第12話 休日デート後の風呂

 初デートに行ったその日の晩。


 夕食も終え、世間ではB級映画と言われているお目当てのサメ映画を見終えた優斗と陽狐。


 しばらくくつろぎながら映画の話をしていると、沸かしていた風呂のお湯はり完了のアナウンスがキッチンのリモコンから聞こえてきたので、優斗は風呂に入ろうと思ってリビングのソファから立ち上がった。


「それじゃあ、お風呂もらうねえ」


「あ、はい。わかりました」


 ソファの上にスマホを置き、風呂場に向かう優斗。

 その後ろから陽狐も素知らぬ顔でついてきた。


 とはいえ普段、着替えを置いている和室から寝間着の甚平と下着を持って来てくれるので、優斗は気にもしないで先に洗面所へと足を踏み入れる。


「はあ〜。明日から仕事かあ。行きたくねえ」


「いつもお疲れ様です」


 平日が始まる絶望に苛まれ、呟きながら脱いだ服を洗濯カゴに入れていると、優斗の後ろ、洗面所の入り口から陽狐の声がした。


 いつものように寝間着を持って来てくれたんだと思って優斗は振り向きながら「ありがとう陽狐さん」と微笑み掛けるが、どうにも手に持つ寝間着がいつもより分厚い。


 どうやら優斗の寝間着を持ってくるついでに自分の寝間着も持ってきたようだ。

 少なくとも優斗はそう思って自分の寝間着だけを受け取ろうとした。


 しかし、陽狐は優斗が伸ばしてきたその手をひらりと避けると優斗と浴室の扉の前に体を滑り込ませる。


「あの、陽狐さん?」


「今日こそ一緒にお風呂に入ってもらいますよ優斗さん」


 初めて一緒に風呂に入って以来、優斗が恥ずかしがって陽狐は優斗と一緒に風呂に入れないでいた。

 無理強いは良くないと思い、最初こそ我慢していた陽狐だったが、背中すら流させてくれない優斗に対して、この日、陽狐は強行策を決意。


 行動に移した結果が現状というわけだ。


「今日は私、お世話になりっぱなしでした。平日も優斗さんは仕事でお疲れです。ですので今日こそは御恩返しをさせていただきます!」


「大袈裟だよ陽狐さん。仕事は生きる為に金が必要だからやってるんだし。今日のデートだって連絡がつかないと不便だからっていう俺の我儘から始まった話なんだから」


「それでもです! 今日一日優斗さんとデートして、ちゃんと分かりました。こんな言い方、自意識過剰みたいで恥ずかしいですが、優斗さん、ちゃんと私のこと好きですよね」


 陽狐のその言葉に、優斗の羞恥心に火がつく。

 出会い、再会こそ突然だったが自分の為に日頃から尽くし、癒しになってくれている陽狐のことが嫌いなわけもない。

 そんな陽狐に面と向かって自分の気持ちを確認させられて、優斗は火が出そうなほど顔を赤くした。


 風呂に入る前だというのにのぼせてしまいそうだ。


「そ、そうだよ。好きだよ。だから、大事にしたいんじゃないか」

 

「あ、いや、あの。すみません。なんだか言わせてしまったみたいになってしまいました」


 反論されるかと思っていた陽狐に、優斗があまりに素直に肯定の言葉を返したので、陽狐も優斗のように顔を赤くして俯いてしまう。


 しかし、いつまでも洗面所で睨み合っているわけにもいかない。

 沈黙している二人。

 最初に口火を切ったのは優斗だった。

 

「わ、分かった。分かったよ」


「優斗さん?」

 

「風呂。一緒に入ろう」


「良いんですか⁉︎」


 陽狐の自分に対する好意は本物だ。

 一緒に暮らし始めて数週間ほどだが優斗は陽狐に対してそう確信していた。

 不平不満を一切言わず自分に尽くしてくれる陽狐。

 そんな陽狐が現在の自分に願うただ一つの望みがそれなら、答えてやらないわけにもいかないと、優斗は腹を括ったのだった。


「陽狐さん、たまに頑固だよね」


「優斗さんのことに関してだけです」


 まじまじと陽狐が服を脱いでいくのを見ているわけにもいかず、優斗はタオルを手にそそくさと浴室に入って掛け湯をすると飛び込むように浴槽に入った。


 静まり返る浴室に、洗面所で陽狐が服を脱いでいるのであろう布擦れの音が聞こえてくる。


「あ〜。風呂最高」


「し、失礼します」


 風呂に浸かっている優斗が邪念を振り払うように湯をすくって顔を洗っていると、浴室の扉が開いて陽狐がタオルを手にやってきた。

 優斗と風呂に入ると改めて考えていろいろ意識しているのだろう。

 最初に浴室に突撃してきた時のような勢いはない。


 広い浴室、広い浴槽だが、二人で入るとそうでもないというのは想像に難くない。


 掛け湯をした陽狐はおずおずと優斗が浸かっている浴槽に足を入れると優斗に背中を向けて座った。


「せ、狭くないですか?」


「ああ〜。うん。大丈夫だよ」


 好きな女性と一緒に風呂に入っていることを意識しないようにと話題を考える優斗だが、すぐ目の前には陽狐の艶やかな背中と髪をバレッタで後に纏めている事からうなじが見えている。

 濡れた尻尾が足をくすぐった事もあって意識しないなど、優斗には不可能だった。


「鎮まれ我が子よ」

 

「浮気ですか⁉︎」


「違う違う。そうじゃないよ」


 下手に何か呟くととんでもない思考の飛躍をする陽狐に苦笑すると、陽狐が口走った浮気という言葉から優斗はある意味定番の話題を思いついた。


「ねえ陽狐さん。絶対してないし、今後絶対しないって誓ってから言うけどさ。もし俺が浮気し」


「お相手の方と優斗さんを殺して私も死にます」


「食い気味に怖いこと言うね。いや、ごめん。変なこと聞いて。誓って浮気なんてしないから。陽狐さんが死ぬのは絶対いやだし」


「私もです優斗さん。私も一生優斗さんしか愛しません」


 肩越しに振り返りながら顔を赤くして言った陽狐は、振り返ると膝を抱えて恥ずかしそうに耳を寝かせた。

 優斗からは見えていないが、その顔は風呂に入る前の優斗に負けないくらいに真っ赤だった。

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