第7話 週末の約束
優斗はその日、いつも通り早めに出勤すると、仕事を定時に終えてそそくさと帰宅することにした。
一人暮らしの頃ならラーメン屋に行って晩飯としていたところだが、今は家に待っている人がいる。
(今日の晩飯は何かなあ)
そんな事を考えながらウキウキで車を発進させる優斗だったが、高速道路に乗ったところで渋滞に捕まってしまう。
出勤ラッシュならぬ帰宅ラッシュに捕まってしまったのだ。
(まあ混むよなあ)
と、スマホから音楽を流して鼻歌を口ずさみ、ノロノロと進んでいると、車列の後方から聞こえてくる救急車のサイレン。
バックミラーを見てみれば、いつぞや見た火車のパトカーとは違う火車の救急車がタイヤに青白い火を纏って迫っているのが見える。
(事故でもあったか? 週明け早々に可哀想に)
自分も気をつけて帰ろう。
そう思いながら優斗は車を脇に寄せた。
そこからしばらく車をノロノロ進めるが、なかなか渋滞が解消されない。
どうにか最寄りのパーキングエリアまで行くと、トイレ休憩のついでに陽狐に帰宅が遅くなりそうだと伝えるために電話をかけようとスマホを取り出し、優斗はある事に気がつく。
「しまった。番号知らねえ。っていうか、陽狐さんスマホ持ってるのか?」
そういえば、出会ってから今日まで、陽狐がスマホを触っているところを一瞬でも見たことがないことに優斗はこの時気付き、肩を落とした。
「帰ったら聞かなきゃな」
トイレ休憩を済ませ、自販機でコーヒーを買い、優斗は再び渋滞の列に参戦するため車を発進させる。
結局、交通事故でいつもより遅く田舎の自宅にたどり着いた頃にはすっかり空には満天の星空が広がっていた。
一人暮らしをしていた頃は暗い部屋に帰ってくるだけだったが、帰ってきたら家に光が灯っている。
その明るさと暖かさに優斗は「ああ、こういうの良いなあ」としみじみ感じながら玄関の引き戸の取手に手を掛けた。
「ただい〜まあ⁉︎」
「お帰りなさい優斗さん! 良かった、帰りが遅いので心配しました」
玄関を開けた瞬間、抱きついてきた陽狐に驚き優斗は硬直した末に素っ頓狂な声を上げる。
「よ、陽狐さん。汚れ着いちゃうから」
優斗の言葉に渋々優斗を解放すると、陽狐は耳を寝かせてしょんぼりしている。
そんな陽狐の姿を見ていたたまれなくなり、優斗は玄関を閉めると陽狐の手をとった。
「春先とはいえ玄関はまだ冷えるから。中に入ろう」
「は、はい」
手を握られ、頬が紅潮した陽狐の狐耳がピンと張る。
どうやら機嫌を直すことには成功したようだ。
「いやー。帰宅ラッシュ中に事故渋滞にも巻き込まれちゃってねえ。週明けからついてないよ」
「交通事故ですか〜。それで遅くなったんですね」
「陽狐さんに連絡しようと思ったんだけど、番号聞き忘れてて、ごめんな。連絡できなくて」
肩掛けのサイドポーチをソファに置き、作業着を脱ぎながら帰路での話をする優斗。
そんな優斗の脱いだ作業着を受け取りながら話を聞いていた陽狐が再び耳を寝かせて落ち込んだ。
「あの。私スマホ持ってなくて」
「ああ〜。やっぱりかあ」
「ごめんなさい。里では使わなくても用や伝達は家の者がしてくれていたので」
「お嬢様っぽい。っていうか本当にお嬢様だった。じゃあさ、今度の休みに一緒に買いに行こうよ。スマホあると便利だからさ」
優斗のその言葉に、再び耳をピンと張る陽狐だが、今度はロングスカートの尻尾穴から出ているふさふさの尻尾までぶんぶん振っている。
どうやらかなり喜んでいるようだ。
そんなにスマホが欲しかったのかな? と優斗が考えていると、陽狐が目を輝かせながら優斗に滲み寄る。
「そ、それはデートってやつですか⁉︎」
「え? あ、あ〜。まあ確かにデートかな? せっかく町に出るし、スマホ買うだけじゃなんだから、ご飯食べに行ったりしようか」
胸の前で両手の拳を握り、目を輝かせている陽狐の姿に、優斗は照れ笑いを浮かべながら言うと頬を人差し指で掻いた。
週末の約束に喜ぶ陽狐の姿は見た目より幼く見えて可愛らしい。
「あ、ごめんなさい優斗さん。お腹空いてますよね! 直ぐにご飯温め直しますので」
ハッと我に返った陽狐はそう言いながらキッチンへと向かっていった。
見るとテーブルの上にオムライスの乗った皿が置かれている。
どうやら優斗が帰ってくるまで自分も夕食を食べなかったらしい。
サラダの乗った皿を挟んでオムライスは二つ置かれていた。
「先に食べてて良かったのに」
「優斗さんを差し置いてですか? いやです」
「目がマジすぎて怖い」
「だって、一緒に食べたいじゃないですか」
「でも陽狐さんがお腹すかない? 俺が遅い時は先に食べてて良いですよ?」
「いやです」
「そっかー。うーむ、こりゃ参ったね」
どうやら陽狐はどうしても優斗と一緒に夕食を食べたいらしい。
尻尾を振りながらオムライスを電子レンジに入れ、ボタンを操作している陽狐の後ろ姿を見ながら、優斗は「仕方ないな」と諦め気味に苦笑すると、手を洗うために洗面所へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます