第3話 事実と提案
「来たか」
昨日と同じ部屋。
ミアさんに連れられて訪れた部屋には、侯爵様とルイスさん。
侯爵様と目があうと、なんだかそれだけで緊張が走る。
けれど、そんな私の緊張なんて全く知らないだろう侯爵様は、私を見るやいなや、どんどんと近づいている。
それと同時にミアさんは一礼をして早々に去ってしまい、より一層不安な気持ちが押し寄せる。
「顔色はだいぶマシになったみたいだな」
気づいたら侯爵様の手が触れていて、顔色を見やすいようにか顔をぐいっと上に向けられていた。
「あ、その、いろいろと、ありがとうございました」
侯爵様から目をそらす事はできなくて。
私はそう言うのがやっとだった。
***
ようやくメイドに連れて来られた少女を、部屋の中へと招き入れ、ソファに座らせる。
緊張しているのか、どこかそわそわとして落ち着きがない。
「ルイス、茶をいれてくれ」
「かしこまりました」
ルイスが準備をはじめたのを見て、少女の前に座ると少女の身体が強張った。
どうも俺は随分と警戒されているようだ。
「サイズが少しでかかったようだな」
用意させた服は質は悪くなさそうではあるものの、少女が着るには少し大きかったようだ。
しかしながら、ぶかぶかで着ている様子も、なかなかかわいらしく悪くはない……そこまで考えてハッとする。
くだらない事を考えている場合ではなかった、と慌てて頭の隅に追いやる。
そんな風に女性を見たことはなかったはずなんだが。
それもこれも長年の悩みの種だった苦痛から解放されたからかもしれない。
「申し訳ございません、急ぎ用意したため……」
「い、いえ!着心地もよくて、とても素敵です!!」
申し訳なさそうなルイスに、少女が必死に訴えている。
自分に対してとは、なんとなく態度が違うような気がして気分が下降していくような気がした。
ルイスには懐いたのだろうか。
さっきのメイドにも懐いていたかもしれない、メイドの去り際に少し寂しそうな顔をしていた気がする。
そこまで考えて、また自身のくだらない考えに自嘲した。
そんなこと、どうでもいいはずなのに。
それだけ、心にも余裕が生まれたということなのだろう。
「どうぞ」
「ああ。悪いがしばらく2人にしてくれ」
「かしこまりました」
ティーカップが俺と少女の前に並べられたのを確認し、ルイスに退室を促す。
すると、また少女が寂しそうな顔をしている気がした。
やっぱりルイスに懐いたか、などと考えてしまい、くだらない自分の思考に思わずため息をついた。
「まぁ、飲め」
「は、はいっ!」
両手で大切そうにカップを抱えて茶を飲む姿は、とても貴族令嬢してマナーを学んだことがあるようには見えない。
ふーふーとカップに息を吹きかける様子は、まるで小動物のようだ。
「あったかい、おいしい……」
その声に、また泣くのではないか、と胸が騒いだ。
しかし、彼女はふわりと笑みを浮かべていて、その様子に安堵を覚えながら茶を啜った。
***
うわぁ、きれいな所作……
ティーカップを持ってお茶を飲むだけの姿が、こんなに見惚れるほど美しい人も世の中にはいるのだなとびっくりした。
カップの持ち方も、こんな風に持つ人なんて見たことない、と思うようなきれいな持ち方。
長い足を組んだ様子も、ドキッとするほど美しくかっこいい。
ついまじまじと眺めてしまって、侯爵様と目があってしまう。
いたたまれなくて、慌てて目をそらしてしまった。
「で?」
「はい?」
「そろそろ昨日の続きは聞けそうか?」
そう問いかけながら、ゆっくりとカップがおろされる。
そんな動き一つも、本当に美しい。
「どこまで、話しましたでしょうか」
「おまえは異なる世界からここへ来たのだろう。強い魔力が必要だと言っていたが、そんな魔力を持っているようには見えない。力を隠しているのか?」
「いえ、隠しているわけではなく……見事に使い果たしてしまって、その、なかなか回復しないのです……」
「昨日、あの小さいのも言っていたな。回復させてやろうかと思ったが、すごい勢いで断られた」
「あ、それは。私の魔力はその特性上、他人に回復されるのがダメで。むしろ私にとっては毒になってしまうので……」
普段なら、それを狙って他者から不必要に魔力が送り込まれないよう防御を施している。
