第8話 スマホを買いに行こう

 スマホを持っていないという陽狐の話を聞き、次の休日にスマホを買いに行こうと約束したその週末。

 

 優斗は仕事の疲れもお構いなしに朝から陽狐と買い物という名目でデートに行くためにあまり持っていない私服から恋人と歩くためにマシな服を選んでいた。


「無難に黒でいくか? いや、白でも良いな。あ〜、でも昼食によっては汚れが目立つな」


「優斗さん。あの〜」


 結局黒いシャツと黒い上着を着用してジーパンを履いた直後の優斗の元に陽狐が恥ずかしそうに顔を赤らめてやってきた。

 優斗が自室として荷物を放り込んだ和室の出入り口から、顔と肩の一部だけ出して優斗の部屋を覗いている状態だ。


「どうしたんです?」


「優斗さん可愛い服はお嫌いですか? 肩出しのちょっと大人っぽい服の方がお好きですか?」


「どんな服?」


 優斗の言葉に「これなんですけど」と言って陽狐はフリルの付いたブラウスを手に姿を見せる。

 しかし、それを着ているわけではないので、陽狐は今キャミソール一枚着用しているだけの状態だ。


「なんで服着てないのかな⁉︎」


「優斗さんに、選んで欲しくて」


「陽狐さんのそういうとこ、別に嫌いじゃないけど、その、もうちょっと恥じらいを持ってくれるといいなあ。色々我慢出来なくなっちゃうからさあ」


 陽狐の薄着に恥ずかしくなり、顔を手で覆った優斗の様子に陽狐は首を傾げた。

 見ず知らずの男女というわけでなし。

 陽狐からすれば恋人に裸体を見せても何も恥ずかしいとは思わない。

 それが何故かは今の優斗にはまだ分からないわけだが。


 兎にも角にも優斗が見てくれなければ陽狐の気が済まないので「別に我慢しなくても私は良いんですけど」と、少し寂しそうに呟きながら手に持ってきていたフリル付きのブラウスをその場で着用した。


「着ましたよ優斗さん」


「男の部屋で生着替え」


「恋人の部屋で、ですよ」


 優斗の言葉にほんの少し頬を膨らませ、腰に手を当てる陽狐だったが「お〜。確かに可愛い」と言った優斗の言葉に機嫌を直し、照れから手遊びし、尻尾をぶんぶん振りまわす。


「優斗さんが気に入ってくれたんなら今日はこれで行きますね」


「俺には勿体ないくらい可愛いよ」


「も、もう。お上手なんですから」


 グイグイ押してくる割には押されるのには弱いらしい。

 陽狐は優斗の言葉に顔を赤くすると、尻尾を振りながらリビングの方へと向かっていった。


「実際のところ俺には勿体ない気がするんだよなあ。俺のどこがそんなに好きなんだか」


 今まで付き合ってきた女性と長く続いた試しがない優斗は、自分に自信が持てない人間、自己肯定感が低い人間だった。

 顔は普通よりちょっとマシか? という程度。身長は高めで、そこそこ筋肉質だがマッチョには程遠い。

 趣味は内向的で、家事も任せっきり。

 

 そんな自分をなぜ好きでいてくれるのか。

 なぜ子供の頃から今まで好きでいてくれたのか。


 理由が気になって優斗は陽狐に直接聞いたこともあった。


 しかし帰ってきた答えは「私は優斗さんが優斗さんだから好きなんです」というものだった。


「女の子の心は分かんないなあ」


 自分で考えようが陽狐に聞こうが、結局答えはわからないままだが「今はまだそれでも良いか」と、今の陽狐との生活を気に入っている優斗は自分に言い聞かせるように納得すると、スマホと財布を手に取り、陽狐が待っているリビングへと向かっていった。


「優斗さん。今日の朝食はどうされます? パンお焼きしましょうか?」


「いや、せっかくだからさ。朝も何処かの喫茶店で食べよう」


「この時間から開いてますか?」


「いま八時過ぎ、町に出るまでだいたい二十分掛かるし、大丈夫だよその喫茶店七時から開いてるから」


 手に持っていたスマホの画面を表示させ、時間を確認しながら優斗が言うと陽狐は開き掛けた食パンの袋を棚に置きながら「分かりました、すぐに用意します」と、優斗の自室の隣の和室へと向かっていった。


 そして、ポーチを手に戻ってくるのを待って優斗は陽狐を連れて外に出る。


「もう寒さもマシになりましたねえ」


「確かに。そろそろ桜も咲くかな?」


「ですねえ。この辺りは山桜が綺麗に見えますから楽しみですねえ」


 玄関から出た先、優斗が車を置いている空き地のすぐ向こうに広がる山を眺めながら陽狐が微笑む。

 その笑顔に優斗は「陽狐さんの笑顔、なんか良いなあ」と思って自分もいつの間にか微笑んでいた。


「じゃあ行きましょうか」


「はい、優斗さん今日はよろしくお願いしますね」


「もちろん」


 こうして車に乗り込んだ二人は町へと向かって行く。

 何度か優斗の車には乗った事がある陽狐だが、今日はデートということもあってか、陽狐は遊園地のアトラクションに乗る時のように高揚していた。

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