第4話 見ていて飽きないもの
「ルイス、いるか?」
「はい、こちらに」
俺はおそらく外で控えているだろうと思っていたルイスを部屋へ招きいれる。
「リディアは今日からここで暮らすことになった。俺の部屋の隣の客間を、リディアの部屋として整えてくれ」
「かしこまりました」
「あと、生活するにあたって必要になるものも一通り揃えてくれ」
「はい、承知いたしました」
ルイスに任せておけば、今日の夜には全てが揃っているだろう。
「リディア」
「は、はいっ」
「そう緊張することはない」
そういえば、ちゃんと名前を呼んではいなかったな。
そのせいか、いざ呼びかけるリディアはそれはそれは大げさに反応を見せた。
それもまたかわいらしいものだ、などと馬鹿なことを考えてしまう自分がいることに驚く。
「ルイスにはおまえがどこから来たのかを含めて、全て伝える。だが、他の者には真実は伏せるつもりだ」
異世界から来た少女、などと知れ渡ってもいいことなど何もないだろう。
真実を知る人間は最小限にした方がいいに決まっている。
「使用人にはすでにおまえのことは、俺の遠縁の令嬢だと伝えてある。だから両親が亡くなったため、このままうちで面倒を見ることになった、と伝えるつもりだ、問題はないか?」
「は、はい」
やはりどこか硬いままだな。
そう思っていると、ルイスがリディアに近づいた。
ルイスが笑いかけると、リディアの硬い表情が少し緩んだようだ。
やはり、ルイスに懐いているのか、と考えると苛立ちを覚える。
「お嬢様、ミアはいかがでしたか?もしよろしければ、ミアをこのままお嬢様の専属のお世話係にと考えておりますが、もしあわないと感じるようでしたら、他のものでも……」
「え、あの、専属……?」
リディア驚いたように目を見開き、そして困ったような視線をこちらに向けてくる。
「好きな奴を選んでかまわない」
「い、いえ、そうではなく!自分のことは自分でします、というか私もこのお邸で働かせてください!」
「子どもを働かせる趣味はない、大人しく世話をされておけ」
「わ、私ももう15歳ですし、働けます!!」
「は?」
「え……?」
リディアの言葉に驚いたのは俺だけではないようだ。
いつも穏やかな笑みを絶やさないルイスでさえ、驚きを隠せていない。
「おまえ、15歳なのか?」
「はい!」
元気のよい返事は、だから問題ない、と必死にアピールしているようだが。
どう見ても10歳程度の少女にしか見えない。
大目に見積もってみたところで、せいぜい12歳くらいが限界だろう。
15歳といえば、貴族令嬢であればデビュタントを済ませ、パーティーや夜会に出席するものも多い。
その姿を思い浮かべてみるが、今目の前にいる少女よりずっと大人の女性ばかりだった。
世界が違えば時の流れが違うとか言っていたが、そのせいか?
「てっきり、せいぜい10歳程度かと思っていた」
「失礼ながら、私もそのように……」
「15歳にしては小さすぎるだろう。その上軽いし細い」
「わっ」
腕を掴んでみれば、異常な細さであるのがよくわかる。
服がぶかぶかなのは、サイズが大きかったせいもあるが、細すぎるせいでもあるだろう。
昨日抱き上げたときも、想像よりずっと軽かった。
「そうですね、もう少し肉付きがよろしい方が健康的かもしれませんね」
「よし、おまえの当面の仕事は、しっかり食べて寝ることだな。そうすれば多少は年齢に見合う身体つきになるだろう」
「え?え?」
「もう少しでかくなったら働くこともあらためて考えてやる、だからそれまでは大人しく世話されていろ」
「で、でも!」
でかくなったところで、働かせる気はないが。
とりあえず納得させるためにそう言ってみたところで、リディアは納得しない。
何もせず、ただここで暮らすことに抵抗感があるようだ。
必死に食い下がろうとするリディアの手を、ルイスがそっと握った。
「お嬢様、気にされなくても大丈夫ですよ。お嬢様のことを侯爵様の遠縁のご令嬢として紹介している以上、使用人として働かせる方が問題になってしまいます」
「どうしてですか?」
「旦那様が、ご両親を亡くしたかわいそうなご親戚のご令嬢を、家の使用人としてこき使っている非情な侯爵、と言われてしまいますから」
「あ……」
「ですから、大丈夫ですよ」
ルイスの言葉で、どうやら納得したらしい。
実際のところそういったことはよくある話で、身よりのなくなった令嬢に住まいと仕事を与えているだけで十分だという考えも多く、使用人として働かせたところで非情だとまで言われるような事はさすがにない。
さすがはルイス、上手く丸め込んだものだ。
「では、お嬢様、専属のお世話係はいかがいたしましょう?」
「じゃあ、あの、ミアさんでお願いします。さっき、よくしていただいたので」
「かしこまりました。ミアも喜ぶと思います」
では、いろいろと手配して参ります。
そう言って、ルイスは部屋を出て行った。
再び室内が2人になることで、リディアがまた硬くなったような気がしてため息をつく。
「悪かったな」