しかし、現在ではそれすらできないほど魔力も少なく、身体的にも疲れ切った状態だ。
だから必死に私を守ろうとしてくれたのだろう、感謝の意味をこめてペンダントの石にそっと触れた。
「それは?」
「あ、これは、精霊石です。魔力を込めておくことで、契約した精霊をこの中にとどめることができます」
「昨日のあれは、精霊だったのか」
「はい、フィーネという、水の精霊です。精霊は本来気難しくて、精霊石を用意したところでなかなか契約を結んでくれないのですが、フィーネは私に助けられたから、とフィーネの方から契約を結びに来てくれたのです」
「精霊と契約できると、何かいいことがあるのか」
「契約を結んだ精霊はこのように精霊石に入って、常にともにいてくれます。そして契約者は魔法を使う時、精霊の力を借りる事ができるんです」
「ほう……」
私の世界では、精霊と契約したい魔術師はたくさんいるのだけれど。
侯爵様はあまり興味なさそうだ。
とはいえ、私も契約したいと強く願ったわけではなかった。
今ではいつもともにいてくれる存在で、とてもありがたいと思っているけれど。
「それで、なぜここを選んだ?」
「はい?」
「別の世界から、わざわざこの世界のしかもこの邸に来た理由はなんだ?」
「信じて、くれるんですね……」
「は?嘘をついたのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
相手が魔力を持っていて、魔法を使える人だとしても。
その存在は知らない限り、他の世界からやってきた、なんて信じがたい話だ。
けれど侯爵様の問いかけは、私の言葉を微塵も疑っている様子がない。
「世界を渡る時、行先は選べないんです」
「は?」
「どんな世界のどんな場所に飛ぶかは、渡ってみないとわからないんです。それも1度に消費する魔力も多いし、異世界だと魔力の回復も遅いので、次に世界を渡ることができるのはいつになるかもわかりません。だから知っていても、実際に世界を渡ってみる人はあまりいないと思います」
「それは、つまり、元の世界に戻ることもできないということか?」
「はい、お察しの通りです」
「どこに飛ぶかわからないのであれば、砂漠のど真ん中や戦場なんかに飛ばされる可能性も?」
「はい、もちろんあります、場合によっては人が生きていける環境ではないこともあるかもしれません」
「あまりに危険すぎるだろう、魔力の回復が遅いのであれば魔法で危険回避することもできない可能性が高い」
「はい、だから普通やらないのだと思います」
少しの説明で、よく理解していらっしゃる。
思わず苦笑してしまったら、ものすごく怖い顔で睨まれてしまった。
「で、魔力はいつ頃回復するんだ?」
「さぁ、いつになるでしょう……今のところ昨日から全く回復した気配がなくて、この調子だと数年、もしくは数十年という単位で考えないといけないかもしれません」
「つまりしばらくはここから動けないわけか」
そう言うと、侯爵様は何か考えこんでいる。
「これから、どうするのか決まっているのか?」
「いえ、何も……。あ!でも、突然目の前に現れておいて、しかもここまでしてもらってて今さらですけど、これ以上はご迷惑おかけしないようにしますからっ!!」
勢いで、思わず立ち上がってしまった。
すると侯爵様も立ち上がって、頭をぽんぽんと叩かれる。
そして、座るように促された。
「少し、俺の話をしてもいいか?」
「は、はい……」
突然の申し出に驚いて、私はただ頷くことが精一杯だった。
***
何か理由があって俺の目の前に現れたのかと思っていたが、事情を聞くと全く違っていた。
世界を渡って来た、という話だけでもにわかに信じがたく驚くには十分すぎたのだが。
驚くほど計画性はなく、しかも行き当たりばったりで、場合によっては今頃死んでいた可能性だってありそうな内容にゾッとする。
幼い少女がそこまでの危険を冒してまで、あえて世界とやらを渡る必要が果たして本当にあったのだろうか。
普通はやらない、とまるで他人事のように笑う少女に、怒りさえ覚えた。
魔力はしばらく、年単位で回復は見込めないらしい。
空っぽになっているわけではなさそうだが、回復が見込めないのであればやたらめったら魔法を使うことは避けたいであろう。
