに苦笑する。

 誰がどう思っていようと、気になどとめていなかったはずだったのに。


「こちらのカフスボタンですが、お嬢様の髪飾りが出来次第、ご一緒にお邸にお届けするのでよろしいですか?」

「ああ、かまわない」


 リディアにはもう少し店内を見てまわるよう伝え、その間に会計の手続きをすませてしまおうとしていた。

 髪飾りはできあがってから改めてになるらしいので、カフスボタンの分だけ先に、と思っていたのだが。

 ふと、あるものが目に留まる。


「これももらおう」


 そう言うと、俺が手に取ったそれとリディアを見比べて、店主がにやにやしている。

 心の中を読まれているようで、少しばかり不快感を覚えて睨みをきかせてみるが、この店主にはまるで通用しないようだ。


「お包みしますか?」

「いや、そのままでいい」

「かしこまりました」


 俺は店主から手渡されたそれを手に取り、そのままリディアの元へと向かう。


「リディア」


 呼べば、ふわりと髪が揺れた。


「何か気になるものはあったか?」

「いえ、別に。ただ、どれも素敵だなって見ていただけで……」


 まぁ、これが欲しいなどと強請ったりはしないだろうとは思っていた。

 これが貴族令嬢ならば、侯爵である俺が買うといえば遠慮なく欲しいものを告げるだろうに。


「ちょっと、じっとしてろ」


 そういうと俺は少しかがんで、先ほど買ったヘアピンをリディアの髪につけた。

 ピンクの宝石で花を模って作られた飾りが、ゆらゆらと揺れている。

 思った通り、今のリディアにとてもよく似合う。


「へ?あ、あの……」


 自分からは見えないので、リディアには何が起こったかわからないようだ。

 すると、店主が鏡を持って現れる。

 まったく、随分と準備のいいことだ。


「わぁ、かわいい!で、でも、これ……!」

「よく似合っている」


 そう言えば、リディアは顔を赤くして俯いた。

 耳まで赤くなっている様子がかわいらしく、頭を撫で髪をくしゃくしゃにしそうになったのをすんでのところで耐えた。






 ***


 お洋服を見て、宝石を見て、侯爵様のご用事は終わったそうだ。

 侯爵様のご用事と言いつつ、見ているのは私のものばっかりだったけれど。

 ここからは街をいろいろ見てまわって、気になるお店があれば立ち寄ってみればいいと言われた。

 なので私たちは、特に目的地もないまま街を歩いてる状態だ。

 あいかわらず侯爵様は私の手を引いてくれている。

 はぐれる心配がなくなってありがたい一方、少し緊張してしまう。

 せめて街の景色をあれこれ見て、気を紛らわそうと思ったのだけど、なかなか上手くいかない。

 なぜなら、少しでも視界に入った何かが気になってしまうと……


「あれが気になるか?買うか?」


 そう、こうして侯爵様が問いかけてくる。


「ち、違います、たまたま目についただけで……」


 こんなやり取りも何度目だろうか。

 だからといって、変にきょろきょろしないようにとこうして俯くと……


「下を向いてたら、見に来た意味がないだろう」


 と、言われてしまう。

 いったいどうすればいいのだろう。

 見ているだけで楽しい、というのは受け入れられないのだろうか。


「あれは……?」

「ん?カフェだな」


 お店の装飾がとてもかわいらしくて、何のお店かはわからないがなんとなく目にとまった。

 なるほど、何かを売っているお店ではなく、カフェだったのか。


「ちょうどいい、休憩がてら入ってみるか」

「え?」


 私はたしかに興味があるけれど、ああいったかわいらしいお店、男性でも大丈夫なのだろうか。

 侯爵様に無理をさせてしまっていないか、心配になる。


「女は甘いものが好きだろう」

「あ、甘いものは……」

「ん?そういえば果物類はよく食べていたが、菓子類は手をつけていなかったか?」


 思ったよりよく見られているようで、びっくりした。

 食事の際に、デザートに、といろんなものを出していただいた。

 私はその中でフルーツは好んでよく食べたけれど、ケーキ等の甘い焼き菓子には一切手をつけていない。

 シェフの方達が私のために用意してくれた、と聞いた時にはお断りするのが少々心苦しかったけど。


「苦手なのか?」

「苦手、というか……」


 詳細を話そうとしてハッとする。

 無難に苦手で終わらせてしまっていいのではないだろうか。

 理由がどうあれ、食べないことには変わりないのだし。


「まぁ、そんな感じです」

「ちゃんと話せ」


 ごまかされてはくれないみたいだ。

 仕方ないので、きちんと説明することにする。


「甘いお菓子を食べると、なぜか能力が下がるんです」

「能力?魔力が減るとかそういうことか?」

「いえ、魔力は変わらないんですけど。制御力が不安定になる感じですかね。魔法が失敗しやすくなったり、魔力が暴走しやすくなったり」

「それはまた……」

「なので、いろいろご迷惑をおかけしてしまうので、基本食べないようにしてるんです」

「嫌いなわけではないんだな」

「そうですね。そもそも嫌いになるほど食べたことないですし」


 食べたことがあるのは、1度だけ。

 その1回でお父様さえ慌てるほどの大事になりかけたから、それ以降は口にしてない。

 甘いお菓子は見た目にはかわいいものも多く、正直憧れもあったけれど。


「でも、しょっぱいお菓子なら大丈夫なんです。ポテトチップスとか」

「ポテトチップス?」


 あ、この世界にはないのかな、ポテトチップス。

 あんなにおいしいのに、もったいない。

 そう思っていると、侯爵様にぐいっと手を引かれた。


「食べたことないなら、食べてみるといい」

「侯爵様、私の話、聞いてました?」

「昔の話だろう?今は案外平気になっているかもしれないじゃないか」

「平気じゃなかったら大変なことに……!」

「それは、元の世界での話だろう」

「へ?」

「聞いている話だと向こうの世界のおまえはかなりの魔力を持っていたのだろうから、魔力の暴走でも起こされたら手がつけられなくて困るだろう。だが今のおまえの魔力量は、正直たいしたことはない。たとえその魔力が暴走したとしても、俺が簡単に押さえつけられる」


 だから心配はない、そう言われてまた泣きそうになった。

 今日、すでに泣いてしまっている、これ以上は迷惑かけないように必死でこらえる。

 向こうの世界では、誰もが私の魔力暴走を恐れていた。

 私が魔力暴走を起こしてしまったら、最強の魔術師とされていたお父様でさえどうすることもできないから。

 だから、少しの失敗も起こさないように、誰かを不安にさせないようにいつも必死だったのに。

 この世界では、私の魔力暴走くらい気にすることではない、と言ってくれる人がいる。

 それが、私にとってどれほど貴重なことなのか、侯爵様は知っているのだろうか。


「だから、試してみるといい。この世界なら大丈夫かもしれないし、暴走するようなら、また考えればいい」

「あの……よ、よろしくお願いします」


 私の返答はあっていたのかわからない。

 侯爵様はただ、くすっと笑うだけだった。

 そうして私ははじめてこの世界のカフェへ、足を踏み入れた。

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