「え?」
「おまえの両親を、死んだことにして」
「あ、そうか、お話はしていなかったんでしたっけ?」
「ん?」
「私の父も母も、もういないんです。5年ほど前に事故で。つい、知ってるからそうしたのだと思い込んでました」
そう言って笑うリディアを見ると、なぜか胸が締めつけられるように苦しかった。
「すまない、辛い話をさせたな」
「いえ、そんな!もう随分前のことですし」
侯爵様の方が最近なので、お辛いのでは?なんて俺の心配までして。
まだ幼いのだからそんな気遣いまで必要ないのに。
いや、見た目ほどは幼くないんだったな。
「おまえの部屋が整うのは、おそらく夜になるだろう」
「え、そんなに早く!?」
数日はかかると思っていた、とリディアは目を丸くしている。
表情がころころと変わる様は、見ていて飽きないし、かわいらしい。
「それまではここで過ごしてもかまわないし、まだ体調が優れないようであれば俺の部屋で寝ていてもかまわない」
「あ、えっと、ここだとお仕事の邪魔になりそうですし……」
「邪魔ではない、が、そうだな、もう少し寝ていた方がよさそうだ」
昨日より顔色はずっといいが、それでも全快したようにも見えない。
魔力もすぐには回復しなさそうなら、身体はまだ辛い可能性が高い。
「場所はこの隣の部屋だ、1人で行けるか?」
そう聞くと、リディアはこくこくと頷いている。
こういう動きは、小動物でも飼ったような気分にさせられ、思わず頭をぽんぽんと叩いてしまった。
「ここにいる間は、好きなことをして過ごしてくれてかまわない。やりたい事があれば遠慮なく言え」
「じゃあ……っ!」
「ただし、働くのはナシだ」
ううっ、とリディアが言葉に詰まった。
図星だったようだ。
「せっかく見知らぬ世界まで来たんだ。何かやってみたい事を考えておけ。できる限り叶えてやるから」
今すぐではなく、ゆっくりでいい、そう伝えようと思ったのだが。
何かを考え込んだ後、リディアがはっとする。
「何か思いついたか」
「え、あ、いえ、その……」
遠慮しているのか、なかなか言おうとはしない。
困ったように、戸惑うように、瞳が左右に揺れている。
「なんでもいいんだぞ?」
「あの、その……剣術の訓練がしたいですっ!!」
「けん、じゅつ……?」
あまりに予想外な答えで固まってしまった。
この国では、剣を学ぼうなどと考える女性は非常に珍しい。
「侯爵様、確か騎士様だと……なので、剣がお得意かな、と……」
「ああ、もちろん剣は扱うし、それなりに使えるつもりではいるが」
教えられないわけではない。
だが、女が興味本意程度に持つつもりなら、やめた方がいいだろう。
俺にあわせて学んでみる、くらいのつもりなら諦めさせるべきだ。
「剣なんて、持ったことあるのか?」
「は、はい。小さい頃に、ですが……」
今も小さいがな、とは言わないでおく。
「父も剣術が得意だったんです。それで教わっていました。父が亡くなってからは、全くやっていないんですけど」
「おまえの世界では、女も剣を握るのか」
「必ずしも剣、というわけではないんですが。魔術師であれば、なにかしら武芸も身につけている人が多いかな、と。ほら、戦いの最中で魔法を唱えなきゃならない事もあるじゃないですか、その場合、相手は唱え終わるまで大人しく待っててくれたりしないでしょうし」
「なるほど」
この世界の魔導士とリディアの言う魔術師は同じだと言っていたが。
もしかすると、魔術師は魔法騎士の方が近いのかもしれない。
戦いの最中、最前線で剣をふるう事になる魔法騎士とは違い、魔導士は基本的に戦に駆り出されたとて後方支援に徹することが多い。魔法を唱えている際に相手の攻撃に備えているものなど、ほぼいないだろう。
リディアの世界ではそういった垣根が存在しないようだ。
とはいえ、こんな幼い少女まで、そんなことに備えて戦う術を学んでおかないとならないというのも物騒な世界だと思うが。
「あ、でも、この世界で女性が剣を持ってはいけないのであれば……」
「ダメなわけではい」
剣術を学んだことがあるのであればいいだろう。
何かあったとき、自分を守る手段の1つになるかもしれない。
それに、身体を動かすことも、いかにも不健康そうなリディアには悪くないだろう。
自分の目の届く範囲で、危ないことはさせない程度にやらせればいいだけのことだ。
「じゃあ……っ!!」
ぱぁっと、リディアの瞳が輝く。
たかだか剣術1つで、ここまで喜ぶとは。
「ああ。ルイスに訓練用の服も準備させよう。体調がよくなったら、訓練につきあってやる」
「ありがとうございます!!」
「剣術のためにも、今はしっかり寝て体調を整えておけ」
リディアは俺の言葉にこくりと頷いて、部屋を出て行った。
剣術の訓練がしたいなら、騎士団の早朝訓練に参加させるのもよいかもしれない。
訓練用の服装は、どのようなものがよいだろうか。
そんな事を考えながら、俺は止まっていた仕事を再開させることにした。