しかもこの世界を選んで来たというわけではないのだから、思った通りこれからどうするかも何も決まっていなさそうだ。
本人はこのまま出ていくつもりでいるようだが、頼りの魔法を使うこともままならない幼い少女が、何も知らずに1人で生活していけるほど甘い世界でもないだろう。
そこで俺はまず、自分自身の身に昨日起きたことを話すことにした。
この家の後継ぎとして生まれたのに、魔力が非常に少なかったこと。
10歳をすぎたあたりから、魔力が急激に増えたこと。
そして、その増えた魔力に長年苦しめられたこと。
その苦痛が、昨日突然消え去ったこと。
リディアはそんな俺の話を静かに真剣に聞いていた。
「大変、だったのですね……」
全て聞き終えた後、リディアはぽつりと呟いた。
いろんなものを噛みしめて、まるで自分のことのように辛そうに。
「だが、今はなんともない。おまえのおかげなのだろう?」
「いえ、私にそのような力はないです。たまたまおさまったタイミングと、私が現れたタイミングが同じだっただけかと」
「だが、お前が俺の部屋に居た時より、こうして同じ執務室にいる時の方が楽な気がするんだがな」
とはいえ、離れたからといって昔のようなこともないが。
「え、あそこ、侯爵様のお部屋だったんですか!?」
気にするところはそっちか。
今、そこは割とどうでもいいところなんだが。
「ごめんなさい、私、ベッドを奪ってしまって……」
「それはかまわない。俺が寝かせたんだ。それにベッドを使わずとも、ここ最近では一番熟睡できた」
そういうと、なぜかリディアは悲しそうに目を伏せる。
いいこと、だったんだがな。
「私が離れると、辛いですか?苦しくなりますか?」
「さぁな、今のところ離れたといっても邸から出たわけではないからな。以前のように苦しくなるようなことは起きていない、ただおまえがより近くにいる方が気分がいい気がするだけだ」
「それは、私が来たからおさまったと思い込んでいるからなのではないでしょうか」
「まぁ、ないともいえないかもしれないな」
たとえそれが思い込みによるものだとしても、別にはいい。
それで、これほどまでに穏やかで気分のいい日常が過ごせるのなら悪くない話だ。
「そこで提案がある。ここで暮らさないか?」
「え……?」
「どうせ行くあてもないのだろう?子どものおまえが知らない土地で生活していくのは何かと厳しいはずだ。だがここに俺の精神安定剤代わりとして留まるのであれば、最低限の衣食住くらいは保証してやる」
手放せば、またあの苦痛な日々に逆戻りするのではないかという恐れもあった。
かれこれ10年は耐えてきたとはいえ、一度この心地よさを覚えてしまうと、今までのように耐えられる自信はない。
しかし、リディアがそばにさえいれば、そんな心配もないかもしれない。
そう思うと、簡単に手放す気にはなれなかった。
そして、この提案はまだ幼いリディアにとっても悪いものではないはずだ。
***
侯爵様のお話を聞いて、本当に毎日辛く大変だったのだろう、と思った。
自身の体内を暴れまわる強大な魔力、それを押さえつけるのもまた自分自身の魔力で。
上手く拮抗させて押さえつけていたのだろう、想像するだけで痛くて苦しい。
満月の夜に魔力が強くなる魔術師は多い。私はちょっと変わっていて、新月の夜だったけれど。
侯爵様も例に漏れず満月に強くなっていたようで、満月の夜はさらに大変だったようだ。
そんな日々に10年以上耐えていたと聞いて、自分のことのようにただただ悲しくなった。
侯爵様の提案は、正直とても嬉しい。
この世界で生きていく術を知らない私には、こんなにありがたい話はない。
でも、これほどまでに苦しんできた侯爵様を、利用するようなことはしたくない。
だって、私は何もしていないのだから。
「侯爵様、魔力が増えたのは、10歳をすぎてからでしたよね?生まれた頃は魔法も使えないほど少なかったと」
「ああ」
「魔力を持って生まれたものには、魔力とは別に、魔力を上手くコントロールするための制御力があると言われています」
「ほう、初耳だな」
私の世界では、魔法を扱うものなら当たり前に知っている常識だったけれど、ここではそうではないようだ。
