第10話 陽狐のスマホ

 人気の喫茶店での朝食を終えた優斗と陽狐は、予定通りにスマホを購入するために携帯ショップに向かった。

 休日ということもあって店内は受付待ちの人達が並んでいるが、優斗は店員に予約していることを伝えると早々と受付に案内された。


「大きいお耳〜」


「えへへ〜。可愛いですか?」


「可愛い〜」


 受付に向かう途中、両親に連れられて来たか、陽狐の足元にやって来た小さな子供に指をさされながら声を掛けられたが、陽狐が気を悪くすることなど一切なく。

 屈んで子供の相手をしている陽狐を見て、優斗は微笑んだ。


 優しい人だ。

 きっと自分たちに子供が出来ても良い母親になるんだろうなあ。


 と、いうことが頭を過ぎった優斗が、いつのまにか陽狐と自分が結婚すること前提で思考していたことに気恥ずかしくなって顔を赤くした。

 

「すみませんうちの子が!」


「いえいえ大丈夫ですよ〜」


 幼い子供が母親に抱かれていくのを見送って、陽狐は優斗に振り返る。

 その顔には優しい笑顔が浮かんでいた。


「子供は可愛いですねえ」


「そうだねえ」


 和やかな雰囲気に包まれた店内で、優斗と陽狐はスマホを購入するための手続きを開始した。


「初めてのスマホということで、こちらの機種をおすすめしていまして。今ならカップル割りでお安くなります」


「カ、カップル割り」


「じゃあそれでお願いします」


「こちらカラーバリエーションが選べますが。どうされますか?」


 知らない他人にカップルと言われ、照れて対応するどころではない陽狐に代わり、優斗が店員に対応してスマホのプランを選んでいく中、流石に色は個人の好みを聞くかと思い「どうします?」と陽狐に声を掛けたところ。


「優斗さんとお揃いがいいです」


 とのことだったので、陽狐のスマホの色は無難な黒色になった。


「今ならカバーもプレゼント致しますよ?」


「ああ〜。じゃあ落としても大丈夫なようにハードカバーと、あとガラスコートの保護シートもお願い出来ますか?」


「かしこまりました。保護シートのほうはこちらでお貼りしましょうか?」


「お願いします」


 優斗と店員の会話についていけず、陽狐は終始ポカンとしていた。

 そして契約を終えた二人は新しいスマホを受け取り、携帯ショップの駐車場に向かうと車に乗り込む。


「はいこれ。陽狐さんのスマホね」


「使い方はどうすれば」


「側面のボタンで画面が点くから、あとは指示に従って」


 慣れない手つきでスマホを弄る陽狐にレクチャーしながら優斗は陽狐が持っているスマホを指先でタップしていく。

 この時、陽狐と優斗はお互い肩を寄せ合っているわけだが、その事に先に気が付いた陽狐は顔を赤くして、陽狐がなぜ赤面しているのか察した優斗は「ごめん、近付き過ぎた」と自身も赤面しながら運転席に深く腰を掛けて深呼吸をした。


「あ、そうだ。陽狐さん、ちょっとスマホ貸してくれる?」


 思い出したようにそう言った優斗に、陽狐は迷う素振りも見せずに自分の物になったスマホを手渡した。


「俺の番号登録、したから。ちょっと掛けてみて?」


 そう言って陽狐のスマホに自身のスマホの番号を登録すると、優斗は陽狐にスマホを返した。


「このアイコンをタップしたら、有坂優斗って出てくるから。名前のところをタップして。そうそう、で、次に番号をタップする」


「こうですか?」


 優斗に言われるままにスマホを操作していくと、優斗のスマホに着信が入った。

 それを確認して、今度は電話の切り方を教えるが、通話終了画面を見下ろす陽狐の表情は何故か暗い。


「どうかした?」


「いえ。あの。優斗さんの名前なんですが」


「うん?」


「変更ってどこでするんですか?」


「ああ〜。それは、ここの編集ってところから変更出来るんだけど。変更したいの?」


「フルネームは他人行儀なので、ちょっと距離があるみたいで、その」


「いいよ。好きに変えて。それは陽狐さんのスマホだからね」


 陽狐の言葉に微笑みながら言うと、優斗は陽狐のスマホの画面をタップして、名前の編集画面に変更し、文字の入力方法をレクチャーした。


「優、斗、さ、ん。出来ました! これ絵のやつはどうするんでしょう。ハートマークの、あ、コレですね」


「待って。ハートマークはやめよう。なんか恥ずかしい」

 

「いやです」


 優斗の願いを食い気味に拒否する陽狐は慣れてきたのか、お構いなしスマホの画面に表示された優斗の名前のあとにハートマークの絵文字を入力すると、登録画面を閉じて両手で守るように握った。


「っぐ。そこまでされると、消してくれとは言えない」

 

 気恥ずかしさと陽狐の仕草に苦笑して、優斗は呟くと自分のスマホに掛かってきた陽狐のスマホの番号を自身のスマホに登録した。


「陽狐さん、今昼前だけど、お腹空いてる?」


「いえ。朝のパンケーキがまだお腹にいます」


「だよねえ。俺もまだ腹減らないや」


 朝の巨大パンケーキの存在感がいまだに胃の中から消えない二人。

 とはいえ帰るにしても時間が早いので、優斗はせっかく町に来ているからということで「映画にでも行きません?」と陽狐に提案した。


「映画ですか? 何を見るんです?」


「いや、別に決めてないよ。行き当たりばったり」


「そういうのも良いですね。行きましょう」


「よし。そうと決まれば出発だ」


 こうして優斗はシートベルトを引っ張ると、ボタンを押して車のエンジンをスタートさせ、市内にある唯一の映画館に向かって愛車を発進させるのだった。

 

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