その日の仕事を一通り終え、ルイスにリディアの事情をかいつまんで説明し、ついでに剣術の訓練に使えるような動きやすい服装も準備しておくようにも伝え、リディアの様子を見ようと自室へ向かった時だった。
「ねぇ、フィーネ。私、ちっちゃいって。10歳に見えるって」
『あの部屋に入ってから、たぶん、ほとんど成長できてないから』
「そっか、そうだよね……」
リディアと、フィーネとかいう精霊の声だった。
思わず気配を消し、息を殺し、聞き耳を立ててしまう。
成長できないような環境下とはいったい……
「でも、ここに来れてよかった。侯爵様、優しそうだし」
『もしかしたら、プリンセスを利用しようと考えてるかも』
「それでもいいよ。騙されても、利用されてもいい。あそこにいるよりはずっとましだもん」
利用する気はなかったが。
利用されてもいいなどという、投げやりな態度が引っかかる。
だが、聞かなかったことにして、俺は部屋をノックした。
***
魔力がなかなか回復しないせいか、とても眠く、身体はだるかった。
随分と身体を動かすような事から離れていたせいで、体力が落ちてしまっているせいかもしれない。
だから、お部屋で休んでいてもよい、という侯爵様のお言葉は、申し訳ないと思いつつも非常にありがたかった。
少しだけ横になって休ませてもらおう、そう思ったはずだったのに。
侯爵様のベッドは本当にふかふかで心地よくて、気づいたらすっかりと眠り込んでいた。
目が覚めるとお日様の高さが随分と変わっている気がして。
あわててフィーネに眠っていた時間を聞いて。
その間に誰か来ていた様子もないことに安堵した。
そうしてフィーネとたわいもない会話をしていたら、ノックの音が聞こえてきて。
私は慌ててベッドから飛び出して扉をあけた。
「侯爵様……」
扉をあけると、なぜか耐えきれないといったように侯爵様は笑い出した。
「すまない、予想外でな」
「えっと……」
「中から返事だけすればよいものを、こんな寝起きの状態で走ってくるとは」
その言葉にハッとする。
髪はぼさぼさで、服も乱れている。
右肩からずり落ちそうになっているのを、侯爵様がなおしてくれた。
「よく眠っていたようだ」
「は、はい、つい先ほどまで」
恥ずかしくて、顔が熱い。
「眠れたのなら何よりだ」
乱れまくった髪は、侯爵様の手でさらにくしゃくしゃにされてしまった。
***
「何も言わないんだな」
「何に対してでしょうか?」
髪も服も乱れていたリディアを見てミアを呼び。
落ち着いたら夕食をともにしようと伝えて。
それまですることもなかったが、自室で髪を整えるリディアを眺めているわけにもいかないだろうと一旦執務室に戻ってきた。
すると、手持無沙汰な俺に気づいたかのように、すぐにルイスが茶を持ってやってきた。
長年仕えてくれているだけあって、本当によくできた執事だと思う。
そして、本当によくできた執事だからこそ、なにもかも当主のいいなりに動くような執事でもない。
それなのに、リディアの件では何1つ意義を唱えることなく俺に従っている。
「言わなくてもわかっているだろう、リディアのことだ」
とりあえず、出された茶をとりあえず啜る。
俺の今の気分によくあった茶葉を選んでいるなと思う。
こういったところにも抜け目がない。
「お嬢様がいらしてから、旦那様はとても穏やかな表情をしておられます」
「……っ!?」
「判断材料としては、それだけで十分でしょう。そのような穏やかな旦那様の表情はもう長く見ておりませんでしたので」
俺が話したのは、あくまでリディアがここへ来た経緯だ。
行き場がなさそうだから置いてやるのだとしか伝えてはいない。
もしかしたら、リディアと俺の会話が聞こえていた可能性もあるだろうが、聞き耳を立てるような執事ではないことも長年の付き合いで知っている。
「あいつが現れた瞬間、長年の悩みの種が消えたんだ……」
それだけで、ルイスには全て伝わったらしい。
それはようございました、と笑っている。
「おそばに置かれたい理由は、それだけではないのでは?」
「どうだろうな。あいつを見ていると、飽きないな、とは思うが」
先ほどの様子を思い出し、また笑いが込み上げてくる。
「そのようにお笑いになることができて、なによりでございます」
「まるで親のような反応だな」
「失礼いたしました。坊ちゃまが生まれた頃からお世話をさせていただいておりますがゆえ」
「坊ちゃまはやめてくれ……」
「これはこれは、また失礼を」
全くもって悪びれていない様子で謝罪の言葉だけ述べるルイス。
長年自分をよく見てくれているからこその態度なのだろうから、さして気にもとめてはいないが。
あまりにくすくすと笑われてしまうと、自分が子ども扱いされているようでいたたまれない気持ちにさせられる。
だが、それだけ長くこんな風に笑うこともなく、心配をさせていたということだろう。
なるべく他人に見せず耐えていたつもりだったが、長年仕えたルイスはごまかせていなかったようだ。
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