「魔力は生まれながらに強い力を持って生まれるものもいれば、侯爵様のようにある日突然増大するものいます。また身体を鍛えて筋力をあげるように、魔法の鍛錬を積み重ねることで魔力を高めていくものもいます」
これは、侯爵様も知っているようだ。
鍛錬で魔力をあげていくのは、なかなか上がらない事の方が多く、筋力をあげるほど容易くはなかったりするが。
この様子なら、それもよくご存知かもしれない。
「でも、制御力は皆一様に年齢に比例すると言われています。この世界ではどうかわかりませんが、私の世界では圧倒的に魔力を暴走させてしまうのは子どもが多いんです。それは子どもの方が魔力に対して制御力が追いついていないことが多いからだと言われています」
「確かに、子どもが魔法の練習中に暴走させた話はよく聞くな」
「制御力は突然増大することもないですし、鍛錬を積み重ねて高めていくこともできません。ただ、自身の成長とともに増大していくのを待つことしかできないんです」
だから私の世界では、強すぎる魔力を持つ子どもは歓迎されない。
化け物と呼ばれ、忌み嫌われる。
私のように……
「でも、生まれた時の魔力量が多い方が持って生まれた制御力も高い、と言われています。つまり、生まれた時に魔力量が非常に少なかった侯爵様は、突然増大した魔力に対し、制御力が圧倒的に足りなかったんだと思います」
侯爵様が目を見開いた。
長年の苦しみの理由を、きっとようやく理解できたのだ。
そう、思ったのだけれど。
「ようやくおまえがこの話を持ち出した理由を理解した」
「はい?」
「つまり、おまえはこう言いたいのだろう?俺の制御力が、ようやく俺の魔力をコントロールできるところに達した、と」
「ええ、その通りです」
「そして、それはおまえ自身とは無関係だと?」
「はい、年月が経つことでようやく制御できるようになっただけです。私は何もしていません」
「くくっ」
え?笑った!?
かすかな笑い声を漏らしたあと、その笑いはどんどん酷くなっている。
今、そんなおもしろい話の最中だっただろうか。
「悪い悪い。だがおかしいと思ってな」
「な、何がでしょう?」
「確かに今まで俺が苦しんでいた理由は、おまえの言う通りなのかもしれない。だが、おまえが現れる直前まで、間違いなく俺は苦しんでいた。それがおまえが現れた瞬間に急になくなったんだ。おかしいとは思わないか?」
「それは……」
「そんなタイミングで突然できるようになった、と?」
ありえないだろう、と侯爵様が笑う。
「確かにそうかもしれませんが……でも、本当に私は何もしてませんし、侯爵様のように苦しんでいる状態を落ち着かせるような力も持っていないんです」
「だが、おまえの言う通りならば、もっと少しずつ楽になっていくような瞬間があったはずだ。残念ながら俺はそんな風に感じたことはない。それが突然おさまったのだから、おまえの言う話は今回は当てはまらないだろう」
そう、なのだろうか。
だけど、他に説明がつかない。
どうしてそんな突然に、それもタイミングよく私が現れた瞬間だなんて、一体何が……
「え?」
気づいたら下を向いて、考え込んでいたらしい。
ぽんっと頭を叩かれて顔を上げたら、いつの間にか侯爵様が隣に座っていた。
「難しいことは考えなくていい。俺にも知らないことがあったように、おまえにも知らないことや説明できないことがあっても不思議ではないだろう」
「それは、そうかもしれませんが……」
「俺はこの長年の苦痛がおさまった理由が知りたいわけではない。ただおまえが来たことでおさまった、そしておまえがより近くにいる方が気分が優れる、この事実だけでいいんだ」
「でも……っ!」
「ここで暮らすのは嫌か?何かしら理由をつけてまで去りたいというならば、無理強いする気はない」
「ち、違います!!」
嫌なわけない、ただ、あまりにも私にだけ都合がよすぎる。
思わず叫ぶと、侯爵様がふわりと笑った。
「なら、いいじゃないか、ここにいろ」
侯爵様の手が、また私の頭にのびる。
いいのかな、私ずるい子になっていないだろうか。
そんな不安はあったものの、私は侯爵様の笑顔に流されるようにそのままこくんと頷いてしまった。
「それからもう1つ気になっていることがある」
「なんでしょう?」
「おまえは亡くなった俺の母上に似ている」
「え?侯爵様のお母様!?」
こんな顔をしていたのだろうか、とつい自分の顔をペタペタ触ってしまった。
すると、隣で侯爵様がくすっと笑う。
それから立ち上がって執務机の方に行き、引き出しから真っ白な紙を持って戻ってきた。
ふたたび私の隣の座った侯爵様は、私に見えるように白い紙をテーブルに置く。
そして、紙の上に手を置くとぱあっと紙が白く光り、1人の女性の絵が浮き上がった。
侯爵様はその絵を確認すると、私に手渡した。
「これは?」
「俺が覚えている母上の姿を魔法で紙に複写したものだ」
「すごい、そんな魔法が使えるんですね!」
私は渡された絵をまじまじと見つめる。
そこに描かれているのは、どこか儚げではあるがとても美しい、そして優しそうな女性だった。
私とは髪の色も目の色も全然違う。
そして、目元、口元、輪郭など、どこをとっても私に似ていると感じるところはない。
「あの、全く似ていないと思うのですが……」
そう言うと侯爵様はまた笑いだした。
「悪い、容姿の話ではないんだ」
「へ?」
とんっと、侯爵様の指が胸のあたりに触れる。
「もっと核の部分、魂のようなものが、母上にそっくりなんだ」
さすがにここで、内面、性格ということもないだろう。
私の性格を把握するには、いくらなんでも時間が足りないはずだ。
魂、核の部分、魔力を持つものだから感じられる何かが、似ているのかもしれない。
私はそういったことを誰かに感じたことがないから、わからない感覚だけれど。
人の魂だとかそういったものを意識して、人を見たり人に触れたりなんてしたことなかった。
「最初は母上の生まれ変わりでも現れたかと思ったが、さすがに年齢があわない」
「年齢?」
「ああ、母上が亡くなったのは今から3年ほど前だ。さすがにおまえが生まれてまだ3年以内、ということはないだろう」
「ちがいますけど、でも……」
もし私が同じ世界で生まれた人間であればありえない。
でも、私はそうではない……
そっと胸元の精霊石に触れる。
「フィーネ、出て」
『どうしたの、プリンセス』
精霊石が光って、フィーネが私の呼びかけに答えてくれた。
「フィーネ、聞いてた?」
『うん』
「私なら、ありえる、よね?」
『うん、可能性はある。ただ、確かめる方法はないから、必ずそうとも言えないけど』
「何の話だ?」
『あなたはプリンセスが母親の生まれ変わりかも、と思っているんでしょう?』
「ああ、だが、計算があわない。気のせいだろう」
『そうとも限らない。プリンセスはこことは異なる世界で生まれたから』
「私が生まれた世界とこの世界では時の流れが違うから、3年前に亡くなったお母様の魂が、転生したのが私、というのもありえなくはない話なんです」
『あなたのように強い力を持つ人がそう感じるなら、なおさらその可能性は高い。でも、確実にそうだともいえない』
「生まれ変わる前の記憶を持って生まれてくる魂はほぼない、と言われるほど稀ですし。前世で強い魔力を持っていても、転生後は何の力もなかったりなど、基本的に生まれ変わる時には前世から何も引き継がれないと言われています。なので、確かめる方法はないんです……」
『それにたとえプリンセスがそうだったとしても、プリンセスはあなたの母親ではなく、別の人間でしかない。死んだ人が生き返ることは、決してないから』
昔、お父様が教えてくれた。
どんなにすごい魔術師でも、死んだ人を生き返らせることは絶対にできない。
だからこそ、命はとても大切で、大事にしなければならない、と。
「そうか、可能性はあるのか……」
侯爵様は、嬉しいのか少しだけ笑ったような気がした。
それから、私の頭をくしゃくしゃになでる。
せっかく整えてもらった髪が、乱れてしまった……
「安心しろ、似ているからといって母上と重ねているわけでもないし、母上の代わりにしようとも思ってるわけではない」
「あ……」
「魂が似ていても、生まれ変わりだったとしても、おまえは母上ではないからな」
ただ、少し懐かしかっただけだ、侯爵様はそう言って笑った。
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